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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘  作者: 橋本 直
第十四章 『特殊な部隊』のデート

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第33話 勘のいい女と謎の多い女

「アメリア、アタシたちが尾行してたの、いつ気づいてた?……もしかして最初からこの店まで誘導してたわけか?」


 かなめの問いに、誠は思わず目を見開いた。


『……あれ?言われてみれば』


 この4か月で、誠にもようやく理解できてきた。『特殊な部隊』とは、好奇心とお節介で動く連中なのだと。


 隣でカップを傾けるかなめ。無言でうなずくカウラ。愛想笑いを浮かべる隊員たちの様子を見て、誠は苦笑する。どうせアメリアにいつもと違うところがあると聞けば放っておくはずがない。しかも『誠が頼りない』と判断されれば、なおさら。


「パーラの車に発信機でも付けてたんでしょ?印藤沼公園を出たあたりから、『スカイラインGTR』の姿が後ろにチラチラと見えれば……あの車、目立つのよね……この国に一台しかないんだから」

挿絵(By みてみん)

 そう言ってアメリアは珍しそうに室内を見回すランに声をかけた。


「まーな。あの車は確かにこの国にも一台しかない。ただ、この店に誘導しようと思いついたのは西園寺がアホだからゲーセンでも入り口辺りをうろうろしているところを見つかったからなんだろ?」 


 ランはそう言ってかなめを指差した。


「まあ、そうですね。あの二人がいつ突っかかってくるかと楽しみにしてましたから。この店だったら雰囲気的にかなめちゃんが暴れる危険性は無さそうですし」 


 余裕の笑みと色気のある流し目をアメリアは送る。かなめもカウラもそんなアメリアにただ頭を掻きながら照れるしかなかった。


「話はまとまったかな?」 


 そう言うとにこやかに笑うマスターがランの前にコーヒーの入ったカップを置いた。


「コーヒーの香りは好きなんだよな、アタシも。ただ苦いのが駄目なんだ。同じ苦みでも日本茶は慣れてるから何とかなるが……」 


 そう言うとランはカップに鼻を近づける。


「良い香りだな。私でも分かる」 


 カウラはそう言って満面の笑みでかなめを見つめた。


「まあな。地球産は一部に放射能が基準値を超えてる粗悪品が混じってるからな。その点これは遼州産。安心だな」 


 そう言うとかなめはブラックのままコーヒーを飲み始めた。


「かなめちゃん。少しはそんな無粋な話しないで味と香りを楽しみなさいよ」 


 アメリアは静かに目の前に漂う湯気を軽くあおって香りを引き寄せる。隣のカウラはミルクを注ぎ、グラニュー糖を軽く一匙コーヒーに注いでカップをかき回していた。


 恐る恐るランは口にコーヒーを含む。次の瞬間その表情が柔らかくなった。


「うめー!」 

挿絵(By みてみん)

 その一言にマスターの表情が緩む。


「中佐殿は飲まず嫌いをしていたんですね」 


 そう言って面白そうにアメリアはランの顔を覗き込んだ。ランは自分が発した歓声がもたらした効果が自分の威厳を損ねた事実に気付いて顔を真っ赤にした。


「別にいいだろうが!旨いもんは旨い。それでいーだろーが!」 


 そう言いながら静かにコーヒーを飲むランにマスターは気がついたというように手元からケーキを取り出した。


「サービスですよ。うちの店を気に入ってくださったお礼です」 


 そう言ってマスターは笑う。この人柄に惹かれてここにアメリアは通ってるんだ。誠にはそのことが良く分かった。


「これはすいませんねー。い―んですか?」 


「ええ、また来てくださいね。こんなかわいいお客さんはいつでも大歓迎です」 


 そう言って笑うマスターにランは、受け取ったケーキに早速取り掛かった。


「なんだ、ケーキもあるじゃん」 


 そう言いながらかなめはケーキのメニューを見回し始めた。


「それにしてもアメリアさん。あの写真で見た『司法局実働部隊』の神前誠曹長を連れて来るとは……本当に軍人さんだったんですね。正直、これまで信じていませんでした。いつもアニメグッズを大量に抱えて入ってきて、話をしていても仕事の話もしないし。土日が休みと決まっている訳でもないし……正直、ニートなのかと思ってました」 


