第44話 甲一種、発令す
「甲一種か……燃える展開になりそうじゃねえか。思う存分暴れて良いってことだな……これから先が楽しみだぜ」
かなめの口元に浮かんだのは、兵士の戦意とは異質な笑みだった。彼女が誠を振り返ったその瞳には、かつて誠が見た『あの目』が宿っていた。
……血の匂いを求める『殺人者』の目。
背筋に冷たい汗がにじむ。誠は乾いた笑みで誤魔化そうとしたが、内心のざわつきは隠せなかった。
同時に、『甲一種出動』の言葉が脳裏を反芻する。
それは司法局実働部隊に対して、すべての武装と法術の使用制限を解除する最高レベルの出動命令だった。『近藤事件』ですら運用艦『ふさ』の主砲を始めとする一部兵器に制限があったことを思えば、今回の任務がいかに異常であるかが分かる。
「おー!今の通りだ。やる気を見せろってこった。甲一種だぞ、甲一種。つまり、やりたい放題だ。使える武器は全部使う。それが今回の作戦内容だ」
ランがにやりと笑い、隣にいた菰田邦弘主計曹長に目配せをした。次の瞬間、スクリーンに新しい画像が映し出される。
映されたのは、見慣れない大型輸送機だった。
「P23。東和軍・北井基地所属の新型輸送機だ。お前たち第一小隊のために用意された特別機だぞ。パイロットは……菰田!」
ちっちゃな副隊長。全権を任された責任者の目をしたランの鋭い視線がメタボ体形の管理部の戦場とは無縁と思われていた菰田の方に向いた。
「え? 俺ですか?」
顔を上げた菰田が、驚きと喜びが混じった表情で立ち上がる。
「お前がこの機体の飛行時間トップだ。オメーの取柄が簿記だけじゃねえってとこ、全員に見せてやれ。ありがたく思え」
思わずカウラに視線を送る菰田。しかし、彼女の目は氷のように冷たく、完全に無視していた。
「了解しました!必ず無事にベルガー大尉たちを任地に送り届けます!」
冷たい視線を送り続けるカウラをよそに、菰田の声は晴れやかだった。そんな中、アメリアが思わず吹き出す。その様子をランが捉える。
「クラウゼ……。お前が前線で仕切れ。『ふさ』の母港まで移動する時間も惜しい。戦場の指揮はお前だ。操艦は操舵手であるルカに任せる。オメエは『ふさ』の事なんか忘れて全力でベルガー達の指揮管理を担当しろ」
ランの言葉どおり、ゲリラの進行速度を考えれば、多賀港の『ふさ』まで05式を運搬していたのでは手遅れになる。誠は、これまで経験のない空中輸送という新たな戦場を想像し、身体を強張らせた。
「アメリア・クラウゼ中佐。了解しました」
珍しくアメリアが真剣な表情で敬礼する。
「第一段階の任務は以上!各員、指示書のディスクを受け取って解散!」
ランが演台を下りると、カウラ、菰田、アメリアがパーラからディスクを受け取っていく。
「おい、チビ。あれだけ広がった戦線にたった三機のシュツルム・パンツァーで何ができるってんだ?神前に『光の剣』で全部斬り倒させるつもりか?そんなのこいつの身体が持たねえよ」
かなめの皮肉混じりの言葉に、誠は我に返る。戦線は広範囲にわたり、状況は圧倒的不利。だが、ランには奇妙なほどの自信があった。
「分からねー奴だな。なんで東和宇宙軍じゃなく、お前たちにお鉢が回ってきたか。電子戦で機動兵器を麻痺させる。そいつは東和宇宙軍の十八番だが、それでも地上には無数の鉄砲とミサイルを抱えた民兵が残るわけだ。そいつ等は電子戦なんて関係なく命令が続く限り戦いを続けるだろう……そこでだ」
ランの笑みに、誠は戦慄を覚える。
「今のところ東和宇宙軍は動いてないから電子戦を仕掛けられる心配は無いと両陣営は踏んで確かに戦線は拡大してる。でもよ、同じく機動兵器を大量に保有している同盟機構の派遣した治安維持部隊も両軍の引き離しの為に激しく抵抗して混乱状態にある。そこで核や気化爆弾なんか使ってみろ、政府軍、反政府軍、同盟機構の派遣部隊のどれも全滅だ。そうなったら同盟は終わりだ。だから『先日の新兵器』の出番ってわけだ」
