第20話 分断と搾取と民族浄化
「でも、姐御。地球圏は所得税がねえんだぜ。法人税もねえ。株をいくら売り買いしても税金をとられねえ。アタシとしては地球圏の方が住みやすいね。アタシが甲武にいくら税金払ってると思ってんだ!まったく金持ちだからって馬鹿にしやがって!」
誠の酔った頭でもかなめの言っていることがいつも通り自分の事しか考えていない事だけは良く分かった。
「そのための国の財政を支えているのが間接税だ。地球圏では『努力した有能な人間がなんで無能で努力しない人間を支えなきゃいけないんだ?』という思想が当たり前になってる。アタシに会議の間ついてた通訳の奴も『日本語』なんて珍しいスキルを持ってるってことでアタシの数倍の金を貰ってて『努力の当然の報い』と称して直接税の無い地球を礼賛してた。間接税に税のすべてを依存する様にすれば金持ちも貧乏人も公平に社会を支える理想的社会が実現する。これが金持ちの作った政府の建前って奴だ」
ランは吐き捨てるようにそう言うと税制などにまるで疎い誠に視線を向けた。
「中佐。僕に国の税金について知識があると思ってます?確かに僕は税金で給料を貰ってる公務員ですけど……」
誠は蛇に睨まれた蛙のようににらみつけるランにそう言い返す事しか出来なかった。
「神前、あたしがいつも言ってる『社会常識講座』、聞いてなかったのか?地球の支配層の本音なんて、西園寺と変わらねえ。庶民がどうなろうが知ったこっちゃないってよ。別に庶民が死のうが飢えようが関係ねーんだ。金持ちは放射能とは無縁の環境で放射能の含まれない食事を食べ、仕事と言えば政治か企業の経営を代々続けている。一方、庶民は放射能まみれの空気の中で生き、放射能まみれの食い物を食い、与えられる仕事と言えばロボットが出来ないようなちまちました細かい軽作業ばかり。給料は一生上がらねー。子供達の夢はスポーツ選手になること。スポーツ選手になれば確かに放射能からは逃れられるが、それは現役選手の間だけだ」
ランはスポーツには全く興味が無いのでスポーツ選手をそう切って捨てた。
「スポーツ選手なんて要するに金持ちのご機嫌を取る太鼓持ちなんだ。使えなくなったらゴミ箱行きだ。まあ、そもそもほとんどのスポーツ選手は家代々が遺伝子操作されたスポーツ選手だから庶民がどう頑張ってもスポーツ選手になる事なんてできねーんだがな。落ちぶれて金持ちから見放された元スポーツ選手たちの多くはまた放射能まみれの庶民の街に戻る。庶民に一切希望なんかねー。あるとしたら……この遼州のようなより劣った知的生命体の住んでる惑星に移民してそこの住民を地球人お得意の『民族浄化』で皆殺しにすることくらいだ。『弱い者達は夕暮れ、さらに弱いものを叩く』。西園寺、オメエの好きな歌にそんな言葉があったな。地球はまさにそんな感じだ。弱いものを見つけ出しては叩き殺す。それが今の地球人だ」
ランは誠がこれまで見たことの無い殺気に満ちた眼光で周りを見回した。ランの口調は徐々に熱を帯びていたが、誠は完全に酔いの中にいて、『ディストピアって、SFの中だけの話じゃなかったのか……』とぼんやり考えていた。
「『民族浄化』ってなんです?」
酔っていた誠は黙りこむカウラとアメリアを差し置いてそう尋ねた。それに答えたのは嵯峨だった。
「ランには答えにくい話だから俺から言うわ。遼州発見以降、地球圏は遼州人以外の3つの地球外知的生命体と出会った。どれも文化レベルは地球で言う中世程度。まだ銃さえ開発できたかどうかというレベルだったらしい。そこで地球人は遼州で煮え湯を飲まされたことを思い出し、その地球外知的生命体を奴隷化することをはじめから諦めて行ったのが『民族浄化』だ」
嵯峨の口調は鋭く、悲しみに満ちていた。
「隊長、私も知っています。地球人達はその惑星の王朝をすべて滅ぼすと王族から順にガス室に送り込んだ。『この宇宙は地球人が神から与えられたはるかに続くフロンティア!そのフロンティアに地球人以外は不要!』ってのが地球圏の連中の宗教ですもの。だから今、地球圏が出会った地球外知的生命体で生き残っているのは遼州人だけ。他の異星人は全て地球人により皆殺しにされた」
アメリアは辛そうにそう語った。
「そんなこと……地球人は本当に人間なんですか?そんな残酷なこと……」
誠は酔いに支配されつつも地球人に対する怒りで打ち震えていた。そして自分も地球人に出会えば何をされるか分からないという恐怖に囚われた。
