第8話 影獣と光の対抗手段
夜影獣の正体についての手がかりは増えたが、まだ確証は得られていなかった。
リュークは、村の広場の片隅に座り、情報を整理した。
◆ 情報の整理
【夜影獣の特徴】
・夜間のみ活動
・足跡を一切残さない
・死骸も見つからない(捕食後に何らかの消失反応?)
・出現時に風が止まる
・「黒い人影」の目撃証言あり
【導き出せる推測】
・物理干渉を拒む存在(影、幻、幽体的性質の可能性)
・魔法的性質を含む=通常武器が通じない恐れ
・“黒い人影”との関連性が濃厚
(仮にそれが“影”なら、物理ではなく“光”が鍵になる……)
リュークは手元の装備へ視線を落とした。
短剣、道具袋、布切れ、簡易罠……どれも、影を払う力はない。
「……光か」
思わず声が漏れた。
(何か光を発するようなものがあれば、影を裂けるかもしれない。
そのとき、ふと一つの可能性が脳裏をかすめる。
(教会……聖職者が持つ“光”なら?)
◆ 教会へ
リュークは教会を訪ねる決意を固めた。
夕暮れの静けさに包まれた聖堂の中。重厚な扉を開けると、石の床がわずかに軋み、奥からかすかな足音が近づいてくる。
「お前か?」
姿を現したのは、先ほどの年配の神官だった。しわの刻まれた顔に、厳格な光を宿した瞳がこちらを見据える。
「すみません、少し……伺いたいことがありまして」
リュークは礼をし、夜影獣についての情報をできるだけ簡潔に、だが誠実に伝えた。
神官は目を細めて黙考し、やがてゆっくりとうなずいた。
「……影の魔物ですか。それなら……記録にあるぞ」
「本当に?」
思わず身を乗り出すリュークに、神官は棚から古びた分厚い書を取り出した。
羊皮紙に記された文字は、ところどころ擦れて読みにくい。だが、確かに何かが書かれている。
「この地方では、ごくまれに『影獣』と呼ばれる存在が現れると記されている。
その多くは、姿を見せぬまま人々の命を奪う、夜の災厄とされていた」
ページをめくるたび、紙が乾いた音を立てる。
「通常の武器では、傷つけることすら叶わぬ。だが――
聖なる光を浴びせれば、弱体化させられると伝えられている」
リュークの胸に、確信が走った。
(やはり……!)
リュークは胸の中で手応えを感じた。
すかさず、次の質問を投げかける。
「それは、魔法の光じゃないとダメなんですか? 普通の火や灯りでは?」
神官は少し考え込み、静かに答えた。
「通常の灯火では難しいだろう。だが、魔力を込めた灯火ならば、影獣にも影響を与えられるかもしれん」
リュークは深く息をつき、思考を巡らせる。
(つまり……魔法が使えない俺でも、魔力を宿した灯火を作り出せれば、影獣を弱体化できる……!)
