第79話 ポーションの噂、思わぬ来訪者
数日後――
リュークたちはここ数日、ポーションの作成と素材採取に明け暮れていた。
冒険者ギルドのホールは、朝から活気と熱気に包まれている。
依頼掲示板の前には、目を輝かせた冒険者たちが群がり、カウンターでは装備や素材の売買でひっきりなしに声が飛び交っていた。
その一角――薬品販売棚の前では、ひときわ長い列ができ、ざわめきが絶えない。
「……これが噂の《共鳴ポーション》か?」
「そうだ。昨日あのポーションを使ったパーティが、普段なら手も足も出ない強敵を――瞬殺したって話だぜ」
「詠唱速度がとんでもなかったらしいな。 副作用もほとんどないって噂だし……高いが、試す価値はありそうだ」
リュークは、ギルドの奥の壁際からその様子を静かに眺めていた。
(思った以上に広まってる……)
そのとき、カウンターの奥からエリナが手を大きく振り、やや声を弾ませて呼びかけてきた。
「リューク!ちょっと、こっち来て!」
訝しみつつも彼女の元へ向かうと、エリナは分厚い帳簿を広げ、得意げに数字を指差した。
「見て、これ。今朝までに共鳴ポーションが7本、強化ポーションが4本売れたわ。
共鳴ポーションは一本あたり金貨小3枚、強化ポーションは1枚。それで合計……ほら、金貨小20枚近いわよ」
「……そんなに?」
リュークは思わず眉をひそめた。素材費と手間を考えても、十分すぎる利益だった。
「ええ。 今、魔術系の冒険者たちの間で完全にブームよ。 『魔法との親和性を高める』ってワードが独り歩きしてるみたい。」
「もうすぐ、あなたの名前もギルド中に広まりそうよ」
エリナは茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。
リュークは苦笑いを浮かべ、肩を軽く落とす。
「……それは、正直あまり嬉しくないな。できれば静かにやっていきたいところだが」
「無理よ、リューク。
この品質だもの。黙っていても目立つわ。
おかげで、私も気分はまるで敏腕セールスレディよ」
エリナは冗談交じりにウィンクし、帳簿をぱたんと閉じた。
リュークは小さくため息をつきながらも、確かな手応えを感じていた。
「ところで、リューク。このポーションの材料、どこで手に入れたのかしら?」
エリナは興味津々といった様子で身を乗り出した。その目は、特に共鳴ポーションの瓶をじっと見つめている。
「特に《リュサノミ草》よ。王都でも滅多に見かけない希少な薬草なんだから」
彼女は言葉を継ぐように、少しだけ声を落とした。
「リュサノミ草……限られた高地でしか育たず、魔力の純度を保ったまま抽出できる唯一の素材なのよ。だから、高価なうえに扱いも難しい」
リュークは少し肩をすくめ、わざと軽く笑いながら言葉を濁した。
「企業秘密だよ……教えたくないわけじゃないけど、ちょっとな」
エリナは目を細め、からかうように肩をすくめて引き下がった。
だがその直後、一瞬だけ視線を逸らし、静かに息を吐く。
「……実は、うちの兄がね。ポーション作りにかけては天才って言われてたの。昔はよく、似たような瓶を並べて、薬草の効果を熱弁してたっけ」
リュークは言葉を挟まず、静かに耳を傾ける。
「ギルドに所属してて、前線にも立ってたの。 でも、ある任務で……戻ってこなかったの。もう、ずいぶん前のことだけど」
エリナは微笑んでみせたが、その瞳にはほんのわずかに翳りが差していた。
「だからね……あなたのポーション、最初に見たとき少しだけ、兄の薬に似てる気がしたの。色でも、質感でもなく、雰囲気っていうのかな……妙に懐かしかった」
小さく間を置き、エリナはふと笑うように目を伏せた。
「あのとき兄が使っていた器具、今も捨てられないの。 使えるものじゃないんだけど、なんとなく……まだ役に立ちそうで」
リュークはわずかに目を細め、小さく頷いた。
「……そっか」
エリナはすぐに表情を戻し、明るい口調で言う。
「それだけ質が良かったってことよ。 次の入荷はまだかって聞かれてるから、また作ったら教えてね」
リュークはそのまま無言で、販売棚に並ぶポーションの瓶へと視線を落とす。
澄んだ青銀色の液体が、ギルドの照明に揺らぎ、静かに光を跳ね返していた。
(売れているのは、嬉しい……けど)
心の奥に、僅かな不安が芽生える。
このまま噂が広まり、注目され続ければ、いずれ誰かが突き止めようとするだろう。
そして――本来隠しておくべき“目的”まで露見しかねない。
(ルミエルの記憶、量子の記憶、そして……俺自身の過去。 どれも、誰かに知られていいものじゃない)
張り詰めた沈黙の中、背後から柔らかな声が届いた。
「でも、リューク。 これで“次の扉”に近づいてる気がする」
ルミエルが笑顔で言った。
彼女は微笑みながらも、どこか確信に満ちた瞳でリュークを見つめている。
「量子の記憶も、もう遠くない」
リュークは一度目を閉じ、静かに深呼吸をしたあと、頷いた。
「ああ……準備は、着実に進んでいる」
心に秘めた決意は、静かだが熱かった。
金貨も、人脈も、技術も――すべては、その先にある“記憶の核心”へと辿り着くため。
そのとき、ルミエルが一歩近づき、リュークの肩にそっと手を置いた。
彼女の声は、今までになく真剣だった。
「量子の記憶は、私たちの未来を大きく左右する。 だからこそ、慎重に、確実に手に入れよう」
