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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘  作者: 橋本 直
第九章 『特殊な部隊』の飲み会明け

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第22話 二日酔いと最新兵器

「お待たせしました」


 寮の入り口脇、喫煙所でタバコをくゆらせていたのはかなめだった。

挿絵(By みてみん)

 駆け寄った誠は、周囲を見回して首をかしげる。


「……あの、アメリアさんとカウラさんは?」


 とりあえず駐車場の『スカイラインGTR』のわきに見えるのはかなめだけだった。誠は不思議に思ってかなめにそう尋ねた。


「気になるの?」 


 そう言って突然誠の後ろからアメリアが声をかけてくる。振り返るといつもと変わらぬ濃い紫色のスーツを着込んだアメリアと皮ジャンを着ているカウラがいた。


「それじゃあ行くぞ」 


 かなめの鶴の一言で誠達は寮を出る。空は青く晴れ渡る晩秋の東都。都心と比べて豊川の空は澄み渡っていた。


「こう言う空を見ると柿が食べたくなるな」 


 そう言いながらかなめは路地にでて周りを見渡した。カウラはそんなかなめの言葉を無視して歩いていく。緊張が走る中、ドアの鍵が開かれるといつも通りかなめは真っ先に助手席を持ち上げて後部座席に乗り込む。そんなかなめと渋々その隣に乗り込む誠を見た後、アメリアはそのまま助手席に乗り込んだ。


 『スカイラインGTR』のエンジンがうなりをあげた。ただ、その800馬力を誇るエンジンもこの40キロ制限の一般道ではただ燃費が悪いだけの無用の長物に過ぎなかった。


「確かに遼州は燃料が安いけどもう少し環境に配慮したエネルギー政策を取ってもらいたいわね。まあ、そこが遼州人らしいところと言うかなんと言うか……」 

挿絵(By みてみん)

 アメリアは手鏡で自分の前髪を見つめながらそうつぶやいた。動き出したカウラの車はいつものように住宅街を抜けた。いつもの光景。そして住宅街が突然開けていつも通りの片側三車線の産業道路にたどり着いた。


 その間も誠は昨日の醜態を思い出して沈黙を守る。三人の女性の上官は察しているのか珍しく静かにしている。順調に走る車は渋滞につかまることも無く菱川重工業豊川工場の通用門をくぐった。


「生協でも寄っていくか?またおやつを買うんだろ?アメリア」 


 カウラが気を利かせてアメリアにそう言うが、アメリアは微笑んで首を振る。


「今日はいいわ。この前買ったのがみんなに意外に不評で余っちゃって……今日も同じの食べるの。いい加減飽きたところ」


 カウラはそのまま車を走らせて司法局実働部隊の通用門にたどり着いた。宿直の技術部の隊員がゲートを開けた。カウラはゲートが開くと同時に無駄にエンジンをふかして一気に隊の駐車場まで車を滑り込ませた。


 誠達の乗った車が隊の駐車場に到着すると、いつもはこの時間に無いはずのぼろぼろの自転車が駐車場の隣のバイクなどが並ぶ駐輪場の隣にまるで捨ててあるかのように置いてあった。


「おい、叔父貴、こんな朝早くに来てるじゃねえか。いつも来るとしたら遅刻ギリギリなのに。今朝の便で甲武入りする予定じゃなかったか?なにかあったのかね。今から自転車で豊川駅まで行ってそこから成畑空港まで……間に合うのか?」 


