第29話 年休取れって言われたのでデートします
いつも通りに出勤してきた誠が居た。その背後では、アメリアが昨日観たアニメの爆笑シーンを、身振り手振りで元気に再現していた。
すると、廊下の角から機動部隊長・クバルカ・ラン中佐の鋭い声が響いた。
「アメリア!それと神前!オメー等、有給の計画的取得、全然できてないよな?特に アメリア、お前は公務員歴長いんだから、そろそろ上司に気ー遣わせるな。神前、オメーもだ。皆勤は学校じゃ褒められても、社会じゃ評価されねぇぞ。働くときは働く、休むときはしっかり休め。わかったな?」
数日後の朝、いつものように出勤してすぐのことだった。本部管理部のガラス窓の前でたたずんでいたランに誠とアメリアを呼び止められてそう言われた。
「そうなんですか?僕自身はここに来てから結構休んでる気がするんですけど……確かにパイロット養成課程では一日も有給使ってなかったのは事実ですが……あれじゃあ有給の強制消化の日数に足りないんですか?そんなはずは無いと思うんですけど」
誠は自分では遊んでばかりいた記憶しかないのでいつものように同じく出勤してきたカウラとかなめに目をやった。
「私は年単位で予定を入れているからな。すべては計画通りに行うのが私の主義だ」
それならパチンコ依存症を自分でどうにかしろと思う誠だが、真面目そうなカウラの顔を見るとそんなことは言えなかった。
「私は……この身体だからな。月イチの一日メンテ、三ヶ月ごとの三日メンテ。それでギリギリ……」
かなめは頭を掻きながら人工皮膚の目立つ右腕をまくった。
「それ、医療という名の休日の温泉旅行じゃねーのか……?」
義体検査など要するに寝ているだけと認識しているランは鋭い口調でそうツッコんだ。
「うるさいわ!義体も心も冷えやすいんだよ!アタシのは!」
カウラとかなめはそう言ってアメリアを見た。一番有給を消化していそうな趣味人のアメリアが有給を残している事実にカウラもかなめも驚いているように見えた。
「なによ……私が有給残してたらそんなに意外?ここが楽しいのよ、だから毎日来てるだけ」
その言葉に、誠は内心驚かざるを得なかった。確かに彼女は出勤しているように見えるが……それが『仕事』かどうかはまた別の話だった。誠の脳裏には、海で泳ぎ、イベントに行き、怪我して寝てたあの日々が蘇る。
「そんなことはないですけど……夏に海行ったじゃないですか、それにこの前の同人即売会でも結構休んでましたよね?」
誠はとりあえずそう言ってみた、ランはその言葉に大きくため息をつく。
「こいつが都内に行くときは大体何かの研修受けてたんだろ?夏の海の時は出なくてもいい時に出勤してきたときの代休だし」
ランの言葉に誠は都内の小劇場を借りて運航部の女芸人達が行ったゲリラライブの際にすぐにいなくなったアメリアを思い出した。確かにアメリアには仕事をしているイメージは無いが、職場には来ていることだけは間違いなかった。
「あの時、アメリアさんが途中で抜け出したのは……買い物じゃなくて研修受けてたんですか……一応、それも仕事になりますかね?」
実際、アメリアが都内に研修に行く帰りには大荷物を抱えて寮に帰るのが通例だった。
「要はまあやりくり上手って奴よ。いいでしょ?一日の有給も無駄にしない自由人。それが私って訳」
アメリアは得意げにそう言って胸を張った。
「やりくり上手ねえ……大体その研修も半日で終わるんだろ?役所の研修は半日出勤でも移動時間を含めて一日出たことにするからな……それを使ってる訳だ。一般企業なら半休扱いになるところだぞ、ブラック企業だとそれも無い。やっぱオメエは役人に向いてるわ」
開き直るアメリアにかなめは呆れたようにつぶやいた。
「そうよ、制度の盲点を利用する。公務員なら覚えておいた方が良い知識よ。かなめちゃんもそれを利用すればいいのに。サイボーグの義体メンテには確か特別休暇の制度が……」
アメリアの提案にかなめが食いついた。
「東和にはそんな制度が有んのか?サイボーグ自体がほとんど居ねえ甲武じゃ考えらんねえよ!今度からはそれを使おう!」
アメリアのろくでもない入れ知恵を素直に受け取るところがいかにも利己主義者のかなめらしかった。
「西園寺。それ以前に休みは年単位で計画的に取るようにしてくれ。いきなり『明日は身体のメンテだから』と言って前触れもなくいきなり休まれると私としても困る。訓練の予定が立てられない」
一方、カウラはと言えば相変わらず自分の据え付けの端末でスロットをしながらそうつぶやいていた。誠はカウラが真面目なのか不真面目なのか入隊以来今でも判断できずにいた。
とりあえずアメリアの入れ知恵でかなめが静かになると、機動部隊の詰め所は沈黙に包まれた。
「ねぇ誠ちゃん、いつも一緒にいるのに、一度もちゃんとしたデートってしたことないよね?……たまには、そういう特別な日があってもいいんじゃない?」
アメリアはちょっとだけ視線を逸らしながら言った。からかいじゃない、ほんの少しだけ本気の色が混じっているのを、誠は察した。 そう言うとアメリアは誠の肩を掴んだ。
「へ?デート?アメリアさん……なんでそうなるんですか?教えてくださいよ」
突然のアメリアの言葉が部屋に響いた。誠も周りの聴衆もその突拍子もない言葉に唖然とさせられる。アメリアは完全に乗り気で、誠を立たせるとそのまま廊下へと彼を導いた。
