帰還
夜明け前の空は、鈍い灰色だった。
王都近郊の街は半壊。
崩れた建物。
焦げた石畳。
静かに並べられた兵の亡骸。
若手兵たちは座り込んでいる。
誰も喋らない。
そこへ、紅い軌跡が落ちた。
セラフィナ・インフェルナ。
着地は静かだった。
以前のように空気を震わせない。
炎は灯っている。
だが、弱い。
教官が歩み寄る。
全身に傷を負いながらも、立っている。
「テンペストは」
「退かせた」
短い答え。
それだけ。
誇りも余裕もない。
ただの戦果報告。
教官は小さく頷く。
「こちらはゼノを撃退。上級兵は……多くが戦死」
一瞬。
風が止まった気がした。
「若手は生存多数。民間被害は最小限です」
守った。
数字としては勝利。
だが。
セラフィナの視線が、ある一点で止まる。
瓦礫の影。
座り込むグレイス。
その前に、横たわる影。
足が、重い。
一歩。
また一歩。
近づく。
レオル・ヴァルカ。
胸を貫かれた傷。
氷で止血された痕。
穏やかな顔。
笑っている。
「……いつ」
声がかすれる。
教官が答える。
「戦闘後の残党による不意打ちです」
淡々とした事実。
誰も怠っていない。
誰も油断したわけではない。
ただ、ほんの一瞬の隙。
セラフィナはその場で止まる。
炎が小さく揺れる。
彼女はゆっくりと膝をついた。
兵士として。
仲間として。
そっと、レオルの手に触れる。
冷たい。
「……ごめん」
小さな声。
誰にも届かないほど小さい。
もし。
もう少し早く終わらせていたら。
もし。
テンペストを即座に退かせていたら。
だが。
間に合わなかった。
それが全て。
横で、リシェルが泣き崩れている。
「やだ……やだよ……」
理論も強がりもない。
ただの少女の嗚咽。
セラフィナは何も言えない。
慰めの言葉が、出てこない。
視線を、グレイスへ向ける。
彼は、動かない。
目が、空虚だ。
焦点が合っていない。
膝の上には、凍らせた血。
まるで時間が止まったまま。
「グレイス」
呼びかける。
反応はない。
もう一度。
「……グレイス」
ゆっくりと、彼の瞳が動く。
だが、そこには何もない。
怒りも、悲しみも。
ただ、空白。
セラフィナの胸が締め付けられる。
自分も、戦った。
限界を越えた。
第三覚醒は使えない。
炎は半減している。
だが。
それでも。
守れなかった。
風が吹く。
朝日が差し込む。
街を照らす。
暖かいはずの光。
誰も、顔を上げない。
セラフィナは立ち上がる。
弱い炎が揺れる。
それでも消えない。
彼女はグレイスの前に立つ。
何も言わない。
言えない。
ただ、そこに立つ。
空っぽになった少年の前で。
東の最強の兵士は、
初めて、自分の無力を噛み締めていた。