「眠り……の剣?」
ランの言葉に誠は先日の長大な非破壊兵器の事を思い出した。
「思念反応型兵器。05式広域鎮圧砲。被弾者の脳を鈍化させ、昏睡させるが死なせはしない」
そう語るランの言葉に、誠はぞっとした。これが嵯峨によって仕組まれていたのだと気づき、改めて『駄目人間』の恐ろしさを感じる。
「この兵器の強みは殺さず戦闘力を奪うこと。つまり、攻撃されても政府軍にも反政府軍にも同盟の派遣部隊や民間人にも死人は出ないわけだ。政府軍や反政府軍の機動兵器も旧式ばかりで対法術防御の対策はできてない。菰田、電算室を使うぞ」
返事を待たずに歩き出すランに、カウラが追いつく。
「ですが、中佐。実用段階には……」
「効果が上がることはあっても下がらねー。神前は『近藤事件』の時もアタシが命じたら跳んだし『光の剣』で今度の野郎を仕留めた。今回も同じだ」
余裕たっぷりにそう返すラン。かなめは黙り込んだ。
コンピュータルームに入り、ランはディスクをスロットに差し込む。
「笑うんじゃねーぞ」
ランが警告しつつ映し出したのは、現在のバルキスタン戦線図。戦線は入り乱れ、中央盆地を中心に緑と紺の斜線が交錯していた。
「中央盆地が反政府軍に落ちれば、地球圏で対立するアラブ連盟へのけん制の為に米軍が動く。隊長の情報によると実際に甲武を監視していた一部艦隊がこの遼州上空に移動を開始しているらしい。そうなれば同盟の威信は失墜だ」
ランが拡大したのはカンデラ山脈の北部。
「オメー等の進入ルートはカンデラ山脈越え。この山脈を超えた砂漠地点に降下後、12キロ北上して島田が支援している東和陸軍特殊部隊と合流する」
誠は驚く。いつの間にか出張していた島田の任務がビーコン設置だとは知らなかった。
「西園寺。味方を騙せなきゃ敵は騙せねぇ。東和の陸軍特殊部隊は飛行戦車を主に使用する部隊だが、アタシの教えを与えた部隊だ、ぴったりだ。ビーコン設置にシュツルム・パンツァーなんてコストのかかる兵器なんて必要ねー。飛行戦車で指定地点まで運んでそこで設置して終わり。ちなみにビーコンはどう見てもドラム缶にしか見えねえように偽装してある。政府軍も反政府軍も一国平和主義で知られる東和共和国の軍隊が置いていった中古のドラム缶がそんな天地をひっくり返す新兵器の誘導ビーコンだなんて思いもしねーだろうな」
誠が汗をかくほどの精緻な作戦に、ランはあっさりと話を進める。
「今回は既に照準ビーコンも設置済み。オメーのような射撃下手でも外さねーよ」
「でも、同盟加盟国の選挙管理維持部隊が展開してるはずでは……?」
カウラはランを試すようにそう言ってみた。
「だから『非殺傷兵器』ってわけだ。人間なら二日寝込むが死にはしねー。政府軍、反政府軍、同盟の派遣部隊に砂漠に暮らす民間人。誰も死なねーし、怪我もしねーんだ。これ以上最適な兵器があるか?」
誇らしげなランの態度で笑ってみせる。
「ただ、この兵器の問題点はオメー等も知っての通りチャージまで時間がかかるってことだ。そこをうまく仕切って作戦成功に導くのが……ベルガー、お前の仕事だ。クラウゼもだ」
「了解しました!」
カウラとアメリアの声が響き、ランは満足げに出て行った。
「カウラちゃん、進入ルートの選定は任せて。出撃まで休んでていいわよ」
アメリアとパーラがすぐに作業に取りかかる中、カウラはかなめと誠を促して部屋を出た。
「ちっちゃい姐御にあれだけ信頼されるってのは、たいしたもんだぜ、オメエは」
かなめが誠の肩を叩いてタバコを取り出す。
「廊下は禁煙だぞ」
カウラの注意にも、誠はその裏にある優しさを感じていた。
「分かってんよ。しばらくヤニ吸ってるから、何かあったら呼んでくれや」
そう言い残し、かなめはハンガーへと歩き去る。誠とカウラは控え室へと向かった。