「だって、誠ちゃんは彼女いない歴=年齢の可哀そうな男子じゃないの。もし誠ちゃんが『モテない宇宙人』である遼州人でなければその顔とキャリアでそんなこと考えられないわよ。私は地球人の遺伝子から作られた『ラスト・バタリオン』だもの。そんな遼州人のお互いモテないことを前提に生きているそんじょそこらの女とは違うわけ。じゃあパーラに車は借りましょうよ。あの娘の車、燃費は悪いけど室内は広いからデートに最適よ」
誠の手を取りアメリアは一階の運行部詰所に向かった。突然のことにカウラもかなめも、そしてランもその場に置いて行かれてしまった。
「いいんですか?この前の実験資料の修正の仕事、まだ終わってないんですけど……他にも県警から頼まれてる雑事が色々溜まってまして……どうしても県警の仕事は手間ばっかかかって意味が良く分からないから手を付ける気にならなくて……」
医務室の前の階段を一階の運行部部室に向かっておりながら誠がつぶやいた。誠も実験のたびに資料をランに提出するが、必ず赤ペンで多数の直しが入るのでそれを訂正するのが一苦労になっていた。
「いいのよ。休めっていうんだからしっかり休んでやりましょうよ。それにこれは二人っきりの初めてのデート。もっと雰囲気出さなきゃ!私もデートなんてお見合いの断られるのが決まってるちっちゃい叔父さん相手ばかりでたまには若い男の子ともデートをしたいの!」
アメリアはそう言いながら階段をおりきって運行部のドアを開けた。
「みんな!仕事してる!」
ご機嫌のアメリアはそう言うとそれがいつものことらしく運行部の女子隊員達は挨拶もせず始業前の雑談に花を咲かせていた。
「アメリア。なんでまだ私服なの?始業まであと十分よ。早く着替えてきなさいよ。もうまったく出てくるときはいつもギリギリで……クバルカ中佐に後で何を言われても知らないわよ」
腐れ縁だけあって、いつものように水色の髪をたなびかせるパーラがアメリアにそう言った。
「いいのよ。そのクバルカ中佐がお前は有給が溜まってるから今日は休めって言われちゃって。それでーね。パーラにお願いがあるの。パーラにしかできないお願い。ちょっと聞いてくれるかしら?」
アメリアはそのままパーラの肩に手を置く。アメリアがこんな態度で接してくることなどろくでもないことに決まっているのでパーラは身をこわばらせて目を逸らし黙り込んだ。
「パーラおねがいよ。ちゃんと聞いて。この埋め合わせは必ずするから……ね!」
猫なで声でアメリアはパーラにまとわりつく。ここまでしつこく本題を切り出さずにお願いしてくると言うことはとてつもなく面倒な願いに違いない。パーラの表情は明らかに嫌なものを見るようなものに変わった。
「なによ。お金なら貸さないわよ。今度は何を買おうって言うの?」
明らかに何かろくでもない頼みごとをされると思っている顔をしているパーラがつっけんどんにそう答えた。
「違うわよ。誠ちゃんとデートするから車貸して。絶対、傷つけたりしないから、運転はド下手な誠ちゃんじゃなくて私がするから。ね?大したことじゃないでしょ?簡単なことでしょ?ちゃんと終業時間までには帰ってくるからパーラが帰りの足に困るようなこともしないから」
アメリアから頼まれることとしてはあまりにも害のない話だったので拍子抜けしたような顔をするとパーラ机の引き出しからカギを取り出した。
「なんだ、そんなことなの。また『今度作った同人エロゲのデバックお願い三日以内に』とか言い出すのかと思ってたわ。まあいいわよ、ぶつけないでね。それと昨日給油したばかりだから、返すときは満タン返しでお願い。ああ、あれだけもったい付けるからもっと面倒なことかと思ったわ。人をおもちゃにするのはいい加減止めてよね」
ここは経済観念のちゃっかりしているパーラらしく燃費の悪い四輪駆動車のガソリン代まで自分持ちになるのを見事に避けて見せた。
「任せておきなさい!じゃあ、もうここに用は無いわ。誠ちゃん行きましょう」
嬉しそうにアメリアはそう言うと誠の手を引いて運行部の部屋を後にした。
「やっぱり僕が運転しましょうか?運転している時の方が車酔いとかしないもので」
誠にとっても人生初デートで吐瀉はいただけなかった。
「何言ってんのよ!ここはお姉さんに任せておきなさい!……まあ、誠ちゃんの運転は信用できないから。万が一事故でも起こしたらパーラに怒られるのは私なのよ。ちゃんとそこまで考えてから気を回しなさいな」
得意満面にそう言うとアメリアはそのまま誠を引っ張って正面玄関へと向かった。
「僕だって多少は運転がうまくなったんですよ!ここは僕が……」
一応はパイロットの自覚も出てきた誠はそう言ってアメリアに応じた。
「多少じゃ困るわよ。パーラってああ見えて結構細かいのよ……傷でもつけた日には何を言われるか……いいから任せておきなさい、お姉さんに!見合いデート100回越えの実力をちゃんと見せてあげるわよ!」
そう言って笑顔を浮かべながらアメリアは廊下を颯爽と歩き始めた。
『……まあ、デートの練習だと思えばいいか。モテない遼州人の俺にとって、こういうイベントは滅多に無いことだし……そう言えばアメリアさんは婚活してるって言ってたよな……100回断られた?相手にどんな要求をしたんだ?まあこの人の事だからとんでもない格好で出かけて相手にドン引きされたり、いきなりエロゲの話題を振って呆れられたりとか相手が断ってくる条件は山ほどあるのは事実だけど……』
誠はアメリアが美人なのにひたすらお見合いに失敗し続けている事実を知ってその原因を不思議に思っていた。