彼の中に、光明が差し込み始めた。
◆ 魔法の灯火の準備
リュークは、村の道具屋へ向かった。
細い路地を抜け、木組みの小さな建物の扉をギィ……と押し開ける。
中は乾いた木の香りと、古びた鉄や革の匂いで満ちていた。
「魔力を込められる灯火って、ありますか?」
店主は怪訝そうに目を細め、棚の奥を探る。
「……旅人がそんなもん探すなんて、珍しいな」
やがて、ゴトリと音を立てて、小さな石を差し出してきた。
手渡されたそれは、魔法灯石と呼ばれる品だった。
リュークが手のひらに乗せると、石はほんのりと温かさを帯びた。
「こいつは、魔力を込めれば強く光る石だが……旅人さん、魔法が使えるのかい?」
「いいえ、使えません。でも、代わりに魔力を込めてもらうことはできますか?」
リュークは石をそっと撫でながら答えた。
その手の感触に、ふと胸の奥で懐かしい感覚が広がる。
(……昔もこうやって、道具を確かめていた気がする。)
だが、記憶の断片はすぐに霧散し、意識を引き戻した。
店主は驚いた顔をしながらも、やがて「それなら、神官様に頼め」と提案した。
「俺じゃ力が足りんが、教会の神官なら祝福を込めてくれるかもな」
リュークは礼を言い、再び教会へと向かった。
魔法灯石に聖なる魔力を込めてもらうためだ。
「影獣を討つために必要なのか……」
神官は少し考えた末に頷き、両手を組み、静かに祈りを捧げ始めた。
リュークは石をそっと両手で支え、目を閉じる。
石に宿る微かな震えとともに、胸の奥にも小さな震えが広がる。
──何かを、取り戻しつつあるような感覚。
やがて、石はぼんやりと金色の光を放ちはじめた。
暖かな輝きが、手の中いっぱいに満ちる。
「これで、影を弱らせることができるはずだ」
神官はさらに、銀のナイフを差し出した。
「それと、このナイフを貸そう。銀は、魔を裂く」
リュークは、差し出された銀の刃を両手でしっかりと受け取った。
「ありがとうございます」
刃はひんやりと冷たく、握った瞬間、細かな振動のような気配が手に伝わってきた。
それはただの金属ではなく、どこか“生きている”かのようだった。
軽く頭を下げ、リュークは魔法灯石を懐にしまう。
外に出ると、冷たい夜気がスゥッと頬を撫でた。
(負けるわけにはいかない……)
静かに夜道を歩き、リュークは宿へと戻った。
自分の部屋に入ると、扉をしっかり閉め、ベッドに腰を下ろす。
魔法灯石と銀のナイフを取り出し、もう一度、手の中で確かめた。
冷たさと暖かさ、そして微かな重み。
これらが、明日、自分を支えてくれる武器だ。
(今できる準備は、整えた……あとは、体を休めるだけだ)
リュークは荷物を最小限にまとめ、床に置いた。
剣の柄をそばに置き、靴もすぐ履ける位置に並べる。
念のため、宿の扉に簡易的な罠も仕掛けた。
床板の隙間に細い糸を通し、引き戸がわずかに開けば、石が落ちる仕組み。
カタンと音が鳴れば、誰かの侵入に気づける。
ふと、部屋の窓から夜空が見えた。
星が瞬いている。
その光景をぼんやりと眺めていると――
一瞬、星々の配置に違和感を覚えた。
星たちが、自然な拡がりではなく、どこか幾何学的な構造を描いていた。
整然とした輪郭。交差し、繋がり、まるで誰かが意図して描いた巨大な図形のように。
(……なんだ、これ……?)
リュークは瞬きをして、もう一度空を見た。
だが、そこにはただ、いつも通りの、無数の星が広がっているだけだった。
(……気のせいか)
小さく息を吐き、リュークは窓を閉めた。
最後に、ベッドに倒れ込み、静かに目を閉じる。
どこか緊張で体は固かったが、それでも疲労が勝った。
(絶対に、生き延びる……)
その決意を胸に刻み、リュークは静かに眠りについた。
──夜が明ける。
薄明かりが窓から差し込む頃、リュークは目を覚ました。
外では、村人たちの生活音が聞こえはじめている。
彼は無言でベッドを離れ、昨夜準備した荷物を肩にかけた。
魔法灯石と銀のナイフも、きちんと懐に収める。
深く息を吸い、吐く。
(行こう……今日、すべてが決まる)
◆ 討伐の準備完了
朝の光を浴びながら、リュークは村の門近くで荷物を整えた。
魔法灯石――影獣を弱体化させるための光源。
銀のナイフ――神聖属性を帯びた武器。
最低限の備えはできた。だが、夜までにはまだ時間がある。
(何か、少しでも有利に戦える手を考えておきたい……)
