第91話 無音の連携、決着の牙
再起動した番犬の魔導コアが、低く
ズゥン……
と脈打つように赤黒く光を放っていた。
甲殻の隙間から熱気が滲み出し、床の石をかすかに震わせる。
そのただならぬ気配に、リュークは反射的に声を上げた。
「来るぞ、避けろッ!」
瞬間、番犬の四肢が
ガギィンッ!
と金属を軋ませて地を蹴る。
空気を切り裂く轟音と共に、爆発的なスピードでリュークに迫る。
(速い——!)
ギリギリで身を翻し、反撃の構えを取るも、敵の鉤爪が肩をかすめて裂いた。
ズバッ!
と服の裂ける音と同時に、石壁に
ガガガッ!
と深い溝が刻まれる。
「ぐッ……!」
思わずリュークが歯を食いしばる。だが、崩れない。
すかさず、ルミエルが一歩前に踏み出し、両手を胸元で組む。
瞼を閉じ、深く息を吸い込んだ。
静かな集中の中、銀糸のような魔力が指先から滲み出し、空気に溶けていく。
「……量子偏光展開——〈プリズム・ブレイク〉」
その詠唱と同時に、空間全体が
ピキィィ……
と軋むような音を立てて歪んだ。
彼女の周囲から放たれた揺らぎが前方に放射され、塔の中に無数の光の帯が走る。
屈折し、反射し、砕けた鏡のように乱反射する光が、空間を満たしていった。
番犬の視界は、瞬時に奪われる。
「グゥ……ッ」
不快げな低音と共に、番犬が鋭く唸り、頭を左右に振る。
だが、幻の光幕はまるで生き物のように纏わりつき、視界のどこにも“正解”を与えない。
視覚センサーが錯乱し、巨体がわずかに傾いだ。
ルミエルはその様子を確認すると、一歩下がり、リュークと視線を交わす。
頷き——合図。
(今しかない。——シャドウファング、攪乱に入れ)
声には出さず、無言の合図で命じると、影がしなるように動いた。
シャドウファングは右へ跳ね、音を立てずに塔の石床を駆ける。
番犬の“眼”がそちらへ向いた瞬間、影はすでに左へ鋭く跳躍し、死角へと滑り込んだ。
その動きは、あまりに滑らかで、空気にすら爪痕を残さない。
「前だッ!」
一呼吸の溜めとともに、シャドウファングが“ズンッ”と床を蹴って飛び出す。
敵の鼻先をかすめるように、前脚を鋭く振り抜いた。
シュバッ!
という空裂く音。
爪は皮一枚すら傷つけなかったが、風圧と気配の鋭さが番犬の反応系を揺さぶる。
動きに、明らかなブレが生じた。
次の瞬間、シャドウファングは右へ、そしてすぐに左へ。
タッ、タッ、タッ
と軽やかな足音を刻みながら、ジグザグに動いて距離を調整していく。
光の揺らぎと重なり、まるで“視界に残る影”のように、認識そのものを狂わせていた。
番犬が
グワァッ……
と低く唸って咆哮を上げるも、その焦点は空を切る。
重い前脚が“ガガンッ!”と床を砕く勢いで振り下ろされるが、シャドウファングは既に背後へ滑り込んでいた。
その動きはまさに“影”そのもの。
無言で合図を送り、シャドウファングは音もなく再び敵の死角へと回り込む。
その一瞬の空白。
リュークがすかさず腰を低くし、リン酸塩の小瓶を手に取ると、
カチ
と音を立てて柱の根元に設置した。
敵の視線も聴覚も完全に混線し、番犬はその場で動作を見失っている。
牙を掠めて舞い、注意を分散させる“攪乱”。
それはまさに、戦場での“無音の連携”だった。
「ルミエル——あの柱の方へ誘導してくれ!」
「……分かった!」
ルミエルがすぐに反応し、敵の逆側へと走る。
光の揺らめきを引き連れ、魔導障壁の残骸付近へと位置をずらしていく。
囮のように動きながら、番犬の動線を意図的に誘導する。
ガガンッ!
番犬がその誘導に乗り、鉄の脚で床を軋ませながら突進を開始する。
進路が開いた——その瞬間、
「——今だッ!」
リュークが床を蹴る。
シャドウファングはすでに回り込みを終え、敵の背後で牙を研ぎ澄ませていた。
その鋭利な気配が、塔内の空気をさらに緊張させていく。
リュークの視線が、床の片隅に置かれた小瓶へと鋭く吸い寄せられる。
それは、先ほど仕掛けた“リン酸塩の小瓶”だった。
この瞬間のために、周到に準備していた“最後の一手”。
リュークは息を詰め、右手を素早く突き出す。
指先に魔力を集中させ、空気の一部がわずかに震えた。
「ファイアボルト!」
詠唱の声が放たれたと同時に、赤熱の火球が唸りを上げて放たれる。
狙いは、小瓶のすぐ脇――
火球が弧を描き、金属の反響音のような余韻とともに炸裂点へ到達。
——ドンッ!!
鋭い閃光と衝撃波が塔の空間を満たす。
バキィィンッ
と爆裂音が轟き、床が瞬間的に揺れた。
火花が火柱のように四散し、爆風が番犬の脚元を直撃。
甲殻が砕け、関節の外郭が黒く焼け焦げて弾ける。
「シャドウファング……今だ」
リュークの声は、ほとんど風の音に紛れるほど小さく、だが確かに届いていた。
影がすべるように走る。
シャドウファングは番犬の背後へ跳び、歯を剥き出してその喉元へ牙を突き立てた。
ズグッ
という嫌な感触と共に、鋼の隙間へ深く突き刺さる牙。
番犬の巨体が仰け反り、内部の魔力核が露出する。
その瞬間を逃さず、リュークが地を蹴った。
「——行けぇッ!」
全身の反動を乗せた跳躍。
手にした短剣が一直線に振り下ろされ、露出した魔力核へ――
ガギィィンッ!
重い金属を叩き割るような破砕音。
砕けた魔導核から、一瞬、赤い火花が
ビシュッ
と走る。
番犬の身体が硬直し、次の瞬間――
ゴガッ、ガガガンッ
と音を立てて崩れ落ちた。
塔の内部に、金属が軋む音が尾を引く。
その後に訪れたのは、嘘のような静寂。
魔導核の光が消え、番犬の身体はただの瓦礫の山と化していく。
リュークは肩で息をしながら、ゆっくりと短剣を下ろした。
「……視えてたから、戦えた。けど、これが視えなくなったら……」
その声に、ルミエルもシャドウファングも言葉を返さなかった。
ただ、黙って階段の先を見上げる。
塔の内部には、まだ続きがある。
そしてその先にあるものが、“視える”とは限らない。
それでも――進むしかない。
次回:分断された戦場
予告:激闘の末に番犬を討ち倒したその瞬間、塔が震え、仲間たちは空間ごと引き裂かれた——。
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