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第11話 照れ屋たちの出迎え

「誠ちゃん、さっさと制服に着替えてきなさい。私たちは駐車場で待ってるから。……急がなくてもいいわよ。どうせ帰りは中央と首都高のダブル渋滞、時間通りに着くなんて無理な話だし」

挿絵(By みてみん)

 そう言ってアメリアは誠に背を向け、立ち去った。彼女の周囲には、ついさっきまで誠たちの陰口を叩き、実験の失敗を当然視していた東和陸軍の兵士たちが群がっていた。アメリアの姿はその中に消えて行った。 


「あのーもしかして迎えに来てくれたんですか?有難うございます……」 


 ようやく気がついたように誠は手に車のキーを持って一人残されたカウラにそう言った。頭を掻きながらカウラは天を見つめた。


 とりあえずかなめやアメリアを待たせると後でどんな仕打ちを受けるか分からないので、誠は着替えのためにそのまま駆け足でトレーラーの止めてあるハンガーへと急いだ。


「三人とも、優しいな……母さん、僕、この部隊に入ってよかったよ。たしかに、毎日がハラスメントすれすれだけど、あれってきっと、みんな素直じゃないだけなんだ。言葉じゃわからなくても、心ではちゃんと通じ合ってる。もしかしたら、ここが僕の天職なのかもしれない……母さんの選択、間違ってなかったよ」


 誠は一度は逃げ出したこともある『特殊な部隊』に愛着を感じている自分に驚くと同時に嵯峨の話ではそう仕向けた誠の母神前薫(しんぜんかおる)の事を思い出した。


『今日も実験がようやく終わったよ。母さん。すべては母さんの言う通り僕の選択は間違いなかったんだ』

 

 試験も、爆発もしなかった。誠は、ここでまだ生きている。この隊に入ることを一番喜んでいた母を思い出し、誠はそんなことを考えていた。


 嵯峨の罠に()められてこの部隊に入ることが決まって、実家を出てからもう三月が過ぎようとしていた。親不孝なことに誠は母親に電話もしていなかった。


 誠の母、薫は厳しい人だった。『神前(しんぜん)一刀流(いっとうりゅう)』と言う名の剣道場の師範として子供達に剣を教える時はいつも微笑んでいても、誠を相手にするときの剣裁きは子供に向うそれとはまるで違う鋭さを持っていた。

挿絵(By みてみん)

 ただ、誠は小学校三年生の時に後に『光の(つるぎ)』を使えるようになったように、竹刀で物が切れるような法術を自然に発動するようになったので、誠は剣道をやめて野球を始めた。それを勧めてくれたのも母だった。


 思えば、嵯峨の罠も母はすべてお見通しだったのかもしれない。その結果として今はすっかりこの『特殊な部隊』の一員として楽しい毎日を過ごしている誠だった。


「それにしても母さんとも久しく会ってないな……元気かな……お盆は県警の警備に駆り出されて帰れなかったけど、まあ正月には帰れるだろうな……その時は母さんにお礼を言おう……なんか照れるな……今では、僕にとってこの部隊が家みたいなもんだ。そう思えるようになったのは、たぶん母さんの『あの目』が、ずっと僕を見ていたからだ。父さんはどうせ正月は剣道部の合宿でいないだろうからその時がチャンスだ。ちゃんとお礼を言おう……」


 誠は母の年の割に若く見える笑顔を思い出しそんなことを考えていた。そして年の割に若く見えるということで誠が思い出した人物はあの『駄目人間』隊長の嵯峨だった。一応、この部隊に誠が入るように仕組んだのは他でもない嵯峨である。


「隊長には……ああ、あれは『駄目人間』だから礼を言うだけ無駄だな。あの人は更生の余地ゼロのどうしようもない人間だから。あの人には何を言っても馬鹿にされるだけ。あんなに人を利用してばかりいるとそのうち痛い目に遭うんじゃないのか?まあ、クバルカ中佐が言うにはすでにそう言う目に遭ったからあんなひねくれた『駄目人間』になったらしいけど」


