凍らない距離
王都・市場通り。
戦の気配が一時的に遠のき、街は久々に活気を取り戻していた。
果物の匂い。
焼き菓子の甘い香り。
子どもたちの笑い声。
「……で、なんで俺なんだ」
氷色の少年は不機嫌そうに言う。
隣には、水色の髪の少女。
「荷物持ちよ」
即答。
「私は両手が塞がると魔法制御に支障が出るの」
「今戦ってないだろ」
「習慣よ、習慣」
リシェルは当然のように袋を押し付ける。
グレイスは溜息をつきつつも受け取る。
完全に日常のやり取り。
だが――
二人きり。
それが妙に落ち着かない。
市場の視線が時々こちらに向く。
氷の異変の噂。
ゼノ戦の話。
英雄扱い。
だが本人は、まるで自覚がない。
「最近、体調どう?」
不意にリシェルが聞く。
「普通だ」
「……氷、暴走したりしてない?」
「してない」
少しだけ間があった。
彼女は横目で見る。
(覚えてないのよね)
あの瞬間。
世界が止まったこと。
セラフィナを救ったこと。
彼の氷が、炎よりも強かったこと。
なのに今は――
ただの不器用な少年。
「何だよ」
「別に」
歩く速度が自然と揃う。
袋が重い。
だが不思議と嫌じゃない。
屋台で立ち止まる。
冷やし果実水。
店主がにやりと笑う。
「お二人さん、甘めにしとくかい?」
「ち、違います!」
リシェルが即座に否定。
グレイスは首を傾げる。
「何がだ?」
「鈍感……」
小さく呟く。
二つのカップを受け取る。
氷が浮かんでいる。
それを見て、ほんの一瞬だけ、リシェルの表情が曇る。
(あの氷は、こんな優しいものじゃなかった)
「どうした?」
「……なんでもない」
一口飲む。
甘い。
冷たい。
平和の味。
グレイスがぽつりと言う。
「戦、また来るよな」
空気が少しだけ変わる。
「来るわね」
「俺、もっと強くならないと」
真っ直ぐな言葉。
そこに恋の自覚はない。
ただ、守りたいという意志だけ。
リシェルは視線を落とす。
(私は……?)
守られる側。
第一覚醒止まり。
彼は先へ進む。
セラフィナは既に頂点。
自分だけが取り残される恐怖。
だが。
「ねえ」
彼女は立ち止まる。
「もし、私が足引っ張ったらどうする?」
唐突な問い。
グレイスは少し考える。
そして。
「引っ張らせない」
「は?」
「一緒に強くなる」
あまりに真っ直ぐ。
計算も、色気もない。
それが逆に刺さる。
リシェルの耳が赤くなる。
「……バカ」
「何でだ」
「自覚ないくせに」
小さく笑う。
風が吹く。
日常は、確かにここにある。
だが城壁の一角では、まだ氷が溶けていない。
遠く西の空に、薄く雷雲が浮かぶ。
それでも今は。
二人の距離は、ほんの少しだけ縮んだ。
凍らない温度で。




