第67話 けだるい出動後の初出勤
カウラの運転する『スカイラインGTR』が、菱川重工豊川工場の通用門をくぐる。乗っているのは、後部座席に誠とかなめ、助手席にアメリアといういつもの顔ぶれだった。
「……でさ、本当に平気なのかよ、神前。あんな広域鎮圧砲をぶっ放しておいて、ピンピンしてるとか信じられねえんだけど」
かなめが隣からじっと覗き込んでくる。
後部座席で丸まった誠が、視線を逸らしたままぼそりと呟いた。いつもならアメリアの馬鹿話を聞いたかなめキレて脇に下げた銃に手をやるいつもの展開にツッコミを入れるはずの誠が今日は黙り込んだままじっとしている。かなめにはそれが少し心配だった。
「元気じゃないのは事実ですけど、その原因は法術じゃ……ないと思います。ただの三日酔いの残りです」
黙って下を向いている誠の隣からかなめが顔を近づけてくる。誠も彼女に指摘されるまでもなく倦怠感のようなものを感じながら後部座席で丸まっていた。確かにあれからずっと倦怠感に悩まされているのは事実だったが、それは法術の発動よりもランに飲まされた芋焼酎によるアルコール中毒の後遺症なのだとかなめに説明するのが面倒くさかった。
「本当か?その割には静かすぎるように見えるけどな」
かなめはしつこく誠を見つめてそう聞いてくる。
「平気ですよ!ひよこさんも『アストラル波の異常なし』って言ってましたし。ただの三日酔いです、本当に」
車は出勤のピークらしく工場の各現場に向かう車でごった返している。カウラは黙って車を走らせる。
「生協に寄るか?アメリア、おやつとか買うんだろ?今の時間なら結構空いていると思うが……どうだろう?」
珍しく気を利かせたカウラの言葉にアメリアは首を振った。
「珍しいな、貴様らしくないじゃないか。おやつの買い出しとか行かないのか?間食は貴様の趣味の1つだろ?貴様から趣味の多さを取ったら何も残らないんだから、おやつを買いに行け。まだ勤務開始まで時間がある」
いつもなら10時と3時のおやつとそのおまけ目当てに生協に寄りたがるアメリアが座席で大人しく首を横に振る。
「……いや、今日はいいわ。おやつもスルー」
アメリアは座席にもたれ、だるそうに目をこすった。
「昨日、エロゲの脚本仕上げてたの。ヒロインが変態プレイしながら真顔で『人間とは』とか語るやつ。勢いに乗って徹夜」
そのあまりに斜め上を行く回答に車内の一同は呆れ果てた。
「それ自業自得だろ!」
すかさずツッコミを入れるかなめが、ジト目でアメリアの髪を引っ張る。
「いたっ!?ちょっと!そのセリフ試したの!自分の身体で再現してみたのよ!」
その言葉にかなめの腕の力にさらに力が入った。
「ギャグボールでも詰めて黙らせろっての!おかげでこっちは寝不足なんだよ!」
その横で誠は『……いつもの日常が戻ってきた』と苦笑した。
かなめの上機嫌に対してアメリアはどこかしらブルーだった。そこが気になるのかかなめが顔を突き出していやらしい笑みを浮かべる。
「なあ……今日は何かボケないのか?いつもならこのタイミングで一発くるじゃねえか。マジで体調でも悪いんじゃねえの?」
そう言うとかなめはアメリアの紺色の髪に手を伸ばす。
「いきなり引っ張って!痛いじゃないの!私は平気!単なる寝不足とエロい事し過ぎたから疲れてるだけ!本当にかなめちゃんは子供なのね」
突然髪を引っ張られてアメリアはかなめをにらみつける。
「子供で結構!な、神前?」
その異様にハイテンションなかなめに誠は苦笑いを返した。車は当番の技術部員が待機しているゲートに差し掛かった。
皆がまだ本調子ではない中、出動で存分に暴れたかなめだけはやけに元気だった。ストレスを吐き出し切ったのか、上機嫌で周囲を見渡している。
「総員注目!ヒーローの到着だぜ!ちゃんと拍手で迎えるように!」