 駐車場に向かう通路から見える隊長室の窓から顔を出してタバコを吸っている嵯峨の姿が見えた。


「本当ね、忘れ物でもあったのかしら」 


 そう言いながら一発で後進停車を決めたカウラよりも先にアメリアは助手席から降りる。


「おはようございます!」 


 ハンガーに足を向けた誠達に声をかけてきたのは西だった。誠の05式の上腕部の関節をばらしていた他の隊員達も軽く会釈をしてくる。


「早いな、いつも」 


 カウラはそう言うとそのまま奥の階段に向かおうとするが、そこに着流し姿の嵯峨を見つけて敬礼した。


「なにしてるんですか?隊長」 


 カウラの声で振り返った嵯峨は柿を食べていた。


「いいだろ、二日酔いにはこれが一番なんだぜ。まあ俺は昨日は誰かのおかげでそれほど飲めなかったけど……」 


 そう言って嵯峨は階段の一段目を眺める。そこで下を向いて座り込んでいたのはランだった。


「あのー、クバルカ中佐。大丈夫ですか?」 


 そう言う誠を疲れ果ててクマのできた目でランが見上げる。


「気持ちわりー。なんだってあんなに……酒でこんなになったの生まれて初めてだぞ……ビールなんて飲みつけないもの飲むからだ」 


 そう言ってランは口を押さえる。


「これはダメだな……ほら、ラン。背中に乗れ」


 嵯峨がくるりと背を向ける。


 ランは不満げに眉をひそめながらも、仕方なさそうにその背中に体を預けた。


「俺は気楽な旅を楽しむつもりだよ。お前さん達はお仕事頑張ってねー」

挿絵(By みてみん)

 そう言ってランを背負って笑う嵯峨を、ランは軽く睨みつけた。その目には ……逃げられる奴はいいな、という無言の想いがあった。


「昨日の法術兵器の実験に関する報告書……今日の午後までだかんな。アタシは出かけてるけど出先で端末で確認するから。神前、忘れるなよ」


 日本酒の酔いには慣れているものの、飲みつけないビールを腹いっぱい飲んで二日酔いのランはその状態でも誠に仕事を与えることを忘れてはいなかった。


「今日の午後まで?何を書けばいいんですか?」


 誠は苦笑いを浮かべた。昨夜の泥酔のダメージがまだ残る頭で、報告書の締め切りに思わずため息が出る。虫の息のランに言われて誠は戸惑ったようにそう返した。


「いーんだよ、なんでも。ただし書式はちゃんといつも通りにしろよ……上の連中がうるせーんだ」


 二日酔いでもランはきっちり仕事の話に乗ってくる。誠はランを軽々と背負って歩く嵯峨について階段を登った。管理部の部屋でいつものように殺意を含んだ視線を投げかけてくる菰田を無視して誠はそのまま嵯峨と別れてとりあえずロッカールームへ向かった。


 着替えを終えると誠はつかつかと歩いて機動部隊の詰め所の扉を開けた。そこには誰もいなかった。確かにまだ九時前、いつものことと誠はそのまま椅子に座った。机には先日提出したシミュレータ訓練の報告書の綴りが置いてあった。開いてみると珍しく嵯峨が目を通したようで、いくつかの指摘事項が赤いペンで記されていた。


 そうこうしている間に部屋にはカウラが入ってきていた。そのまま彼女は誠の斜め右隣の自分の席に座る。


「休暇中の連絡事項なら昨日やればよかったのに」 


 そう言って誠は嵯峨から留守中の申し送り事項の説明を受けているだろうランの机に目をやる。だが、カウラは誠より実働部隊での生活に慣れていた。


「今日できることは明日やる。まあ、嵯峨隊長はそう言うところがあるからな」 


 そう言ってカウラは目の前の書類入れの中を点検し始めた。


「おはよー」


 かなめが勢いよくドアを開いた。


「おはようございます!」


 相変わらず愛銃XDM40のホルスターを脇に付けたかなめに冷や汗を流しながら誠はそう返した。かなめが機嫌がいい時はろくなことが起きない。誠はこれまでの経験上何か悪いことが起きる前触れのようだと思いながらかなめのタレ目を眺めていた。


