第45話 出発前夜、空を征く者たち
「カウラさん、本隊はどう動く予定ですか?」
不安を抑えきれずに尋ねた誠に、カウラは無言のまま視線を上げた。表情はいつも通り冷静だったが、その奥には緊張の色が隠しきれていなかった。
『特殊な部隊』の整備班は、機体の整備だけでなく白兵戦を含む戦闘訓練も日常的にこなしている。『近藤事件』の際には、敵が『ビッグブラザーの加護』を知っていた可能性に備えて艦内での肉弾戦が想定されていたほどだ。
今回も同様、整備班を含む全隊員の出動が前提になる……誠はそう感じ取っていた。
そして、ヒーリング能力を持つ看護師・ひよこ曹長もまた、後詰として同行するだろうと直感していた。万一の際、被弾兵の治療に不可欠な存在だからだ。
「『ふさ』は海上で本隊として待機。出撃準備は整えつつも、実際の支援は我々の展開後となる」
カウラの言葉に、誠は先遣部隊としての孤独を改めて意識した。
「……じゃあ、僕たちだけが先に現地入りするんですね」
誠の言葉に緊張の色が滲んだ。
「当然だ。貴様の任務は『戦場の主導権を握ること』。後詰など当てにするな」
冷たく聞こえるカウラの言葉には、誠への信頼と覚悟が滲んでいた。
「そうですよね。『ふさ』が多賀港から出る時間を考えても……僕たちの方がずっと早く着きますよね」
誠はその現実に、思わず喉が詰まるような恐怖を感じた。
「心配するな。貴様は私が守る」
カウラは静かに、しかし力強く言った。
「万が一の場合は、『ふさ』の主砲でカント将軍の頭上に警告を与える。延命のための選挙捏造の代償を、身をもって払わせるまでだ」
誠が安堵しかけたその時、カウラの表情が一変した。
「……ただし、そこまで行けば遼州は『正義を掲げた第三勢力』に蹂躙される。その時は、貴様は米帝の研究所で実験台だ。その時は諦めろ。我々と隊長に運が無かったというだけの話だ。戦場に確実は無い。すべてが隊長の思惑通りいくとは……私には到底思えない」
その重すぎる冗談に、誠は背中に冷や汗を感じた。
だが今の誠には、カウラの性格が理解できていた。その言葉の裏にある現実的なシナリオ……自分がしくじれば本格的な紛争が始まり、同盟機構は崩壊し、遼州圏全体を巻き込んだ新たな秩序の争いが始まるという未来を。
誠はその想像に、額を伝う汗をぬぐった。
日が暮れ、司法局実働部隊のハンガー前に広がるグラウンドには砂埃が舞っていた。誠が見上げると、大型輸送機が、彼の立つマウンドに向けてゆっくりと降下してきていた。
「菰田もやるじゃねえか。最新鋭機だろ?そういうの操縦するのって勇気要るんだよ。どんな欠陥があるか分からないからな」
タバコを吸い終えて戻って来た出撃前の作業服姿のかなめが誠の肩を叩きながら言った。
「すぐに乗り込むぞ」
かなめの言葉にうなずき、誠はハンガーへ向かう。
「野次馬は結構だが、自分の仕事を忘れるなよ」
ハンガー入り口では、作業服姿のカウラがエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせて二人を迎えた。
「焦らなくていい。叔父貴がいなくてもやることは変わらねえ。神前、とっとと終わらせるぞ」
そう言ってかなめは、自分の05式狙撃型へと足を向ける。誠も自身の05式乙型を見上げた。整備員が反重力エンジンや対消滅エンジンの最終調整をしている最中だ。
誠は昇降エレベータに乗ってコックピットへ。そこには張り付いて作業をしている西の姿があった。
「ご苦労様」
誠の声に西は童顔をほころばせ、端末からジャックを抜いて言った。
「法術系出力はかなり上がってますよ。チャージレートもシミュ設定にかなり近づけたんで、それなりの戦果、期待してます」
その言葉に誠はうなずいた。法術兵器による広域攻撃……自分が知る限り、いやおそらく世界でも、初の実戦投入になるだろう。
「本当に……うまくいくのかな」
こわばる誠の表情を見て、ひよこが口を挟んだ。
「神前さん、そういうとこ直した方がいいですよ。私たちは全力で仕上げました。少しは人を信用してください。そして自分自身も」
彼女の言葉に笑顔を返そうとしたが、誠にはまだ余裕がなかった。機体チェックのコンソールが次々と緑に変わっていく。
「全面戦争を防ぐためにも、僕が頑張らなきゃ……あの新兵器、使いこなしてみせる」
誠は自分に言い聞かせるように操縦桿を握りしめた。
「ひよこさん! オールグリーンです!」
ようやく決意が固まり、ひよこに報告する。
「よしっ! 誠さん、頼みましたよ!」
その声に背中を押され、誠はコックピットに身を沈める。ハッチが閉まり、全周囲モニターが起動する。
