第92話 分断された戦場
塔の内部が震えた、あの瞬間――
まるで何かが“意思を持って”空間を閉ざしたかのように、彼らは分断された。
「おい……! リューク、ルミエル、聞こえるか!?」
ガルドが怒鳴るように声を張り上げる。だが、返ってくるものはない。
沈黙。空気が重く、湿っていた。
その背後で、リーナが低く息を呑む。
「さっきの振動……ただの揺れじゃなかった。魔力干渉の残滓が、空間の継ぎ目に残ってる」
指先が壁に触れた瞬間、“パチッ”と小さな魔力の反応が走る。
「塔そのものが反応したってことか……」
ザックが苔むした石壁を“ゴンッ”と拳で軽く叩く。
だが、返ってきた音は異様に鈍く、深く沈んでいた。まるで石ではなく、何か別のもののように。
「まるで、俺たちだけ“別の層”に閉じ込められてるみたいだな……クソ、連絡の手段もない」
彼の舌打ちが、静寂に乾いた音を落とした。
「……静かすぎる。空気の流れもない……まるでこの区画だけ“凍ってる”みたい」
リーナが両手を胸元で組み、魔力を巡らせると、“スゥ……”という微かな風のような魔力の波が塔の内壁をなぞった。
「この空間、魔力は乱れてるけど……敵の気配は感じない。今のところは、ね」
「“今のところ”が一番怖ぇんだよ」
ガルドの声は低く、だが確実に警戒心を帯びていた。
ザックが半歩前に出て、薄暗い通路を鋭く睨みつける。
その足音すら、空間に吸い込まれるように
コツ……コツ……
と不自然に反響する。
「……まさかとは思うが、この塔、俺たちを“試して”やがるんじゃねぇか?」
「試す……?」
リーナがわずかに首を傾げた。
「空間ごと切り離すなんて芸当、普通じゃできねぇ。何かの意志が介在してる……それが“敵”か、“何かのシステム”かは分からねぇがな」
「……その言い方、嫌いじゃないな」
ガルドが短く息を吐きながら、肩の筋肉を鳴らすように“ミシッ”と回した。
しばし、重たい沈黙が落ちた。
誰もが、見えない“出口”の感触を探していた。
やがて、リーナが小さく囁く。
「どこかに……接続点があるはず。塔の構造そのものを変えている、何かが……」
「なら探そう。リュークたちが無事なら、向こうもきっと動いてる」
ザックが目を細めて言い切る。
ガルドは剣の柄を握り直し、
ギィ……
という革の音を鳴らしながら、一歩踏み出す。
「離れちまったが……俺たちは、まだ“同じ塔の中”にいる。なら、必ず合流できる」
静かな気配の中に、確かな意志があった。
三人は、鋭く、慎重に。
けれど迷いなく、沈黙の回廊へと足を踏み入れた。
足元を照らす魔光石の光が、石壁に淡い影を刻む。
塔の一角、分断されたガルドたちは、慎重に探索を続けていた。
「……音、しないな」
ザックが小声で呟く。
「その“静けさ”が逆に不気味なんだよ」
ガルドが低く唸る。
そのときだった——
「ッ……前方、気配!」
「……来るわ。小さいけど、数が多い」
次の瞬間、通路の影から小型の魔物が数体、唸りを上げて飛び出した。
通路はわずかに湾曲しており、壁の陰から這い出してくる影は次第に数を増していく。
魔物――クラックル。甲殻に覆われた蜘蛛型の魔獣。
その脚は鋭く、動きは獰猛で、狭い通路を埋め尽くすように迫ってくる。
「ザック、横を頼む! 俺は正面を……!」
ガルドが鋭く叫ぶと、ザックが即座に短剣を抜いて左に展開する。
そのとき、クラックルの一体が壁を蹴って跳びかかってきた。
――ガギィン!
ザックの盾が受け止め、鋭い爪が金属をこすりつけるような音を響かせた。
「チッ、噛みつきやがったな……!」
反動で後退しつつも、さらに一体が横から滑り込む。
ザックが床すれすれに身を沈め、影のように敵の足元へ潜り込んだ。
「……隙、ありだ!」
短剣が甲殻の関節部に突き刺さる。
――ギギィィッ……!
金属と肉がきしむような音。クラックルの一体が脚を折り、床に崩れ落ちた。
「っと……! こいつら、意外と数が多いぞ!」
ザックが後方へ飛びのきながら警告を叫ぶ。
直後、通路の奥からさらに二体が這い出してくる。
その甲殻が“カツカツッ”と床を爪で引っ掻く不快な音を立てていた。
「リーナ、援護を頼む!」
ガルドの声に、リーナがすでに袋から小さな光玉を抜き出していた。
「目、閉じて!」
光玉が壁に叩きつけられる。
――パァンッ!
閃光が炸裂し、通路が一瞬、白い閃光に包まれる。
「今のうちに叩け!」
ガルドが前に出て、大盾で魔物を思いきり押し返す。
クラックルの一体がバランスを崩し、ガルドの剣が唸りを上げて振り下ろされた。
――ズバァッ!
刃が甲殻を裂き、鮮血が通路に散る。
だが、後方の一体が怒り狂ったように飛びかかってくる。
「させるかよ……!」
ザックがその横をすれ違いざまに駆け抜け、短剣を腹部に突き上げるように振る。
――グシャッ!
「ギャアアッ!」
断末魔が響き、クラックルの体が痙攣しながら崩れた。
「あと二体……!」
ガルドが剣を構え直す。
リーナはすでに詠唱に入っていた。
「燃え上がれ……ファイアボルト!」
放たれた炎がクラックルの一体に直撃。
——ボフッ!
肉の焦げる臭いとともに、周囲の水気が一瞬で蒸発する。
焼け焦げた甲殻がぱきりと割れ、魔物はその場に崩れた。
残る一体が、火花と煙にたじろぎながら後退したその刹那。
――ズシャッ。
ガルドの剣が横なぎに閃き、断ち切るように肉と殻を裂いた。
数秒の沈黙。
通路に漂っていた微かな緊張が、ゆっくりとほどけていく。
倒れたクラックルたちはすでに動かず、戦場は静寂に包まれていた。
「ふぅ……終わったな」
ザックが肩で息をつき、汗を拭いながら呟く。
ガルドは剣をゆっくりと納め、通路の先を見やった。
リーナは息を整えながら、魔力の残滓を指先で整え、周囲を警戒する。
だがその時――
――ドンッ!!
塔の奥から、重く低い爆発音が轟いた。
足元がかすかに揺れ、石壁が
ゴゴゴ……
と鈍く共鳴する。
空気の中に、焦げ臭い匂いが混じった。
「……今の、爆発音……」
リーナが眉をひそめ、耳を澄ます。
「爆発音ってレベルじゃねぇな。……誰かが、大規模魔法を撃ったか……」
ガルドが目を細め、壁の振動を確かめるように手を触れる。
「ファイア系の魔法の響きだな。……リュークのかもしれん」
その言葉に、ザックの口元がわずかに緩む。
「ってことは……あいつらも、無事ってことか」
「リュークたちだ。……奴ら、派手にやってんな」
ガルドは構えを整え、再び前方へと意識を向ける。
「ここを抜けて、合流できる道を探すぞ!」
三人は短く頷き合うと、通路の奥へと走り出した。
その背後では、クラックルの体が、まるで力尽きた人形のように沈黙していた。
次回:視えざる層の顕現
予告:繰り返される構造、重なる記憶の残響。塔が囁く“異常”の中で、リュークは新たな視界を開く。
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