 誠はこの部隊に配属されたあの日以来顔を見ていない母の事を思いながら、パイロットスーツのチャックに手を伸ばした。


「お待たせしました!」


 着替えを済ませると、アメリアが助手席前で立っているのを見つけて誠は駐車場では目立つ銀色の車であるカウラの『スカイラインGTR』まで駆けて行った。


「いえいえ、どうぞ。お待ちしていましたよ王子様」


 アメリアは冗談めかして助手席のシートを下げて後部座席に誠を案内した。後部座席の奥には不機嫌そうにかなめが座っていた。


「狭すぎ!カウラ、もうちょっと他人に優しい車に乗り換えろよ!」

挿絵(By みてみん)

 かなめはいつも通り狭い後部座席に文句をつけた。


「だったら乗らなければいい!私はこの車が好きで乗っている!オーナーは私だ!それと乗り心地云々を言うならアメリアの車がの方が良いはずだ。あれはこの車と違って最新型だ。サスペンションもいじって無いから振動も少ない。アメリア、次は貴様の車を出せ」


 カウラの愛車である『スカイラインGTR』の後部座席で文句を言うかなめをカウラがにらみつけた。助手席ではカウラの言葉を聞いて頭を掻くアメリアの姿があった。


「ああ、あの車ね。あれはバッテリーが死んじゃったみたいなのよ。島田君に頼んで修理してもらうのも手だけどあのヤンキーに借りを作るのってなんか屈辱じゃない?だから近いうちに廃車にするの。結構高い車なんだけどカウラちゃんの車があるから日常生活で困ること無いし、廃車にすれば税金払わなくて済むし良い事づくめよね?」


 アメリアは能天気にそう言って笑った。仕方なくかなめの邪魔にならぬよう隣で誠はかなめの隣で小さく丸くなる。空いたスペースは当然のようにかなめが占拠した。道はまだ東都から遠い郊外の中央高速道路ということも有り、スムーズに豊川の本部に車は向かった。


「本当に東和陸軍第一特機教導連隊の隊長だったんですね、クバルカ中佐は。あそこはあまり異動の無い所だって聞いていたんですけど……本当にうちみたいな『人間捨て場』みたいな駄目部隊に来て良い人材なんですか?」 


 誠が居た東和宇宙軍の担当教官もその道二十年のベテランだった。指導教官には技量と人間性が求められる以上、適任者は限られてくる。そうなるとどうしても異動の機会は少なくなる。ただ、誠は自分の担当教官の人間性には常々疑問を持っていたことを思い出した。


「遼州同盟をぶち上げた遼帝国の皇帝が決めた話だからそうなんだよ。なんでもランの姐御は遼帝国の現皇帝には返しきれない貸しがあるってことで逆らえなかったって話らしい……それよりまたベルルカンが荒れてるらしいじゃねえか。あそこが崩れたら、こっちにも火の粉が飛んでくるぜ。法術じゃ防げねえ地政学の暴風だ。遼州同盟機構もあそこは『アンタッチャブル』だと言って手を付けねえ。そんなことだと遼州同盟の意味がなくなるぞ」

挿絵(By みてみん)

 かなめがいつになく真面目な声で言った。遼州第二の大陸であるベルルカン大陸は遼州同盟にとっては鬼門だった。


 遼州星系の先住民族の遼州人は法術を使って『跳ぶ』ことが出来るので船を造らなかった。


 遼州人は最初から住んでいた遼大陸南部とこの火山諸島である東和以外の地域にはまるで関心を持たず、その地域は地球人がこの星を侵略しに来るまで無人のまま放置されていた。


 遼州人が居住していなかった地域であるこの大陸に地球から大規模な移民が行われたのは遼州星系でも極端に遅く、入植から百年以上がたってからのことだった。しかも初期の遼州の他の国から流入した人々はその地の蚊を媒介とする風土病、『ベルルカン風邪』が原因で根付くことができなかった。


