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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘  作者: 橋本 直
第四章 『特殊な部隊』の実験

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第8話 誠、撃て

『神前曹長!安全装置解除の指示が出ました!即時対応をお願いします!』

挿絵(By みてみん)

 誠の05式コックピット内のモニターに、西の顔が大写しになった。彼は観測装置を操作しながら指示を送ってくる。誠は即座に反応し、安全装置の解除に取りかかった。


 高まる鼓動に、自身の任務の重大さを痛感する。これほどの兵器が開発されるのに投じられた予算は、きっと『特殊な部隊』の年間維持費用など比較にならない。普段から整備班長・島田に予算不足の愚痴を聞かされていた誠にとって、自然と思い浮かぶのは予算のことだった。


「了解。第一安全装置、解除。続いてエネルギー接続、第一段階、開始します!」


『……頼むぞ、うまくいってくれ……。でないとまた島田先輩に根性焼きされる……あの人、最近ほんとにやるからな……入った時は『冗談だ』とか言ってたのに、最近は『英雄なんだからこれくらい耐えて見せろ』って……あの人の論理は無茶苦茶だよ。まあヤンキーに何を言っても無駄か』


 手順を復唱しながら動作確認を進める。いつもの訓練通りだ。鼓動の高鳴りを感じながら、それでも誠の手は確実に動いていた。以前なら緊張で震えていた指先が、今は驚くほど正確に作業をこなしている。かつて『落ちこぼれ』と呼ばれた自分は、もうここにはいない。そう信じこむことだけで誠は自分に完全に焼き付いた『負け犬根性』を押し殺していた。


『自然に手が動く。これまではこんなに順調に機体を起動させることなんてできなかった。機体を見ただけで気持ち悪くなってしまって……まあ、あれだけクバルカ中佐に鍛えられれば当然か……これが昨日の投球で発揮できればなあ……。でも相手は一年中野球してる野球をやるためだけに大学に入ったような連中だから仕方ないか……』


 ふと、昨日の試合のことが頭をよぎる。試合途中で抜けてきたため、結果を知らないことに気づいて、苦笑した。


 雑念が浮かんでも、視線は訓練通り法術ゲージに向けられている。ゲージが上昇するたび、脳を突き刺すような刺激が走る。意識が揺らぎそうになる。

挿絵(By みてみん)

『エネルギー第二段階へ移行!次、法力チャージに入ります!神前曹長、ここからが本番ですよ!本気を出してください!圧に耐えられなくなって気絶したり、以前みたいにプレッシャーに負けて吐いたりしたらシャレになりませんよ!』


 西の声に、意識が再び現実に引き戻される。法力ゲージが一気に半分近くまで上昇し、体に脱力感が走った。だが、すぐに次の操作に集中を切り替える。全身にかかる負荷が増す。


『エネルギー充填完了!法術レベル、許容値到達確認!神前曹長、『05式広域鎮圧砲』の発動範囲指定をお願いします!』


 西の鋭い声がコックピットに響く。誠は指示に従い、意識を管制システムにリンクさせた。


 演習場全域を模擬干渉空間で指定する。シミュレーションよりはるかに広いが、今の誠にとってそれは不可能ではない。クバルカ中佐いわく『シュツルム・パンツァーパイロットとしては二流以下、だが法術師としては一流』。その言葉を裏切るわけにはいかない。


『その状態で待機をお願いします!きついと思いますが、ここが実験成功の鍵です!待機ですよ!その状態を維持してください!それが出来ないとこの兵器の意味が無いんですから!』


 模擬干渉空間の維持には、膨大な集中力を要する。手を抜けばすべてがやり直し。しかし誠は分かっている。兵器として実用化するには、この状態を維持したまま周囲への配慮も必要なのだ。


 全身が引きつり、脳は強烈な圧迫感を訴えていた。それでも西に『あとどれくらい?』と聞きたくなる気持ちを堪えた。


『……でも、僕がやるしかない。いつも西園寺さんやカウラさんが庇ってくれるわけじゃない。場合によっては僕一人の単独出撃もあり得る。だから……見せてやる。これが僕の限界だ』


 誠は野戦管制室を見下ろした。そこでは西が端末を操作しながら、発動の時を待っていた。操縦桿を握る手には、もう感覚がない。


『僕は……一人じゃない。西君もいる。クバルカ中佐も、ひよこちゃんも。みんなの期待に応えなきゃ……これが『法術』を最初に公に使った僕の責任なんだ』


 誠が目を向けた先、野戦管制室には見覚えのある三人の女性隊員が立っていた。カウラ・ベルガー大尉、西園寺かなめ大尉、アメリア・クラウゼ中佐。

挿絵(By みてみん)

『西園寺さん?カウラさん?アメリアさん?……今、実験中なんですけど!邪魔しないでください!』


 西の声がヘルメットのスピーカーに響く。しかし三人は楽しそうに笑いながら誠の機体を見上げていた。


『邪魔なんてしてねーだろ。こんなことで実験失敗するなら、最初からその兵器は使い物にならねーよ。なあ、神前!元気か?』


 かなめの陽気な声が飛んでくる。誠は集中を保ちつつ、法術ゲージの維持に神経を張りつめさせた。


『西園寺さん!今は大事なときなんです!法術値もエネルギーも限界まで来てるんですよ!暴発でもしたら、また砲身が吹き飛ぶかもしれないんですから!』


 西の警告に、誠は思わず息をのんだ。過去、嵯峨隊長の実験で起きた重大事故。それが今、頭をよぎる。


 それでも通信モニターが開き、かなめがにやりと笑った。


『そんなことで撃てなくなるなら、その程度の兵器ってことだよ。な、神前?』


 続いてアメリアが口を挟む。


『小さい姐御にいじめられなかった?こんな兵器、最新鋭の機体には効かないって!使い道ないわよ。止めちゃえば?』


 その無責任な口調に誠は苦笑したが、どこかに優しさも感じた。


「中佐は本部のコントロールルームですよ!今の状況、全部見てます!あとで何を言われても知りませんよ!」


 誠は集中を保ちながらも、余裕ある返しをした。今なら耐えられる。かつての自分なら到底無理だった。


『西園寺、クラウゼ貴様等には神前の上官であるという自覚は無いのか?部下である神前の邪魔するなと言ったはずだ。西園寺、お前はもう減点一歩手前だろ?次、クバルカ中佐の下位査定があれば降格となるぞ』


 カウラが厳しく釘を刺す。その隣では、かなめが笑いをこらえきれず腹を抱えていた。


『カウラちゃんは本当に真面目なのね。こういう時こそ、笑わせなきゃ損ってもんよ』


 アメリアがウィンクする。軽口の中に、優しさがにじむ。


「……すみません、静かにしてもらえますか?僕はちゃんと実験、やりたいんで」


 誠がそう漏らしたとき、ひよこの声が響いた。

挿絵(By みてみん)

『三人とも遊ばないでください!今回の実験は失敗できない大事な実験なんですよ!大人しく見ていてください!誠さん、標的の準備は完了です。最終安全装置の解除を!発射指示はこちらで出します!』


 その声に正気を取り戻し、誠は最後の設定に移った。


『この手は……人を殺すためじゃない。誰かを守るために撃つ。……それだけは、忘れない』


 自らに言い聞かせるように、誠は深く息を吸った。


『神前曹長!安全装置解除の指示が出ました!即時対応をお願いします!』 

挿絵(By みてみん)

 誠は西の指示通り安全装置の解除の手順に入った。



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