 マスターからすればいつもアニメグッズを小脇に抱えて来店する、変わった女性位に見えていたのだろう。誠にはそう思えていた。


「軍籍はあるけど、身分としては司法機関要員ね。一応遼州の警察を束ねる遼州司法局管轄下の司法局実働部隊の隊員ですから」 


 アメリアはこれまでこの店で誠の話はしてもそれ以外の自分の身分については話していないようだった。


「そーだな。一応、司法執行機関扱いだからな……つまり『警察官』?」 


 そう言いながらケーキと格闘するランはやはり見た通りの八歳前後の少女に見えた。


「チョコケーキ……にするかな」


 メニューの写真に集中していたかなめはそう言うとようやく結論が出たかのように静かにメニューをテーブルに置いた。


「そうか……私はマロンで」 


 かなめとカウラの注文にマスターは相好を崩す。


「結局、二人ともケーキも食べるんですね」  


 誠は苦笑いを浮かべながらアメリアを見つめた。コーヒーを飲みながら、動かした視線の中に誠を見つけたアメリアはにこりと笑った。その姿に思わず誠は目をそらして、言い訳をするように自分のカップの中のコーヒーを口に注ぎ込んだ。


「でも意外だよな、アメリアがこんな雰囲気のいい喫茶店に出入りしているなんてよ。雰囲気をぶち壊すことに関しては一番の壊し屋がこんないい店知ってるなんて……狡いぞ、本当に」 


 そう言いながらかなめは周りの調度品を眺める。甲武四大公家の筆頭、西園寺家の当主であるかなめから見てもこの店の調度品は趣味の良いものに感じられたらしかった。ただかなめはこれだけのこだわりのあるアンティークを並べた店は慣れているらしく、時々立ち上がってはそれぞれの品物の暖かく輝く表面を触っていた。


「なによ、それならかなめちゃんも実は行きつけのバーがあるって……」


 コーヒーを飲み干したアメリアがにやけながらつぶやく。 


「おい、アメリア。それ以上しゃべるんじゃねえぞ!オメエと違ってアタシは謎が多い女で売ってるんだ。ペラペラ人の秘密を話すんじゃねえ!」 

挿絵(By みてみん)

 かなめはそう言うとアメリアを威圧するようににらみつけた。


「そんなお店があるなら誠ちゃんを連れて行ってあげればいいのに……合宿の時はホテルの地下のバーで一緒に飲んだんでしょ?全く意地悪ね」


 アメリアには先月の野球部の夏合宿の際、食事会の後に誠はかなめに連れられて地下の高級そうなバーに連れていかれたことはバレていた。


「馬鹿、コイツを連れて行かねえのは飲み方知らねえからだよ!あん時もこいつは酔いつぶれて島田の野郎にどやされてやがった。今度同じことをしたら寮から叩き出されかねないからな。なあ神前!」 


 アメリアに向けてそう言うかなめの言葉に誠はただうなずくしかなかった。誠は自分でも酒を飲めば意識が飛ぶと言う習性を思い出して苦笑いをする。


「どっちのバーにも日本酒がねーんだろ?じゃあアタシは勘弁だな」 


 ランはケーキを楽しみながらあくまで日本酒にこだわることを主張した。


「いやいや……たぶんそれ以前に姐御は見た目で入れてもらえねえから……。それに姐御みたいに普段はほとんど着流しで暮らしてる人には雰囲気ぶち壊しになるんで来ないでください」 


 苦笑いを浮かべるランに向かってそう言うとかなめはコーヒーを口にする。マスターがカウラ達に切り分けたケーキを運んで来た。


「そう言えば明日か?『殿上会』は」 


 かなめの言葉で全員が現実に引き戻された。


 遼州星系の最大の軍事力を誇る甲武国の最高意思決定機関である『殿上会』。庶民院と枢密院を通過した法案のうちの重要案件の許諾を行うその機関の動きは、誠達司法局実働部隊の隊員にとっては大きな意味を持つことだった。


 今回の『殿上会』の議題にも遼州同盟機構への協力の強化、特に西モスレムに用意される軍事組織への協力の是非がかけられることになっていた。


「しつこいようだけど、本当にいいの? かなめちゃん、四大公家筆頭の西園寺家の当主でしょう?官位も『検非違使別当』って、立派な役職じゃない。官位が低いって言うけどちょっと調べればそんなの嘘だなんて私でも分かるわよ。ただ個人的に行きたくないだけなんじゃないの?そんな個人的な感情でサボっていい会なの?『殿上会』って」


 アメリアが意地悪く流し目を送る。かなめは少しうろたえたように肩をすくめた。


「だから言ってんだろ。形式上は当主でも、正式な家督相続はしてねえんだよ。親父が中途半端に位を投げ出したせいでな。しかも、あそこに出るとなると衣冠束帯とか十二単とか……。柄じゃねえよ、そんなの」

 

 そう言い切るかなめだが、アメリアはさらに相好を崩してかなめを見つめる。


「そう言えば今回は嵯峨隊長の隠居が議題になってるわね。かえでさんが嵯峨家の養子になって家督を継ぐことになるんだけど……」 


 かなめは妹の『日野かえで』の名前が出たところでびくりと体を動かした。

挿絵(By みてみん)