そう考え、リュークは村の中を歩き出した。
まず向かったのは、広場に並ぶ屋台だった。
薬草を扱う店で、小さな袋に詰められた「消臭草」を見つける。
「……これなら、匂いを消して接近できるかもしれない」
袋を手に取るが、リュークには銅貨すらもっていなかった。
しばし悩み、屋台の主人に頭を下げる。
「この草を分けてもらえませんか? 代わりに、力仕事を手伝います」
主人はリュークをじっと見つめた後、ふっと鼻を鳴らした。
「なら、こっちの荷を倉庫まで運べ」
リュークは荷台に積まれた麻袋を担ぎ、何往復もして汗を流す。
ギシッ……ドサッ……と、袋が積み上げられていく音が響いた。
背中に汗が滲み、腕が重くなる。だが、彼の表情に迷いはない。
やがて、店主は「礼だ」と言って消臭草の束を渡してくれた。
その香りはややきつく、鼻を刺すような土と草の混ざった匂いだった。
(これで、気配を悟られにくくなるかもしれない……)
さらに、村の鍛冶屋を訪れると、店の隅に傷んだ革の腕当てと脛当てが無造作に積まれていた。
リュークが手に取ると、鍛冶屋の親父が渋い声をかけてくる。
「それな、もう売り物にならねぇが……お前みたいな奴が使うなら、くれてやる」
「助かります」
リュークは深く頭を下げ、破損箇所を簡単に縫い直しながら装備を身につけた。
革は硬く、内側に擦れた跡が残るが、防護にはなるだろう。
(これで少しでも耐えられれば……)
装備を整えた後、リュークは村の周囲の地形も確認した。
昨日ミーナと確認した草原は、身を隠すには開けすぎている。
一方、村の裏手には、うっそうと茂る小さな森が続いていた。
(あそこでなら、身を潜めて接近を探れる……)
森の手前――木立が薄く、地面に張り出した根や石も多く、足場は悪い。
リュークは膝をつき、地形を細かく記憶に刻んだ。
日が傾き始める頃、リュークは再び宿に戻った。
広げた荷物を再確認し、魔法灯石の光をそっと確かめる。
石はふっ……と柔らかな金色の光を放ち、静かに脈打っていた。
銀のナイフを布で丁寧に拭き、刃の先を光に透かす。
反射する微かな輝きが、彼の瞳に映る。
そのとき、扉の外から小さな足音が駆けてくるのが聞こえた。
扉がノックされ、リュークが顔を上げると、そこにいたのは――
「お兄ちゃん!」
ミーナだった。息を切らせながら、小さな布包みを差し出してくる。
「これ……はいっ。わたしが作った、お守り……!」
ほどけそうな手編みの糸に、花びらを押し花にして縫い込んだ、素朴な細工。
けれど、そのひとつひとつに“想い”が込められているのが伝わってくる。
リュークは目を見開き、一瞬だけ言葉を失う。
「……ミーナ、これを……?」
「夜、こわいでしょ? でも、お兄ちゃんが戻ってこないのは、もっとやだもん」
リュークは、そっとそれを受け取り、胸元の内ポケットにしまった。
静かに――けれど深く、頭を下げる。
「ありがとう。……必ず、戻るよ」
ミーナはぱっと笑顔を浮かべると、「うんっ!」と元気に頷いて踵を返す。
そして数歩駆けたところで、くるりと振り返った。
「お兄ちゃん、がんばってね!」
夕陽に照らされた小さな背中が、通りの向こうへ走り去っていく。
リュークは、その姿が見えなくなるまで、静かに見送った。
(……守るべきものがある。なら、俺は――)
銀のナイフをもう一度握りしめ、リュークは独りごちた。
「……これで、戦う準備は整った」
静かに呟き、リュークは深く息を吐いた。
夜が来る。
夜影獣の戦いが、すぐそこまで迫っていた。
次回: 死闘、夜影獣――影を裂く一閃
予告: 灯石が夜を裂く時、影が本性を現す。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
読者の皆さまの評価や応援の言葉が、何よりの力になります。
質問です。
ミーナの“膝ゴスン事件”、どう受け止めました?
「かわいい」「ちょっと心配」「元気もらえた!」など
リュークとのやり取りで、二人の関係性にどんな変化を感じましたか?
もしよろしければ、「評価」や「感想」など、お気軽に残していただけると嬉しいです。
今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
今後も更新を続けていきますので、引き続きどうぞよろしくお願いします!