「隊長は?きょう出発ですよね。空港まで間に合います?」


 こういう時は面倒なことを言ってかなめの機嫌を悪くしよう。誠はそう判断して余計なことを口走った。


「なんでアタシが叔父貴のことを知ってるんだ?アレも大人だ。遅れたら遅れたでなんとかするだろ。あれじゃね……忘れ物とか」


 誠に自分には関係ないことを尋ねられて少し拗ねながらかなめは席に着いた。誠は少しはこれでかなめの機嫌は悪くなるだろうと常識では考えられないこの部隊ならではの習慣に従うほどにはこの部隊には慣れてきていた。


「おー……西園寺も来てたか」


 先ほどよりは少しマシな程度に回復したランはそう言って機動部隊詰め所の自分の席に向かった。


「先に報告書あげないと……」 


 端末の前の席に座った誠は先ほどの誠の余計な一言で機嫌の悪くなったかなめが居るはずだと恐る恐るかなめを見上げるが、彼女はまるでその声が聞こえていないかのようにデータの再生のためにキーボードを叩く。かなめの機嫌は良くも悪くもなくなっていた。


「出たな、神前。こっち来い。良いもん見せてやる」 


 かなめに呼ばれて誠はかなめのところまで行くと、かなめの端末のモニターに映されたのは先日の実験の時のコックピットからの画像だった。目の前には巨大な法術火砲の砲身があり、その向こうには森や室内演習用の建物が見える。次第に左端の法力ゲージが上がっていく。

挿絵(By みてみん)

「いいわねえ、兵器の試射って。私も撃ってみたいわ。あっ、でも誠ちゃんが操作するってことは暴発率80%ね」


 いつものように糸目で画面を見つめながらアメリアが軽口を叩いた。


「おい、神前。どのくらいのチャージで発射可能なんだ?」 


 かなめはふざけて誠の頭のこぶをさする。誠は頭に走る激痛に刺激されたように彼女の手を払いのける。


「そうですね、だいたい230法術単位くらいでいけると言う話ですけど……」 


「違う違う。出力じゃなくてチャージにかかる時間だ」 


 そう言うと今度はカウラが誠の頭を小突く。


「痛いですよ!そうですね、だいたい10分ぐらいはかかりますね」 


 そう言いながら誠は背後に立つ二人を振り返った。そこには落胆したような表情のかなめとカウラがいた。


「そんなもん敵味方入り乱れる戦場じゃあ使い物にならないじゃねえか!だいたい非殺傷ってところが気にくわねえな。殺傷能力有りの干渉空間切削系の火器の方がコストや運用面で有利なんじゃないのか?」 


 そう言って再びかなめは誠の頭のこぶを叩く。


「確かにそうだな。だが我々は司法機関の職員だ。破壊兵器の開発は軍の領域。私達の扱うのは司法執行機関としての必要最低限の装備というのが建前だ。軍はいざ知らず、我々は警察官だ。人命優先。その原則を忘れるな」 


 横槍を入れたのはカウラだった。かなめがいつも正論しか言わない発言者であるカウラを睨みつけた。


「確かに、うちの本分が治安維持行為なのは先刻承知だぜ。無用な死者を出すことは職域を越えているのは確かなんだけどよう。でもアタシは元軍人だ。威力のある兵器こそ軍人にとっては価値のあるもんだ。その見方はどうにも抜けきらねえ」 


 渋々かなめはうなずく。それに合わせるかのように嵯峨が入ってきた。


「おう、お仕事かい!ご苦労だねえ」 


 そう言いながら山のように積み上げられた雑誌がある真ん中のテーブルに嵯峨は腰掛けた。


「叔父貴……手ぶらなのか?お土産くらい買っていかねえとお袋にどやされるぞ」 


 呆れたようにかなめは着流し姿の嵯峨を見る。


「ああ、荷物なら別便でもう送ったからな。それにどうせ『殿上会』に着ていく装束はあっちの屋敷の蔵から引っ張り出すつもりだし。身1つの気楽な旅を楽しむつもりだよ。それに今夏の殿上会が終われば晴れて四大公家末席の地位から降りるわけだ。内大臣と言う官位が残るが、こっちは……都合をつけてサボるつもりだ。内大臣なんて内閣の内政関係の大臣や官僚の任命書に判子押すだけのお仕事だからな。これで甲武の(くびき)からようやく解放される。気楽になっていい話だよ」 