「頼むわ。奴の名前を出すな。せっかくの旨いコーヒーが不味くなる」 


 そう言ってかなめはうつむく。マスターは不思議そうな顔をしているが、全員はかなめの気持ちがわからないわけではなかった。


 時々まったく空気を読まずにかなめ宛の大荷物を司法局に送りつけてくるかなめに心奪われた妹の存在は実働部隊では知られたものだった。生まれついてのサディスト西園寺かなめに尽くすことに喜びを感じていると言うアメリアの発言でその人物像が極めて怪しい人物であると誠は思っていた。


 さらに『マリア・テレジア計画』とやらで人妻24人を寝取って自分のクローンを孕ませた色仕掛けの天才ともなると、かなめとしても扱いが難しいのだろう。


 とりあえずかえでの名前を聞いてからこめかみをひくつかせているかなめに遠慮して全員が言葉を飲み込んだことは正解だった。


 そんな中、一人この状況を知らない人物がいた。


「おい、西園寺。日野は今月中には司法局に配属になるんだぞ。近々オメー等とも正式な顔合わせをすることになる」 


 ぼそりとランがつぶやいた。誠は周りを見回すと彼と同じく係わり合いになることを避けたいと言う表情のカウラの姿がそこにあった。


 思わずかなめは立ち上がっていた。


「落ち着けよ、西園寺」 


 カウラの一言でそのままかなめは椅子に座った。誠はランの耳に口を寄せる。


「頼みますよ中佐。こんなところで西園寺さんが暴れたら大変でしょ?」


 誠がそう言うとかなめの表情を見てすぐに合点が行ったというようにランは静かにコーヒーをすする。


「別に気にするなよ。アレは頭のネジが色恋方面にぶっ飛んでるだけだから。仕事の方はちゃんとできる……法術の方も神前よりは頼りになる……安心しろ」 


 言葉とは裏腹にかなめの低い声に殺意がこもっている。誠は思わず乾いた笑いを浮かべた。


「まあいいじゃないですか!コーヒーおいしいなあ!アメリアさん本当にありがとうございます!」 


 うつろな誠の世辞が店内に響いた。空気を察してかなめのテーブルに同席しているカウラは意味も無くカチカチとテーブルを突いた。


「ああ、そう言えば皆さんの会計は……私は払わないわよ」 


 思い出したようにコーヒーを飲み終えたアメリアの言葉は福音にも聞こえた。


「なんだよ、ケチだなあ。この中で子供のランの姐御の次に稼いでいるのはオメエだろ?せっかくオメエの自慢の店に来てやったんだ。金くらい出すのが当然だろうが?」


「西園寺。アタシを子供扱いするな。アタシは34歳だ。立派な大人だ」


 かなめの意識がアメリアの誘導したとおり別の話題にすりかえられた。そしてそのあおりを食らって子供扱いされたランが怒りを鎮めるためにうつむいて押し黙っているのも誠には不気味に見えた。


「まあ、しかたないんじゃないか?私達はただ尾行していただけだしな私も自分の分は払うつもりだ」 


 静かにカウラがうなずく。かなめは同調してくれることを願うようにランに目を向ける。


「なんならアタシが払ってやっても良かったのによー。ただ、西園寺の分は払わねー。人を子供扱いした罰だ」 


 子供扱いされたことを根に持っているランはそう言ってカウラを見ながら財布を取り出した。


「ちっちゃい隊長!アタシが悪かったから!ちゃんとこれからは大人として扱うから」


 殿上貴族で多くの荘園を持ち、タバコも一本千円の葉巻を吸っている割にこういうところでかなめは細かかった。 


「バーカ。全員のなら上官と言うことで払ってもやったが、西園寺だけの勘定をアタシが払う理由はねーだろ?それに人の気にしていることを平気で口にする馬鹿な部下を奢るほどアタシは心が広くねーんだ」

 

 そんな言葉にうなだれながらかなめはポケットからカードを取り出す。


「じゃあお勘定お願いします」 

挿絵(By みてみん)

 そう言うアメリアはすでにジーンズからカードを取り出して席をたっていた。


「今度は僕に払わせてくださいよ。大学の先輩がこういう時は男が金を出すもんだって言ってました」 


 誠の言葉にアメリアは首を横に振る。気になって振り向いた誠の前には鋭く突き刺さるかなめとカウラの視線があった。


「ちゃんとアタシ等が出るまで待ってろよな!」 


 そう言ってランはコーヒーのカップを傾ける。誠は彼女達を置いて一足先に店を出た。


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