第4話 駄作機に、誇りをのせて
日差しを浴びて目覚めた誠は、かび臭い硬い簡易ベッドから身を起こすとそのままシャワー室へと向かった。そしてそこでいかにも体にまとわりつく汗を流すためだけにあるようなぬるいシャワーを浴びた誠はその足を食堂に向けた。
誠以外は関係者ばかりの食堂は、清潔感とは無縁の空間だった。
下町育ちで汚れに慣れている誠ですら『ここで食事を?』と清潔感のかけらも感じさせないほどためらう空間だった。
東和陸軍の自分達が期待されていないことを理解している隊員達が内輪話に話を咲かせて誠など気に掛けない様子が繰り広げられる中、誠はこれもいかにも冷凍食品を温めただけと言うような卵料理と、冷めた温野菜に不味い白米の乗ったトレーの食事を平らげた。清潔感ゼロの食堂。卵も白米も、味以前に温度が絶望的だった。
男子隊員の為の施設とはいえ、そこの食堂にはランの姿は無かった。
たった3か月の付き合いで知ったことは、ランは意外とその道では知られた程度の食通で、話をしてみると東和共和国の首都である東都の色々な名店を知っていることが分かった。そんなランがここの明らかに栄養を取らせるためだけにあるような不味い食事を嫌って別のところで食事をすることは考えられることなので、ランが不在なことは誠も気にもしなかった。そして疲れた雰囲気の試験機担当の技師達を横目で見ながら携帯通信端末をいじってみた。
小隊長のカウラからも野球の監督のかなめからの連絡も無いのを確認すると、急いでこれも大量仕入れで原価を下げているのが明らかにわかるプリンを食べ終えて昨日のランの指示通り射爆場のシュツルム・パンツァー用のハンガーへと向かった。
一両の見慣れた『特殊な部隊』に一台しか配備されていない05式専用の運搬トレーラーの周りに人だかりができているのを不審に思いながら誠はゆっくりとその人だかりに近づいていった。
「これぞ駄作機ってやつだな」
「機動力ゼロ。今の戦場じゃ、動けない奴は死ぬだけだ」
「そりゃ07式に次期主力シュツルム・パンツァー採用コンペで負けるわけだ。豊川工場もそろそろ閉鎖らしいぜ。納得だな」
人だかりを構成する作業着姿でつぶやく陸軍の技官連中を見ながら、誠はトレーラーの隣のトラックの荷台から降りてきた西と誠たち『法術師』のケアをしている看護師の神前ひよこ軍曹、そして見慣れた整備班の連中を見つけた。
「神前さん!おはようございます!」
昨日も誠に気遣ってくれた西が声をかけると、野次馬達も一斉に誠の顔を見て口をつぐんだ。ちらちらと誠達を見つめてニヤニヤと笑う陸軍の将兵が目に入った。その中には誠が東和宇宙軍から落ちこぼれて東和陸軍に飛ばされたパイロット候補生時代に同期だった顔も数人見えた。エリートパイロットから見下された彼等がそのストレス発散の為に誠を『吐しゃ物を履くパイロット落第生』と呼んで近づくことさえしてくれなかったことを思い出し、誠は少し嫌な気分になった。
『たとえ『駄作機』と言われようと、こいつと俺は戦ってきた。……あの『近藤事件』も、共に乗り越えた。僕にとっては、最高の『相棒』なんだ』
誠は野次る観衆たちにそう言い返したい衝動にかられながら自分を見つめる西の方に向って歩いた。
「急ぎで申し訳ないんですが、とりあえずパイロットスーツに着替えてくださいね。クバルカ中佐から早めに準備するように指示されてるので。今回は絶対に成功させてくださいね!中佐がめっちゃ気合入れてたので!絶対成功してくださいね!」
そう言うとひよこはばつが悪そうに手にしていた袋を誠に手渡した。中には長身の誠がいつも着ているパイロットスーツが入っていた。
「分かったよ。ひよこちゃん。早めに準備する。それに絶対成功するよ……保証は出来ないけど」
誠はそう言ってひよこからパイロットスーツを受け取るとそのままトラックの中の仮眠スペースに入って着替えを始めた。そんな彼等の周りを付かず離れず技官達が取り囲んでいるような気配はトラックの荷台の中でも良く分かった。
彼等は相変わらず『駄作機』05式の悪口とそのパイロット『もんじゃ焼き製造マシン』の誠の悪口を言っているらしく、時々起きる爆笑が気の弱い誠にも癇に障るものを感じた。
「みなさん!これは見世物じゃないんですから!向こう行っててください!はっきり言って邪魔ですよ!アンタ等はうちの悪口しか言うことが出来ないんですね!そんなことを言ってる暇が有るんならベルルカンに行ってクーデターの1つも阻止してください!うちはあの甲武国のクーデターを阻止したんですよ!実績のない無駄飯食いは下がった下がった!」
外では西が叫んでいた。野次馬達も今回誠が実験に使用する秘密兵器である法術兵器に関心はあるようだが、西の剣幕に押されてぶつぶつ言いながら陸軍の野次馬達は退散しているようだった。
着替えながら誠は愛機05式乙型について考えていた。
「量産されない機体に、落第生の僕。ほんと、お似合いだな」
野次る東和陸軍の兵隊たちの意見は全て事実だった。05式には決定的に機動力が足りなかった。それが戦場で役に立つのか。乗っている誠自身が不安に思っている。
「でも……いつか見てろ。こいつを『駄作』なんて言わせない。僕も、『落第生』なんて言わせない。その時はきっとくる……きっと……」
誠はそんな言葉を吐いて自嘲気味に笑うと作業着を脱いで、急いでパイロットスーツに着替え始めた。
