第78話 誠、逃げ場なし
前夜の嵐のような飲み会が明けて、今朝の車中もやはり騒がしい。
「昨日はずいぶん早く引き上げてきたじゃねえか。もしかして、かえでとリンの『プレイ』には参加しなかったのか? エロいの大好きなオメエのことだ、てっきり今ごろはかえでの下僕に成り下がってると思ってたのによ」
カウラの『スカイラインGTR』の車内。後部座席の誠を挟んで、助手席のアメリアに向かって、かなめがそうからかう。
「さすがにね、二人の愛の営みに割り込むような無粋な真似はできなかったわ。でも、どんなプレイを予定してるかはしっかり聞いたわよ。さらに二人がどこまで開発済みか、詳細にね……これも全部、かなめちゃんのおかげよ。かなめちゃんがかえでちゃんを『初期開発』してなかったら、ああはならなかったわ」
アメリアはにっこりと、感謝を込めた(?)笑顔を向ける。
「だから!アタシのせいじゃねえって言ってんだろ!全部あのSM小説家の影響だ!」
かなめは必死に否定し、ジロリとアメリアを睨む。
「開発って……何を指してるんだ?」
運転しながらカウラが首をかしげる。その問いに誠は心中で『察しはつくが』沈黙を選んだ。アメリアも、さすがに性知識がゼロのカウラに説明して地雷を踏むのはマズいと悟ったのか、質問には答えなかった。
「でもね、二人とも凄かったのよ……ねえ、誠ちゃん、聞いてる?」
アメリアは助手席から後ろを振り向き、誠ににっこりと話しかける。誠も男だ。そんな話題をされれば、平静ではいられない。
「……いったい何のことでしょうか?」
必死に平静を装って誤魔化す誠に、アメリアはとどめを刺す。
「誠ちゃんのエロゲコレクション、調教系多めだったわね。シナリオの進行ログも、つい見ちゃった」
「……」
『見たのかよ!ログまで!?』
アメリアはあっさりと誠の最低限カウラには隠しておきたかった秘密を暴露した。
「なっ……何を言ってるんですか!僕はそんな……確かにそう言うエロゲ持ってますけど、そんなにやりこんでないですよ!」
必死に否定する誠の様子が心底面白いというようにアメリアは特徴である糸目をさらに細くする。
「何照れちゃってまあ、かわいいんだから。かえでちゃんもリンちゃんも快楽、苦痛、恥辱、拡張ともにすべて開発度オールマックス。すべてのプレイに対応可能なド変態に仕上がってるわ。あれで日常生活が普通に送れるなんてすごい精神力。私は巻き込まれたら危ないと思って逃げてきたの」
嬉しそうに言うアメリアの言葉に誠はただひたすら絶句した。たしかにエロゲのキャラ達はその状態になると普通の日常生活を送れなくなる設定になっている。昨日、見た感じでは二人とも言葉は異常だが、行動性はかなめに対するそれは別としておかしなところは見えなかった。
「アメリア……フィクションの話はそれくらいにしろ。それに朝からそんな話をするんじゃねえ。耳が穢れる」
かなめは不愉快そうに隣でもじもじしている誠に目をやりつつそう言った。
「何よ、かえでちゃんを裸にして首輪をつけて夜道で犬の散歩プレイをしていた張本人が良く言うわね。かえでちゃんから聞いてるのよ。痛みと恥辱の開発はかなりかなめちゃん本人がやったって」
そう言ってアメリアは今度はかなめに目を向けた。
「下らねえ話をするんじゃねえ!あれはただのいたずらだ!」
誠にはそれはいたずらとは言わず虐待か性犯罪と言う言葉の方がふさわしいなどと言う言葉が浮かんでいた。
「西園寺。貴様は犯罪者だ。島田と同類だ。……いや、あれより悪質かもしれん。民間なら、懲戒免職だ。いや、それどころか……起訴されるな」
反論するかなめをカウラはそう切って捨てた。
「でもねえ……誠ちゃんもあそこまでかえでちゃんが変態だと……誠ちゃんはその『許婚』としてかえでちゃんが望むような立派な『ご主人様』になれるかしら?実際、誠ちゃんはそこまでドSなの?」
心配そうな顔を作るアメリアだが、その口元はニヤけていた。
「そんなわけないでしょ!僕はノーマルです!」
これ以上アメリアにおもちゃにされるのはうんざりだというように誠は叫んだ。