「なあに、地球に居座って贅沢三昧をしている支配階級にとってそうすることで庶民の不満が和らぐならそれもアリってことなんでしょ?それより連中にとって関心がある事は唯一の生き残った地球外知的生命体である遼州人に法術なんていう理解不能な能力があることが公になったことだ。まあ、地球圏のメディアは完全に支配階級の管理下にあるから法術の存在は地球の庶民は知らないだろうね。まあ、知っても『だったらあそことは関わらないでおこう』程度の他人事なんじゃない?」
嵯峨はそう言って苦笑いを浮かべつつ酒を飲んだ。
「他人事ねえ……まあ法術師の存在が明らかになったことで、遼州圏の国々が法術犯罪の取り締まりを始めたからな。遼州圏に点在している自国の基地が遼州人の法術師による人体発火の自爆テロで壊されなくなったから歓迎してるんじゃねえか?まあ、そのテロで死ぬような貧乏人出身の下士官どまりの兵隊はアタシが会った支配階級とは別世界の人間だということか。地球圏の分断もここに極まれりだな」
そう言いながらかなめは自分の目の前のレバーを誠の皿に移した。
「他人事でいてくれた方が私達としては都合がいいのは確かね。またこの遼州圏を侵略してきたときみたいに『地球圏至上主義』なんてまた持ち出されたら面倒だもの」
アメリアはトリ皮を手にしてそうつぶやいた。
「まー『地球圏至上主義』は今の米帝政権でははやらねーみたいだわな。保守系野党がどーだこーだ言ってるみてーだが……何しろ軍事的背景がねーと成り立たねー主義だかんな……遼州圏独立後地球圏から独立した元地球人の星系にはヤベーところが多いから関わってろくなことがねーことは第二次遼州戦争で身に染みてるはずだ。自分の殻に閉じこもって甘い蜜だけ吸えれば連中はそれで良―んだろ?」
気持ちよさげにそう言ってランは小夏が運んで来たさえずりの皿を受取っていた。
「神前……顔、真っ青だぞ」
カウラが心配そうに声をかけた頃には、誠の身体が左右に揺れていた。
「寝てな、バーカ」
ぶっきらぼうに言いながらも、かなめはそっと誠の頭を手で支えた。
「それより神前……大丈夫か?」
かなめがそう言いながらも、誠の頭がテーブルの端にぶつからないようそっと支える。
それを見たアメリアは、笑いながらそっと膝掛けを誠にかけた。
「あれだけ飲んだんだ……ってビールまで飲みやがって」
「飲ませたのはかなめちゃんじゃないの」
かなめが誠の身体を支えようとするのを見ながらアメリアは苦笑いを浮かべながら見つめている。
誠は空きっ腹に食らったラム酒のせいで完全に出来上がっていた。
「誠ちゃんは置いておいて……あ、誰か砂肝食べる人!」
アメリアは自分のテーブルの前に置かれた砂肝の皿を全員に見せる。パーラが手を挙げたのでアメリアは立ち上がってパーラのところにその皿を運んだ。
「それより……ランよ」
上座でホッピーを飲んでいた嵯峨がそれとなくランを見つめた。
「今日、神前が試射した兵器……ここだけの話、近く出番がありそうなんだわ」
嵯峨のやる気のない『駄目人間』らしい視線がランの鋭い視線と交差した。
「どこだ……ってベルルカンに決まってるか。あんな広域制圧兵器なんての甲武だの外惑星だのの近代兵器相手に通用するわけねーしな。しかも、あの兵器は特性上白兵戦を挑んでくるゲリラ相手には最適な兵器だ。となると、機動兵器を買う金のねーベルルカンで使うのが一番効率的って訳か」
ランはそう言ってグラスに手酌でビールを注いだ。
「詳しいことは言えねえ……でもまあ……本移籍になってからの最初の出動になりそうだわ……すまねえな」
そう言って嵯峨はいつの間にか運ばれていた鳥のささみの刺身を口に運んだ。
「仕事だかんな……仕方ねーだろ。それにベルルカンと言うことならば敵も最新鋭機が出て来るとは考えられねー。作戦としては一発あの大砲を撃っておしまい。簡単な任務なんだろ……と言いてーところだが、あそこは地下にレアメタルの鉱山がやたらとある。そこに利権を持つ国が最精鋭の部隊を送ってくることも考えられる」
ランの言葉にこの場にいる誠以外の表情は引き締まった。
「と、言うことだ。次回の出動はかなり時間との戦いになりそうだわ。それがネックなんだよな……05式はともかく機動性に欠けるから。これが07式みたいに速度命の機体だったら楽できたのに……俺も作戦を徹底的に練って練って練りまくらないといけないねえ……」
二人の会話を聞き入るアメリア達を知ってか知らずか、不敵な笑みを浮かべながら嵯峨はホッピーをグラスに注いだ。
「それより……神前は……大丈夫じゃ……無いよな」
嵯峨が目を向けた先にはゆらゆらと上体を揺らしている誠の姿があった。
「いつものことだろ?」
気にも留めないかなめの隣で誠はそのまま仰向けに倒れた。
「寝てろ……バーカ」
かなめの言葉を最後に聞いて誠はそのまま気を失っていった。