「……でも、本当に大丈夫かな。今回の新兵器、想像以上に精神負荷が大きいって言われてるし。確かにあの兵器の開発目的は『武装警察』であって戦争をすることが目的でないうちにぴったりな『人道的』兵器なんですけど……誠さん、優しいから……ためらうかも……あの人優しすぎますから……その効果範囲の広さとか、そのもたらす効果とか……それを誠さん知ったら躊躇しちゃうかも」
荷台の外からのひよこのつぶやきが誠の耳に届いた。『人道的』な兵器と言うものは誠には想像もつかなかった。そして効果範囲の広さと言うことは、これから実験で誠が使用する兵器が誠の使う『光の剣』とは全く性格が異なる、広範囲にダメージを与える射撃兵器であることを意味していると誠は感じた。
「駄目ですよひよこさん。中で神前さん着替えているんですから。それにあの兵器の詳細については司法局でもトップシークレットですから。相手に存在を知られた時点で意味がなくなる兵器なんだってクバルカ中佐も言ってたじゃないですか」
ひよこの隣に居るらしい西の言葉がパイロットスーツに袖を通す誠の耳にも届いてくる。
「でも……私不安なんです。あの兵器の法術師に与える負荷は『光の剣』の比じゃないんですよ。しかも、発動には安定した法術師の精神力が要求されるので……優しい誠さんに耐えられるかどうか」
ようやく着替えが終わって出て行くタイミングを見計らっている誠だったが、ひよこのそんな言葉に出るに出られない状況になっていた。
「神前さんを信頼しましょう。それより……神前さんも一応六機撃墜のエースなんだから……パーソナルカラー位やってもいいのになあ……。神前さんはいつまでこの東和陸軍標準色のオリーブドラブの機体に乗るつもりなんだろう?せめていつも西園寺さんが言うようにノーズアートを入れるとか撃墜マークを入れるとかすればかっこいいのに。あの人は謙虚なのは良いけど、僕から見てももう少し自信を持って行動した方が良いですよ。あの人にはそれだけの力と実績があります」
西はそう言うが、誠は人を殺したことを自慢する気にはなれなかった。だから機体は標準色でノーズアートも撃墜マークもつけないことは誠なりのこだわりだった。
「誠さんは優しいから……そういうことはしないんですよ、きっと……そこが誠さんのいいところなんですよ」
そんな誠の心を察してか、ひよこは優しい口調で西にそう言った。
「そんなもんですか?島田班長は『アイツには気合いが足りねえんだ!だから自分を褒めることが出来ねえ!俺達に新しいノーズアートを考えてくれって言って来るくらいにならなくちゃいつまでたっても半人前だ!』っていつも言ってますよ。優しさじゃ戦場では生き残れません!あの人に天狗になってくれとは言いませんけど、僕達整備班員が丹精込めて整備した機体を十分に使いこなしてる自信くらいは僕達にも見せてくれても罰は当たらないと思いますよ」
誠の暮らしている寮の寮長でもある整備班長の島田は、誠を指導の名目で鉄拳制裁を浴びせつつ、誠にいつも『もっと自信持てや……オメエは強ええんだから』と言っていた。誠も『光の剣』を使える以上敵にとっては脅威以外の何物でもないのだが、それでも自分をそれほど特別な存在だとは思えなかった。
「誠さんは本当に優しい人なんです。きっとそうですよ、きっと。それに私の『ヒーリング能力』でどんな怪我をしても私が誠さんを守ってみせます。優しさが命取りになるなんてことは有り得ません」
完全に出て行くタイミングを逸した誠は西とひよこの雑談を聞いていた。
『ノーズアートなんてハッタリをかますなんて僕らしくない。自慢なんかしない。だけど、こいつで命を守ってきた。それだけは、胸を張っていいはずだ』
誠は第二惑星系国家、『甲武国』で起きたクーデター未遂事件、通称『近藤事件』での初出撃六機撃墜のエースとして自分の愛機にオリジナルの塗装を施すことを許される立場となった。しかし今でも誠の機体は特にそれらしい塗装は施されていなかった。
理由は誠自身が気乗りしないことと、アメリアが『絵が得意な誠デザインの痛いキャラで』と言うのに対してカウラとかなめが猛反対しているからだった。誠の機体にはまだ東和陸軍標準色の塗装のままで、肩に部隊章である『大一大万大吉』が記されているだけだった。
「ごめんね!お待たせしました!」
誠は漸く意を決してひよこと西の間に飛び出していった。二人は明らかに遅れて登場した誠に少しばかり責めるような視線を向けてきた。
「どうだ?調子は」
誠がトラックのキャビンを出て飛び出したタイミングで、作業服に身を包んだランが歩み寄ってきた。どう見ても8歳女児にしか見えない上官に誠達は礼儀程度の敬礼をする。その姿に苦笑いを浮かべるとランは手にしていた書類に目を通した。
ランは書類を見ながら言った。
「神前、お前ならやれる。……だから、絶対に失敗するなよ。とりあえず神前は05式乙型の起動。西たちは立ち会え。ひよこはアタシと一緒にデータ収集だ。観測するために本部棟に行くぞ」
ランはそれだけ言うともと来た道を帰り始めた。
『了解しました!』
誠達は今度はそれらしく一斉に敬礼をする。ランがそれを返すのを見るとすぐに西はトレーラーの運転席に走った。誠もまた他の整備班員とともにトレーラーから降りて荷台に積まれた05式乙型に被せられたシートをめくる作業を始めた。