「あんなにゲームをやりこんでて?リアルであのゲームのヒロインキャラ並みに開発されてるのよ、かえでちゃん。実は理想だったって言いなさいよ。面倒なプレイ時間を省いていきなり最エロ画面からプレイが始まるのよ。楽しみでしょ?『許婚』として」
あくまで誠の変態性を指摘してくるアメリアに誠は辟易していた。
「しかし、そうなった原因はすべて西園寺なんだろ。西園寺。貴様は日野に謝る必要がある。と言うか謝って済む問題ではない。貴様はそれ相応の罰を受けるべきだ。東和なら最低でも懲役刑の対象になるような行動にしか私には聞こえない……甲武の法律ではどんな罰が与えられるんだ?甲武の法律は厳しいと聞く。さぞ厳しい処分が下されることだろう」
カウラはかえでが不幸だと信じているらしい。ただ、誠の見る限りかえでは楽しそうだった。かえでは真正のマゾヒストなのである。
「アタシは悪くない!アイツにそう言う素質があったんだ!全部アイツのせいだ!そうなることを望んだアイツの自業自得だ!と言う訳で、神前。オメエが責任を取れ。テメエは『許婚』だ。結婚しろ、アイツと!そして立派な『調教師』としてアイツの変態嗜好に地獄まで付き合え!」
完全に自分の責任を誠に押し付ける気満々でかなめはそう叫ぶ。
「西園寺さん!なんで僕に話題を振るんですか!なんでも他人のせいにするの西園寺さんの悪いところですよ!直してください!」
自分の責任をすべて誠に向けて来るかなめに誠は怒りを爆発させた。
「だって『許婚』だろ?アタシはお袋には逆らえねえ。あの『鬼』の決めたことに逆らうとさすがのアタシにも『死』が待ち受けている。そう言うわけだ。お前が全責任を取ればアタシの命は助かるんだ。ここは人助けだと思って結婚しろ」
かなめの非情な宣告が響く中、車は隊に到着した。
「誠ちゃん。『許婚』と仲良くね」
駐車場に到着するとアメリアはそう言って助手席を下りて座席を畳んで誠が降りれるようにした。
「あの常識的な範疇では理解不能な性的嗜好のかえでさんと……どういう方向で……どこまで『仲良く』すればいいんですか?」
冗談のつもりで返したが、アメリアの目はマジだった。誠の心に寒風が吹いた。
「それくらい自分で考えなさいよ。それとかなめちゃん。結構なお話を聞かせてくれる原因を作ってくれてありがとう。なんなら二人のプレイの動画を貰ったからかえでちゃんが何処まで開発されたか『初期開発者』として見てみる?」
「誰が見るか!そんなもの!」
誠に続けて車を降りたかなめはそう怒りに任せて叫んでいた。カウラは三人の会話の意味が分からず、不思議そうな表情を浮かべたまま運転席で固まっていた。
「昨日はお疲れさまでした!」
機動部隊の詰め所の前で立ち尽くしていたかえでとリンに向けて出勤してきて着替えを終えた誠はそう話しかけた。とりあえず平常心を保とう。車中でアメリアに聞いた二人に関することを忘れるように努めながら誠はそう思った。
「昨日はあれからリンと激しく燃えてね……君にも見せたかったよ、僕が激しく乱れる様を」
かえではまたまた爆弾発言をした。誠は顔を真っ赤に染めてかえでから目を逸らした。
「なにも恥ずかしがることは無いじゃないか。君も大人なんだから。それに君は僕の『許婚』だ。何ならいつでも参加してくれてかまわないんだよ……いや、一日も早く君のすべてを僕は味わってみたい……僕の身体のすべてでね」
かえではそう言うと誠から見ても美しい横顔で誠に笑いかけた。
「日野少佐、部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
カウラの言葉に機動部隊詰め所の前に立ちはだかるかえでは、カウラの顔を見るとこれもまたうれしそうな顔でカウラの無表情を見つめた。
「君には笑顔が足りないね。リンも以前はそうだった。もしよろしければ、僕が君の笑顔を作ってあげても良いんだよ」
この人は見境が無い。誠がかえでに対して思ったことはそれだけだった。ただ、誠のゲームでもそう言ったヒロインキャラは見境が無くなるのが普通なので、今後の生活が非常に気になるものに感じられた。