 そう言いながらも嵯峨の視線は誠達が再生している動画に移った。


「ああ、これか。しかし、非破壊設定だろ?制御系はどうなってるのかね。俺は制御系の扱いが苦手でね……出力調整が出来ないんだ。だから今回は神前にお鉢が回ってきたって訳」 


 嵯峨の言葉で一同は画面を見つめた。画面右上に地図が表示され、誘導反応にしたがって効果範囲設定が設定されていく。


「おい、指定範囲と範囲内生命体の確認画面?こんなのも必要なのか?チャージだけじゃなく安全装置の解除までめんどくさくなってるんだな」 


 かなめは呆れる。カウラは腕組みしたまま動かない。


「とりあえず一射目はこれでやりましたよ」 


 そう言う誠の目の前で法術射撃兵器の周辺の空間がゆがみ始めた。


「俺がやるとこのまま空間崩壊が起きるなこれは……俺の力は空間を壊すのには向いてるけど制御するのはまるで駄目。まあアメリカさんのおかげでそうなっちゃったんだけどね」 


 そう言う嵯峨を無視して誠達は画面を凝視する。桃色の光が収束すると、砲身が金色に光りだした。法術単位を示すゲージは振り切れている。


「ここです」 


 誠の声と同時に視界は白く包まれた。しばらく続く白い画面が次第に輪郭を取り戻す。


『第一射発射。全標的に効果を確認』 


 オペレータ役のひよこの淡々とした声が響く。大きくため息をつく誠の吐息まで聞こえる。


『第二射発射準備開始。法術系バイパス解放』 


 誠の震えている声にかなめが思わず噴出す。


「笑わないでくださいよ……」


「悪い悪い。で、今度はちゃんと狙った通りに撃てたのか?」


 かなめが半ば疑いの目を向ける。


「もちろんです。一応は成功してますから……たぶん」


 そう言って胸を張る誠の頭のつむじをかなめが押さえつける。痛みに脂汗を流しながら誠は黙って画面を見つめた。


「ああ、いいもの見せてもらったよ。じゃあ、留守は頼むぞ」 


 動画が続いているというに嵯峨は思いついたように立ち上がった。


「……留守を頼むって言ったって、模擬戦のデータ収集と豊川警察の下請けの駐禁切符切る以外に何があるんだよ」 


 そう言ってかなめは再び今度は爪を立てて誠の頭のつむじを押さえつけた。


「西園寺さん!痛いですよ!マジで勘弁してくださいよ!」 


『 ……まったく、西園寺さんの暴力はどこまでがギャグでどこからが本気なのか、未だに見極めがつかないよ』


 誠はそう思いながら頭をさすった。涙目で誠は叫んでいた。そんなやり取りの間に二射目が終わり動画が途切れた。


「まあ……とりあえず報告書の添削でもしてやるか」

挿絵(By みてみん)

 カウラの言葉にようやく安心した誠はキーボードに手を伸ばし、画面を報告書の書式に切り替えた。


「こんな兵器……誰がどこで使うんだよ……ベルルカンのゲリラ対策?ゲリラだって機動兵器奪って使ってるじゃねえか。意味わかんねえよ」


 かなめはそう言い捨ててタバコを吸うために部屋を出て行った。


『……最新鋭兵器のデータを、昨日泥酔してたメンツが真顔で議論してる……やっぱこの職場、頭おかしい』


 誠は心の中で静かにツッコミを入れた。


「……だから僕に聞かないでくださいって……」


 ぼやきながら誠は端末のウィンドウを切り替え、報告書の入力を始めた。

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