灯りの距離
夕暮れ。
王都外れの丘。
街はまだ修復の最中だ。
グレイスは一人、剣を握っていた。
振る。
止まる。
また振る。
無理に身体を動かしているだけ。
心は、まだ重い。
「そんな振り方じゃ、氷も泣くわよ」
背後から声。
振り向く。
セラフィナが立っている。
炎は静か。
以前のような圧はない。
だが、そこにいるだけで空気が整う。
「……訓練だ」
グレイスは視線を逸らす。
「逃げてるだけに見えるけど」
刺すようでいて、柔らかい声。
沈黙。
セラフィナが隣に立つ。
「レオルは、怒るわよ」
グレイスの指が止まる。
「お前が立ち止まるの、嫌いだったでしょ」
少しだけ、口元が動く。
ほんの、わずか。
セラフィナは続ける。
「あなたは守った」
否定しない。
強制しない。
ただ事実を置く。
「全部は守れない」
その言葉に、グレイスの胸がわずかに揺れる。
どこかで聞いた言葉。
「でも、守れたものは消えない」
夕日が差す。
橙色の光。
セラフィナの横顔が柔らかい。
強さではなく、温度。
グレイスは初めて、まっすぐ彼女を見る。
「……怖かった」
小さな声。
「また、失うのが」
初めて出た本音。
セラフィナの瞳が揺れる。
「私もよ」
即答だった。
グレイスが目を見開く。
セラフィナは一瞬、視線を逸らす。
少しだけ、しおらしい。
「テンペストと戦った」
静かに続ける。
「勝った。でも――」
拳を握る。
「無理をした」
炎が、わずかに揺れる。
「第三覚醒は、当分使えない」
沈黙。
「出力も半分くらい」
悔しさが滲む。
「情けないでしょ」
自嘲気味の笑み。
東の最強が、こんな顔をするのは初めて。
グレイスは言葉を失う。
「……誰にも言ってない」
彼女は小さく言う。
「あなたにだけ」
風が止まる。
グレイスの胸が、強く鳴る。
強い人だと思っていた。
届かない存在だと思っていた。
でも今は。
ただの、一人の少女。
悔しくて、でも前を向こうとしている。
グレイスはゆっくり立ち上がる。
彼女の前に立つ。
「何かあったら」
声はまだ弱い。
でも、はっきりしている。
「俺が助ける」
セラフィナが瞬きをする。
「今度は俺が、支える」
沈黙。
夕日が二人を包む。
セラフィナの頬が、わずかに赤くなる。
炎が、ほんの少し濃く灯る。
「……生意気」
だが、笑っている。
優しい笑み。
距離が、近い。
いつの間にか。
「無理はするな」
セラフィナが言う。
「でも、立ち止まるな」
グレイスは頷く。
今度は、本当に。
空っぽだった心に、
小さな灯りが戻る。
完全ではない。
まだ痛い。
でも、前を向ける。
セラフィナは歩き出す。
数歩進み、止まる。
振り返る。
「……グレイス」
呼び方が、少し柔らかい。
「強くなりなさい」
それは命令ではない。
期待。
信頼。
そして――少しだけ、特別。
グレイスはその背中を見る。
胸が、静かに熱い。
セラフィナは歩きながら、そっと胸に手を当てる。
鼓動が早い。
炎が、いつもより赤い。
「……何よ」
小さく呟く。
自分でも知らない感情。
夕日は沈む。
だが、二人の間の灯りは消えなかった。