リュークはまっすぐに彼女の眼差しを受け止め、力強く頷く。
二人の間には、迷いのない静かな覚悟が満ちていた。
◆不意の来訪者と“魔導師の眼”
ギルドホールの夕刻。
冒険者たちの賑わいも徐々に落ち着き、受付前は静けさを取り戻しつつあった。
リュークが納品を終え、足取り軽く出口へ向かおうとしたその時――
「そこの君……例の“共鳴ポーション”を作った者ではないか?」
背後から落ち着いた、だがどこか張り詰めた声が届いた。
リュークは静かに振り返る。
そこには、黒衣をまとった中年の男が、いつの間にか立っていた。
漆黒のローブは重々しくも静かに揺れており、銀縁の眼鏡越しに鋭い視線が注がれていた。
どこか“浮いている”ような印象――それは存在感が希薄なのではなく、周囲と“噛み合っていない”違和感に近かった。
「……そうだが、あんたは?」
リュークが一歩、無意識に距離を取る。
男はすぐに名乗った。
「ヴァルト=グレイン。中央魔術学院の客員研究員で、魔導科学の専門家だ」
受付の奥にいたエリナが、はっとしたように顔を上げる。
その反応に、ルミエルも空気の異変を察し、すぐにリュークの傍へと歩み寄った。
「中央学院……」
ルミエルが低く呟く。名の知れた、魔術理論の頂点。
だが同時に、実験主義的な過激派も内包する“中枢”でもあった。
ヴァルトの纏う空気は、なぜか肌の内側に“じわり”と触れてくるような、そんな落ち着かない感覚を孕んでいた。
彼のローブの裾からは、淡く細かな“光のほつれ”のようなものが揺れており、風もないのにほんの少しだけ布地が揺れている。
リュークは目を細め、緩やかに警戒心を高めていく。
「“共鳴ポーション”――量子魔法との親和性を高める特異な効果。あれは非常に興味深い。
その完成度は、偶然などでは決して到達できない域にある」
「独学だよ。ただ、少し……試してみただけさ」
その言葉に嘘はない。だが、すべてでもなかった。
「そうか。だがな――」
ヴァルトはごくわずかに口元を緩めながら、懐から小さな黒い結晶を取り出す。
その仕草は妙に静かで、どこか“場の音”を奪うような空白が生まれる。
「君の調合法には、“体系”がある。そして、既存の錬金術の枠には収まらない、独特な……異質さがある」
言い終えると、彼は手の中の結晶を軽く傾けた。
ピチ……ッ
ごく小さく弾けるような音と共に、結晶が淡い光を放ち始める。
中から滲むのは、なにかを伝えようとするかのような、かすかな圧。
リュークの本能が、それを“ただの魔石ではない”と直感していた。
「……それは?」
リュークの声は、わずかに低く、警戒心を帯びていた。
「“量子干渉結晶”だ。学院でも限られた研究者しか扱わない、非常に特殊な物だよ」
ヴァルトは淡々と言いながら、指先で結晶を軽く弾いた。
淡い波紋が空気を震わせ、どこか耳鳴りのような余韻を残す。
「君のポーションと反応するか、少しだけ確かめさせてもらった。もっとも……ちゃんと正規の手続きを踏んでね」
「……まさか、勝手に使ったわけじゃないよな」
思わずリュークは険しい目で言葉を返す。
ヴァルトは口元だけで微笑む。
「安心したまえ。一本、正式に購入しただけだ」
その瞬間、リュークの背後でルミエルがそっと身を寄せ、低く囁いた。
「この人……ただの学者じゃない。 “目的”を持ってる。何かを探している……そんな気配がする」
リュークは無言で頷き、慎重に相手を見据えた。
ヴァルトは懐から小さな封筒を取り出し、差し出した。
「君にひとつ提案しよう。これに書かれた場所に、今度来てくれないか。 中央区の外れにある旧魔術塔の一室。もっと突き詰めた話ができるだろう」
リュークは受け取ることもせず、じっと相手を見たまま尋ねた。
「……断ったらどうする?」
「それなら、それでも構わないよ。ただ――」
ヴァルトは眼鏡越しにリュークをじっと見つめ、静かに言葉を続けた。
「いずれ、“君が辿る記憶の先”で、私が必要になる瞬間が来るだろう」
それだけを言い残し、ヴァルトは背を向けた。
ローブの裾が音もなく揺れ、彼の姿はギルドの夕焼けに溶けるように消えていった。
リュークは手元の封筒をじっと見つめた。
中には、地図と、古びた呪文式の断片らしきものが入っている。
彼はしばらく無言のままそれを指先で弄び、やがてポーション棚のほうへと視線を向けた。
そこには、すでに売れて空になった瓶が整然と並んでいる。
(……俺の作ったポーションが、ついに誰かを動かした。 それも、“あの世界”と繋がるような存在を……)
わずかな緊張と、高揚感。胸の奥に、相反する感情が静かに渦巻く。
「ルミエル……行くかもしれない。 あの“魔導師”のところへ」
言葉をかけると、ルミエルは迷いのない目で頷いた。
「うん。きっと、私の記憶とも繋がっているはず。 ……行こう、リューク」
そのやり取りを聞いていたシャドウファングも、静かに立ち上がる。まるで、「当然だ」とでも言うように、リュークの足元へ寄り添った。
こうして、夕暮れのギルドを後にした彼らは、封筒の地図を頼りに、新たな扉へと歩を進めることになる――。
次回:記憶干渉、揺れる真実
予告:封印核に秘められた「記憶」とは――
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