後部座席の窓に張り付いてかなめはVサインをする。それを見つめる技術部の面々はいつも通りのけだるい雰囲気を纏っていた。あのバルキスタンでの勇姿が別人のことのように見えるだらしない姿の彼等に誠はなぜか安心感を感じていた。
「撮影は許可制な!サインは一人一枚、早い者勝ちだ!」
かなめは群がる留守を守っていた整備班員達に声をかけていた。派手な出動で疲れ切っている出動した隊員達とは対照的に留守を守っていた技術部員達は今回の出動でも活躍した誠を一目見ようと元気にカウラの『スカイラインGTR』に駆け寄ってきた。
「西園寺さんはいつ神前のマネージャーになったんですか?それにサインなんてできませんよ、僕」
誠はすっかり誠のマネージャー気取りのかなめに向けてそう言った。車の中を覗き込んで笑顔を浮かべる彼らにかなめが手を振るとカウラが車を発進させた。
「ずいぶんと機嫌がいいわね。何か良いことでもあったの?昨日は私の喘ぎ声で眠れなかったとか言ってなかったっけ?」
沈んだ声でアメリアが振り向く。かなめは舌を出すとそのままハンガーを遠くに眺めていた。
「まあ西園寺は今回の出動では散々暴れられたからそれでいいんだろ。貴重な出撃機会だ。私としては電子戦以外の戦闘に関する私の05式の運用データが取れれば良かったんだがな。今回のような単調な戦闘任務は私にはどうも性に合わない。やはり電子戦が私には適している。まあ、今回の旧式でマニュアル操作しかしてこない敵には電子戦など無意味なのは事実だがな」
カウラはわけもなく浮かれているかなめを一瞥する。
「そんなの必要ねえ!アタシが居れば戦場はオールオッケーだ!05式は最高だぜ。特に不足するスペックが出なかったんだから良いじゃねえか……機動力は除くけどな。今回も機動性がもっと高ければあんな任務、楽勝だったのに。あの地上をちんたらホバリングする情けない姿……本当にあれだけはどうにかなんねえのか?もっとパーと言ってパーっと片付ければ今回は本当に楽な仕事だったのに」
カウラの言葉にもかなめは陽気に返事をする。誠は逆にこの機嫌の良いかなめを不審に思いながら、落ち込んでいるとしか見えないアメリアを眺めていた。
「おら降りろ!ヒーローの邪魔だろ!」
かなめは車が止まるとそう言って落ち込んでいるアメリアを後ろから殴りつけた。
「何すんのよ!ヒーローは誠ちゃんでしょ!? かなめちゃんは完全に脇役じゃないの!身分をわきまえなさい!身分制度の厳しい甲武国のお姫様なんだから当たり前の事でしょ!」
後部座席のかなめに小突かれてアメリアが助手席から降りた。それに続いて降りてきたかなめを見ながら誠は狭苦しさから解放されて伸びをした。
そこに息を切らせて島田と共に出張に行っていたはずのサラが血相を変えて駆け寄ってきた。
「誠ちゃん!……隊長が、すぐ来いって」
息を切らせてサラが駆け寄ってくる。その目は、いつもの明るさとは少し違っていた。
「何か、あったんですか……?」
誠は馬鹿なサラの言うことなので、めんどくさそうにそう答えて場を逃げようとした。
「わかんない。でも……急いで。詳しくは向こうで」
そう言い残すと、サラは駆け足でハンガー方向へと消えた。
誠は一瞬、背筋に冷たいものを感じた。
「なんだ、神前、また降格か?今度は一気に二等兵とか。ああ、オメエは今は軍籍は甲武海軍にあるんだったな。あそこには本当にデッキの掃除とかしか担当しない三等兵と言う階級がある。一気にそこまで落ちるかも知んねえな!楽しみだろ?神前」
相変わらずの上機嫌でかなめは誠の肩を叩く。
「なんで僕は活躍するたびに階級が落ちなきゃいけないんですか?隊長もそこまで僕を虐めて楽しむ趣味は無いと思いますよ。じゃあ先に着替えますから。それから隊長室に行きますんで」
誠はため息をつきつつ、珍しく正門から実働部隊の庁舎へと足を踏み入れた。たしかに活躍するたびに降格されるのが年中行事になれば最悪である。誠にはまた降格辞令を渡される恐怖が脳裏によぎるのを感じていた。




