第88話 依頼の塔と、夢に揺れる記憶
◆ギルド内の休憩スペース──
数日後、掲示板の前で、リュークは少し間を置いて依頼書を見上げていた。
掲示板の木枠が
ギシッ
と軋み、紙が風に
カサ…
と揺れる。
最近は連日の戦闘も落ち着き、ポーションの試作や素材探しに集中する日々が続いていた。
(……調合、思った以上に奥が深いな。採れる場所、魔力反応、配合の順番……)
一度失敗すれば、泡立ち方や熱の入りでまるで違う反応になる。
けれど、そういった“細かさ”すら、今は少し“楽しい”とさえ思える。
そんな時――背後から、聞き慣れた声がかかった。
「お前、最近どうしてる? そろそろ次の依頼、組んでみないか?」
振り返ると、ザック、ガルド、リーナ―が揃って立っていた。
“暁の剣”の仲間たち。顔なじみではあるが、軽口を叩き合うほどの距離感でもない。
それでも、共に戦場をくぐった分だけ、互いに一定の信頼は築いていた。
「……最近は、ポーション作ったり、素材を集めたりしてる。なんか、楽しくなってきたんだよな。
戦ってばかりじゃなくて、ものづくりっていうか、手を動かすのも悪くない」
「そうか……変わったな、お前。けどまあ、悪くない顔してるよ」
ザックは苦笑を浮かべながら、掲示板の一枚を
ペラ…
とめくり上げ、軽く掲げる。
【依頼内容】
対象:ベルハイム近郊“忘れられた塔”の調査 中級冒険者以上
詳細:塔周辺で“不思議な音”“塔が歪んで見える異常”を感じたという報告あり。
調査班による接触は未遂。危険区域の可能性あり。調査協力者を募る。
「これはどうだ。街外れの古い塔で“不思議な音”が聞こえるって話だ。住民からの報告も増えてきてる。 ギルドからの正式依頼になった」
ガルドが補足するように続ける。
「この塔の調査、補佐が欲しいんだ。お前たち、無駄に騒がないし冷静だし、助かる」
「不思議な音……?」
リュークは眉をひそめ、依頼書の文面を指先でなぞった。
その横で、ルミエルが一歩前に出て、依頼書をじっと見つめた。
紙が風に揺れ、
カサッ
と微かな音を立てる。
「この塔……夢の中で見たことがある気がする」
ゆっくりとした声で、彼女は言った。
「確信はないけど、嫌な感じはしない。不思議と、呼ばれているような……
懐かしいような気さえするの。説明できないけど」
彼女の視線は、文字ではなく“何かを感じる”ように、紙の奥を見つめていた。
「お前たちなら、無茶はしないだろう」
ザックが肩をすくめ、そう言いながらリュークとルミエルの間に視線を移した。
そのときだった。
リュークの足元に、音もなく“影”が寄り添った。
黒くしなやかな毛並み。鋭く光る双眸――シャドウファングだった。
「……この子も、なんか感じてる」
ルミエルがつぶやく。
「緊張してるわけじゃない。でも……警戒してる」
ザックが一歩後ろに下がり、肩をすくめて苦笑する。
「こいつ、相変わらず……近くに来ると背筋がゾワッとするな」
「見た目ほど怖くはないよ。ちゃんと、仲間だ」
リュークはそう言って、シャドウファングの背を
トン
と軽く叩いた。
影狼は静かに依頼書を見つめていた。
まるで、言葉を持たないもう一人の監視者のように――その目には確かな意志があった。
「じゃあ……調査、受けてみようか」
ルミエルが少し微笑む。
「あの夢の答え、見つかるかもしれないし」
「そうだな。たまには気分転換も必要だ」
リュークはそう言って、隣に立つ二人――そしてシャドウファングへ目を向けた。
「了解。行くなら、準備は抜かりなくな」
ザックは頷きながら依頼書を
スッ
と引き抜き、無言でギルド窓口へと歩いていった。
——こうして、“忘れられた塔”への探索が始まった。
◆夜の夢と共鳴
宿の一室。
静かな夜。窓の外では風が
サァ……
と微かに木々を揺らし、街の灯りが遠くでちらちらと瞬いている。
ルミエルは、ベッドの上に膝を抱えて座っていた。
今日、ギルドで受け取った依頼のことが頭を離れない。
“街外れの古い塔から、不思議な音がする”——そんな曖昧な噂。
けれど、その曖昧なはずの情報が、なぜか胸の奥にずっと残り続けていた。
「……知ってる気がするの。あの塔」
静かに呟く。
けれど、自分の中で明確な記憶が浮かぶわけではない。
ただ、目を閉じると――
石造りの階段を踏みしめた足の感触。
肌にまとわりつくような冷たい空気。
それらが“思い出”のように、微かに指先へ戻ってくる。
——コトリ
隣の机で、木箱を開ける音がした。
リュークが明日の準備に使うポーションや道具を確認している。
「ちゃんと、できてる……大丈夫」
ルミエルは小さく息を吐くと、そっと横になった。
枕に頬を預けたまま、自然と口から旋律が漏れ出す。
「……la luz que nunca duerme……時を超える、光の残響……」
夢の中で、何度も聞いた詩。
目覚めたあとは思い出せないのに、なぜか口ずさぐたびに心が静まっていく。
そのとき――
ベッドの向こう。
壁際で寝息を立てていたリュークの身体が、ふとわずかに動いた。
眉間に皺を寄せ、苦しげに顔をしかめる。
「……まだ、たどり着いてない……扉の……先で……」
寝言。
声はかすかだったが、ルミエルの耳にははっきり届いた。
(また……“扉”の夢……)
過去にも、同じような言葉を何度か聞いた。
けれど――今夜は、はっきりしていた。
そして、それが自分の旋律に“呼応して”起きた反応だということも。
(……まさか、祈りの詩が……リュークの記憶と、共鳴したの?)
確信はない。
でも、心の奥で何かが強く、静かにざわめいていた。
ルミエルはそっと立ち上がる。
床板が
キィ……
と静かに鳴った。
机の上に置かれた依頼の書類に視線を落とす。
その紙の奥に、“まだ知らない何か”が潜んでいる気がした。
「明日、あの塔に行けば……きっと、何かに近づける」
誰かに話したいようで――
でも、まだ言葉にできない。
そんな予感が、静かに胸を満たしていた。
次回:塔が呼ぶもの
予告:街外れの忘れられた塔。その内部で待ち受けるのは、完成されぬ術式と、観測されぬ空間の罠だった。
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