炎の国へ
「立てる?」
そう言って差し出された手を、俺は見上げた。
炎の第三覚醒者。
東の象徴。
セラフィナ・インフェルナ。
戦場を焼き払った張本人が、
今は目の前で俺を気遣っている。
「……問題ない」
嘘だ。
足は震えている。
体力も限界だ。
だが、弱みを見せる気はなかった。
彼女は一瞬だけ俺を見つめ、
そして小さく息を吐いた。
「強がりね」
否定しなかった。
否定できなかった。
⸻
戦場跡は静まり返っていた。
西の兵は全滅。
焦げた大地からは、まだ煙が立ちのぼっている。
彼女の身体に刻まれた紋様は、
ゆっくりと光を失っていった。
さっきまで濃く赤く燃えていたそれが、
今はただの模様に戻る。
まるで、炎そのものが眠るように。
胸元から肩、腕へと流れる炎の線。
それは装飾ではない。
体内を巡る魔力が、溢れた証のように刻まれている。
「どうして……助けた」
思わず口に出ていた。
東の最強が、
中央の孤児を助ける理由はない。
セラフィナは少し考えるように視線を逸らし、
それから俺を見る。
「生きていたから」
簡単すぎる答えだった。
だが、その声音は揺らがない。
⸻
「あなた、今、覚醒したわね」
核心を突かれる。
俺は掌を見る。
小さな氷の刃は、まだ消えていない。
震えるほど弱い。
投げれば折れそうなほど脆い。
これが、俺の魔法。
「……たまたまだ」
「違う」
即答だった。
「私の魔力に共鳴した。珍しいわ」
共鳴。
その言葉が、妙に胸に残る。
炎と氷。
正反対のはずの力。
「名前は?」
「……グレイス」
「姓は?」
「ない」
一瞬だけ、彼女の目が細くなる。
戦争孤児だと察したのだろう。
だが、それ以上は何も言わなかった。
同情も、慰めもない。
ただ事実として受け止める視線。
それが妙に、心地よかった。
⸻
遠くで角笛が鳴る。
西の増援。
セラフィナの視線が鋭くなる。
その瞬間――
紋様が再び赤く染まり始めた。
さっきよりも濃い。
戦う色。
熱が空気を歪ませる。
炎が彼女の周囲に集まり、
まるで王の外套のように揺らめく。
「決めなさい、グレイス」
炎の中で、彼女は言う。
「ここに残れば死ぬ。東へ来れば、生き延びる可能性がある」
命令ではない。
選択を迫る声。
俺は赤い空を見上げる。
戦争は、どこへ行っても続いている。
なら――生き残る道を選ぶ。
「行く」
短く答えた。
セラフィナは小さく頷く。
紋様がさらに濃く赤く輝く。
「なら、守るわ」
炎が広がる。
世界最強の背が、前に立つ。
俺は、その後ろを歩き出した。
この時はまだ知らない。
彼女の力の本当の意味も。
自分の覚醒の先に待つものも。
ただ一つ分かるのは――
俺は、炎の戦争に足を踏み入れたということだけだった。