「丁重にお断りします。西園寺の馬鹿から貴君の悪行は存じ上げておりますので。それと昨日クラウゼに色々と貴君の事を聞いたのですが……」
カウラがそこまで行ったところでかえではカウラの口をふさいだ。
「あまり昼から言う話ではないね。僕がそうなったのは僕がそうなることを望んだからだ。クラウゼ中佐の話によると神前曹長の趣味に最適らしい。『許婚』の望む自分になれたことを僕は誇りに思っている」
一応、階級が上と言うこともあってカウラはかえでに丁寧な口調でそう返したカウラだが、そこに返って来たそれを上回るかえでの異常な脳内の思考にカウラは混乱していた。カウラの精神状態がおかしくなっていることは、カウラがこういう時に見せる右手をパチンコのハンドルを動かす時の動作をする癖を知っている誠には手に取るように分かった。
「どうやら、僕はベルガー大尉には嫌われているようだ。それもまた良いんじゃないかな。僕にも好き嫌いくらいはある。ただ、男に嫌われるのは僕は別にかまわないが、女性に嫌われるのはあまり好ましいことだとは思っていない。少し残念だね」
かえではそう言うと笑みを浮かべて部屋に入っていった。カウラの表情は相変わらずの鉄面皮だったが、目で誠にかえでとはどうも相性が合わないと言っているように誠には見えた。
「神前、気にするな。第二小隊とは上手くやっていかなければいけないと言う使命がある。私はこれからは出来る限り日野少佐の意に沿うような言動をとるようにしよう。ただ、1つ言っておく、貴様は日野少佐にはあまり近づくな。『許婚』と言うが、それはあくまで親が決めたことだ。日野少佐は精神衛生に非常に悪い性癖の持主だ。貴様には日野少佐のように狂ってほしくない」
カウラは誠にそう言うが、明らかにその目は自分の言葉が言葉だけのものだと言っているように見えた。
「本当にやれます?あの人結構やっかいですよ。それにかえでさんを避けるって言っても……同じ部屋で一日中一緒に居るんですから。不自然になりません?」
誠の声にすぐに自分を取り戻したカウラは東和軍教導隊から運ばれてきたばかりの執務机に向かった。誠も隣の自分の席に向かった。
「西園寺!いつまでの詰め所の入り口でウロチョロしてないで、とっとと席に着け!」
カウラの言葉に仕方なく部屋に入ったかなめは、かえでの方をびくびくしながらうかがった。かえではまじめに通信端末の設定をしており、それを見て安心したようにかなめは自分の席に座る。
「ああ、お姉さまの端末の設定は僕が好みのものに編集し直しておきましたから!」
そんなかえでの一言にかなめはあわててモニターを開いた。大写しされるかえでの凛々しい新撰組のような袴に剣を振るう姿をかなめは冷汗をかいて眺めていた。
「かえで様素敵です!やはり、剣をふるう姿が一番かえで様にはお似合いです!」
思わずリンが叫んだ。カウラはただ黙って同情の視線をかなめに投げた。かなめはと言うと、ただ画面を見たまま氷の様に固まっていた。
「ちょっとこれは……やりすぎなんじゃないかと……」
誠がそうつぶやくと再びかえでの鋭い視線が誠に向けられる。かえでにとっては『許婚』よりも姉に対する愛の方が比重が大きいと言うことを誠はその視線で察した。
「わかったよ!これを使えばいいんだろ!なんだってアタシばかりこんな目に遭うんだ……」
かなめの顔は出勤したばかりだというのに三日徹夜を続けた後のように疲れ果てていた。
「それは貴様がかえでを『開発』とやらをしたからだ。貴様の始めたことだ。貴様が責任を取れ」
そう言ってカウラはかなめを氷のような視線で見つめた。かなめは仕方なくそのまま自分用にモニターの仕様を自分のお気に入りの銃の画面に変更する。かえではその姿を確認すると笑みを浮かべながら自分の作業を続けた。
誠はふと、まだ空席のアンの席を見つめた。
まっさらな椅子、整然とした机。彼にはまだ、こうした『異常』が日常になることを知らない。
「……こんな日常が、これからも続くのか」
ため息と共に、誠は今日も机に向かうのだった。