 『ベルルカン風邪』と呼ばれた致死率の高い熱病に対するワクチンの開発などがあって安全な生活が送れることが確認されて移民が開始されたベルルカン大陸には、多くのロシア・東ヨーロッパ諸国、そして中央アジアの出身者が移民することになった。しかし、ここにすでに権益を持ちかけていた遼大陸西部の砂漠地帯の国西モスレム首長国連邦はその地球圏の自分達の意に反する移民政策に反発した。同じイスラム文化圏ということで西モスレムとつながりの深いアラブ連盟と新移民の生活を安定させて増えすぎた人口をどうにかしたいキリスト教系の欧米諸国の対立の構図が出来上がることになった。ここでも遼州圏に地球人の対立の構図が持ち込まれた。


 そして、その騒乱の長期化はこの大陸を1つの魔窟にするには十分な時間を提供した。対立の構図は遼州同盟と地球諸国の関係が安定してきた現在でも変わることが無かった。年に一度はどこかの国で起きたクーデターのニュースが駆け巡り、戦火を逃れて他の大陸に難民を吐き出し続けるのがベルルカン大陸のその魔窟たる所以だった。


「どうせうちには関係ないわよ……東和は基本的にベルルカンには手を出さない主義だから。まあ東和宇宙軍が飛行禁止区域を設定するくらいが関の山よ」


 アメリアは諦めたようにそう言うと長い紺色の髪を手櫛で整えた。


 誠も毎日受けているランからの社会常識講座で東和が『魔窟』と呼ばれるベルルカン大陸に手を出したがっていないことは知っていた。


 遼州同盟の主要加盟国である西モスレム首長国連邦はこの地域に持つ権益に拘っていた。西モスレムの背後にいる地球圏のアラブ連盟の支援の下、西モスレムはこの地域で主導的役割を担おうと各所に働きかけを行っていた。


 それに不満を持っているのは地球圏の盟主を自認するアメリカだった。この地から地球圏に密輸される大量のケシ。それがいかに自国の治安を悪化させているか。そのことが地球圏内部でもアメリカとアラブ連盟が上手くやっていけない理由の1つだった。


 しかし、国際関係はそう一朝一夕で解決するものでは無いというランの言葉に、誠はケシの栽培などを公然と認めている西モスレムに疑問を感じていた。そのケシの生み出す利益が大量の武器をベルルカン大陸に流入させ、さらに内戦を激化させている。そのまっとうな誠の主張をランは『世間を知らない馬鹿の言うこと』と切って捨てるのが誠には気に入らなかった。


 アメリアはそんな誠のランによる社会常識講座の事など知らないので話を続けた。

 

「それにあそこの失敗国家はほとんどがまだ遼州同盟未加入だもの。同盟加盟国の平和を守るための組織であるうちには関係のない話ね。うちは同盟加盟国の法律を守るために存在する司法執行機関であって同盟非加盟国が何をしようが関係ないわよ。そんなところに出かけていく必要なんてまるでないわね。それこそ地球圏や渋々遼州同盟に加盟している西モスレムに脱退の口実を与えるだけの越権行為だわ」


 そんなまるで他人事のようなアメリアの言葉は内戦で苦しむ人民が居ることを知っている誠には冷たく聞こえた。


「まあ、ある程度情勢が安定して政府と反政府勢力で停戦が決定して遼州同盟に加盟することを前提に選挙でもやるって言うんならその選挙監視任務でお呼びがかかるかも知れないけど、たぶん社会常識ゼロの誠ちゃんでも知ってるでしょうけどあそこには西モスレムと地球圏が権益を持ってるから。同盟機構に選挙管理を頼むような真似をするとは到底思えないわね」 


