氷の異変
王都・城壁北側。
真夏の陽射しが照りつける。
それでも。
白い。
城壁の一角が、未だに凍りついていた。
霜は溶けない。
氷は曇らない。
触れれば皮膚が裂けるほどの冷気。
魔導研究班が距離を取りながら観測している。
「自然凍結ではありません」
「魔力残滓も検出不能……いや、これは」
老魔導士が眉をひそめる。
「循環が、止まっている?」
本来、魔法は世界を巡る。
火は消え、水は蒸発し、土は還る。
だがこの氷は違う。
“世界の循環から切り離されている”。
まるで――
存在そのものが孤立しているかのように。
兵士が呟く。
「本当に、あの少年が?」
噂は既に広がっている。
氷の異変。
第三覚醒級の冷気。
だが当の本人は、医療棟で眠っていた。
城壁の上。
セラフィナが一人で立っている。
凍りついた地面を見つめる。
あの瞬間。
色のない氷。
音の消えた世界。
自分の炎すら飲み込む静寂。
(あれは……私と同じではない)
第三覚醒。
だが質が違う。
自分の炎は、世界を焼く力。
彼の氷は――
世界を“止める”力。
指先を伸ばす。
氷に触れる。
一瞬で皮膚が赤くなる。
炎を灯す。
それでも完全には溶けない。
「……規格外ね」
小さく呟く。
背後から足音。
リシェルが現れる。
「魔導班、大騒ぎよ」
「でしょうね」
「あなたは知ってるの?」
沈黙。
セラフィナは答えない。
だがその表情が答えだった。
リシェルの視線が鋭くなる。
「彼、覚えてない」
「ええ」
「なら、どうするの」
問いは真っ直ぐだ。
セラフィナは氷を見つめたまま言う。
「今は何もしない」
「……隠すの?」
「守るのよ」
短い言葉。
だが強い。
王が動く。
ゼノは必ず報告している。
この氷は、宣戦布告と同じ。
未完成の第三覚醒。
王に届く可能性。
狙われる。
確実に。
「彼はまだ、知らなくていい」
セラフィナの瞳が揺らぐ。
炎ではない。
決意。
「強くなる前に、狩らせない」
遠くで雷が鳴る。
東の空ではない。
もっと遠い。
西の空。
自然王国。
玉座の間。
紫雷が静かに走る。
テンペストは目を閉じている。
「感じるな」
低く呟く。
「世界の歪み」
雷と植物の魔力がざわめく。
「面白い」
王は立ち上がる。
「次は試しではない」
西の空に雷鳴が轟く。
王都では氷が溶けない。
世界の循環に、小さな亀裂が入った。
それはまだ誰も知らない。
だが確実に。
終わりへと繋がっている。