目の前では、かなめの2号機がゆっくりとハンガーを出ようとしていた。
『どうだ? 異常はないか?』
通信に映るカウラの顔に、誠は笑顔で答えた。
「大丈夫です。ひよこさんたちが完璧に仕上げてくれましたから」
関節固定器具のロック解除ランプが点灯。誠は操縦桿を握り、一歩、二歩と機体を歩行させる。05式はホバリング移動を前提とした脚部構造を持っているのでそれなりの技術が必要なのだが、この数か月のランに課せられたシミュレータ訓練でこのくらいの事は誠でも自然にできるようになっていた。
『こけるなよ』
「馬鹿にしないでください」
回線の向こうで笑っているアメリアにそう返し、誠は格納庫へと機体を歩かせた。
整備員が大漁旗や寄せ書きを振る中、誠は輸送機後部ハッチへ進む。
『2号機積み込み完了。固定作業開始。続いて3号機!』
パーラの声に合わせ、誠の機体も後部搬入口を進む。
『こけるんじゃねえぞ』
かなめの声に軽く笑いながら、誠は固定位置に機体を収めた。
整備員が関節を固定する間、誠は上腕を持ち上げた。すると大型のライフル……司法局制式名称・05式広域鎮圧砲……がクレーンで降ろされてきた。
「確かにデカいですね。空中じゃバランス取りづらいかも……」
誠はこの巨大な砲を再び抱えて今度は実戦に出向くのかと思うと憂鬱な気分になった。
『そんなの抱えて空中戦する気かよ。酔狂だな』
かなめが通信越しに嫌味を飛ばすが、誠は黙って砲身を見つめていた。
『それじゃ、1号機』
パーラの声がカウラ機へ移り、誠はハッチを開けて機体から飛び降りる。
「ご苦労さん。じゃあ、アメリア達のとこ行こうぜ」
仮設司令室では、アメリアが副長パーラと共にモニターを見つめていた。かなめとカウラ、誠もその隣に立つ。
「これが現地の制空図か」
表示されたバルキスタン北部の地図に、航空制圧エリアが青く重ねられていく。
「この外に出たら保証はないわね。ランちゃんが護衛を出すって言ってたけど……どこまで当てになるやら」
アメリアは明るく言うが、目は真剣だった。
「カウラちゃんも搭載完了!それじゃ菰田君、発進準備よろしくね」
アメリアが手を振る。
『任せてください!大船に乗った気で』
滅多にない戦場での見せ場に、菰田は満面の笑みを浮かべた。
「信用していいのか……?飛行時間が長いだけだろ?あのメタボに命を預けるなんて狂気の沙汰だ」
かなめが渋い顔をする。
『何を言ってるんですか。この機体、俺が一番慣れてます。留守番の時はいつもこいつのコックピットに入ってましたし!』
菰田は、ただの電卓屋ではないとカウラにアピールしたかった。
「しかし、よく借りられたな、こんなの。P23型は最新鋭だぞ。三春基地に3機、今も予算不足でピーピー言ってる東和陸軍じゃ配備待ちの基地があるくらいだ」
かなめは真新しい機内を見回しながら感心したようにそうつぶやいた。
「隊長が出発前に押さえてくれたのよ。じゃなきゃ借りられるわけないでしょ、こんな機体。それこそバルキスタンに向かう前に東和陸軍と戦争になるわよ」
アメリアの言葉にかなめが納得する。
「でも、この鈍足の輸送機じゃ制空権が無いとただの的だぞ」
カウラの懸念に、アメリアがモニター前に手招きする。
「進入ルートは調整中だけど……航空制圧エリアを重ねてみましょ」
画面には東和宇宙軍の支配範囲が重ねられた。
「分かってる。ベルルカン大陸での飛行制限は解除されていない。中にいる限り安全かもしれないけど……」
かなめは重い口を開いた。
「でも大丈夫。ランちゃんが東和最強の護衛パイロットを出すって言ってたわよ」
アメリアは笑いながら珍しく弱気を見せるかなめに向けてそう言った。
「姐御の人脈か……なら信じられるってところか。陸軍も宇宙軍も海軍も、東和国防軍のパイロット連中はあのちっちゃい姐御には頭が上がらないしな」
かなめは納得が言ったように静かにうなずいた。
「それに、これも隊長の助言で保険の為に政府軍のレーダーは技術部がハッキング中。5時間後には使用不能になる予定なの。復旧に3日はかかるはずだわ。これで負けたらかなめちゃん。貴女のせいだからね」
そこまでアメリアに言われてしまうとかなめは頭を掻いて誤魔化すしかなかった。
「頼もしいな……姐御の年末賞与の査定も近いから気合入ってんだろ」
かなめは笑いながら、査定目的で無茶をする技術部の面々の顔を思い出していた。
『クラウゼ中佐! 発進準備完了しました!』
「では、発進よろし!」
アメリアの号令とともに、反重力エンジンのうなる音と振動が機体全体に広がった。