 アメリアは助手席でそう言いながらまるで自分達には関係ない出来事とでもいうように笑っていた。


「そうかねえ……実際、こういう時に限ってお鉢が回ってくるもんだぜ。遼州同盟にはあそこの失敗国家も少数とはいえいくつか加盟している。西モスレムも今の関心事は遼帝国との東モスレム地域の領有権争いと遼北人民共和国内でのイスラム教徒の弾圧の方にある。ベルルカンへの介入まで手が回る状態じゃねえ。地球圏はこんな遼州くんだりの貧しいベルルカンなんぞに関心を持ってる暇があったら新たな植民惑星を発見する方がマシだしな。そんな誰も関心を持っていない場所で何かが起きたら動くのはうちだ。ああ、面倒くせえなあ」


 そう言ってかなめが胸のポケットに手をやるのをカウラがにらみつけた。


「分かってるよ禁煙だって言いてえんだろ?それよりもカウラも気になるんじゃないか?荒れる『修羅の国』ベルルカンのことが。オメエはこういう時はパチンコ依存症の治療の一環としてランの姐御から毎日新聞を読むように言われている時の知識を活かすいい機会だと考える。しかも、社会常識ゼロの神前を意識しているカウラの気を引くいい機会だもんな!」


 タバコを吸うのをあきらめたかなめが半分やけ気味にカウラに話題を振った。


「あそこが混乱してるのは事実だ。でも今は停戦協議も進んでる。もし合意が成立して遼州同盟に加盟すれば、私たちが出動する可能性も高くなる。それが正式任務なら、従うしかない」


 都内へ向かう高速道路を進む車を運転しながら、カウラはそれだけ言うとギアを一速落とした。


「かなめちゃんが珍しく仕事熱心よね……もしかして酔ってる?」


 アメリアが冷やかすように助手席からかなめを振り返った。

挿絵(By みてみん)

「酔ってねえ!昨日の野球で負けたやけ酒はもう醒めてる!全く人を何だと思ってるんだ!アタシはカウラの純情自慢の淡い叶わない恋をあざ笑うのが楽しくてこんな話を振ったの!これはアタシのカウラに対する嫌がらせ!アタシはサイボーグだ!あのくらいの酒は1時間も有れば醒める!」


 かなめの言葉で誠はようやく昨日の試合が予想通り『特殊な部隊』の敗北に終わったことを初めて知った。


「ただの銃を持ち歩く危険なサイボーグ……お願いだから酔ってる時はホルスターに手をかけないでね。それとカウラちゃんの純情を(いじ)ってる割にはかなめちゃんの顔、赤いわよ?誠ちゃんの隣に座れるのがそんなにうれしいんだ……別にカウラちゃんが純粋であることとかなめちゃんのその態度は関係が無いと思うんだけど」


 アメリアは今も上着の上に着用しているホルスターに愛銃スプリングフィールドXDM40を入れているかなめをそう言って冷やかした。アメリアはアメリアで意地を張るかなめを面白半分でからかってみせる。


「言うじゃねえか……だったら身体で思い知らせてやるよ。隊に着いたら射殺するからな、アメリア。覚悟しとけよ!アタシの銃は飾りじゃねえんだ。人を殺すために持ってるんだ。その殺す対象がオメエになっても何の不思議もねえ」


 かなめが身を乗り出し、アメリアを睨みつける。


「はいはい、かなめちゃんのいつもの殺人予告は隊に着いた後でね」


 アメリアは肩をすくめて笑った。


 いつも通りの瞬間核融合炉ぶりをみせるかなめ。その表情は彼女らしく自分の思うようにいかない現実への怒りに満ちていた。


『わがままで短気で、すぐ誰かに噛みつくけど……それでも隣にいてくれる。やっぱり、かなめさんは僕のことを気にかけてくれてるんだな』


 かなめの怒りの表情を横目に見ながら誠はほんの少しだけ胸を張った。

 



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― 新着の感想 ―
Xではありがとうございます! 誠のお母さん、薫さんの剣術、とても気になりますね。 「遼州戦記」はシリーズ化されているようなので、また時間のあるときにじっくり読ませていただきます!!
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