表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/103

第7話 魔物の正体を探れ

 リュークは宿の一室で、粗末なベッドに腰掛けながら、深く息を吐いた。


 薄い藁布団の感触がじわりと指先に伝わる。無意識に動いた指が、ほつれた縫い目をゆっくりとなぞっていた。


(魔物を倒せば、村での信用も得られるし、報酬ももらえる。だけど……)


 彼は、今の自分の立場を冷静に見つめていた。


 ――あの時、教会で。

 怒りが頂点に達した瞬間、空気が軋み、天井に淡く光る“魔法陣”が浮かびかけた。

 あれは、明らかに通常の魔術とは異質だった。


 世界そのものが、一瞬だけ、何かに干渉されかけていたような感覚。

(……俺の中に、あんなものが……?)


 あれは、自分の内側に眠る“何か”が、ほんのわずかに顔を覗かせた結果だったのかもしれない。


 けれど、それを制御する術は、まだない。


「レベルもスキルもない俺が、正面からぶつかっても、勝てる見込みは薄い」


 リュークは、そっと手のひらを見つめた。


 そこには、何かを掴み取ったような――あるいは、大切なものを零してしまったような、言いようのない違和感だけが残っていた。


 まともに戦っても、勝ち目はない。


 だからこそ、今の自分にできることを、考えなければならなかった。

 敵を知り、こちらが主導権を握る方法を考えなければならない。


 思考を切り替えるため、リュークは椅子から立ち上がった。


 窓辺に置かれていた水差しを手に取り、口を湿らせる。

 ひんやりとした水が喉を通り過ぎると、ほんの少しだけ思考が冴えた気がした。


「まずは、村人から話を聞こう」


 小さく呟き、リュークは扉を開ける。

 夜の空気が肌を撫で、草の香りと土の匂いが微かに鼻をくすぐった。


 ◆ 情報収集の開始

 広場には、夕刻の余韻を背負った村人たちが数人集まっていた。

 リュークは、その中でも最も年配に見える男性へと歩み寄る。


「すみません、村の外れに出る魔物について、何か詳しいことを教えていただけませんか?」


 老人はリュークをしばらく見つめたあと、やがて口を開いた。


「お前さんが、討伐を請け負った旅人か……まあ、話すだけなら構わんよ」


 リュークは軽く会釈し、その言葉に耳を傾けた。


 ──魔物の基本情報──

 ・正式な名称は不明だが、村では「夜影獣やえいじゅう」と呼ばれている

 ・出没するのは夜だけ

 ・家畜を狙うが、人間には今のところ被害なし

 ・姿を見た者はほとんどいない(暗闇と同化するように消えるため)

 ・捕食後に痕跡を残さず消える(骨や血も見つからない)


「……妙ですね」


 リュークは思わず腕を組み、眉をひそめた。

 普通の獣なら、痕跡は何かしら残るはずだ。


 だが、この“夜影獣”はそれすらも消してしまう。

 まるで存在そのものが、現実に痕跡を残さないように振る舞っているようだった。


「他に、何か変わったことはありませんでしたか?」


 リュークの問いに、老人は少し考えてからぽつりと口を開いた。


「そうだな……そういえば、夜影獣が現れる前後は、風がピタリと止むんだ」

「風が……?」


 リュークの脳裏に、何かが引っかかった。


 その情報が、ただの気象変化ではないことを、本能が告げていた。


 村人たちの証言を集めるうちに、夜影獣が普通の魔物とは異なる特徴を持つことが、次第に明らかになっていった。


 ◆ 現場の確認

 リュークは、実際に被害の出た場所を調べることにした。


 ミーナに案内され、村の外れにある放牧地へと足を運ぶ。

 柵はところどころが潰れ、木片がバキッと砕けていた。


「……足跡が、ない?」


 リュークはしゃがみ込み、土の表面を丁寧に指でなぞる。

 だが、そこには獣の足跡どころか、引きずった形跡すら見当たらなかった。


「え、ほんと? ほら、あたしも見てみる!」


 ミーナが勢いよく隣にしゃがみ込むが、バランスを崩してゴスッと膝を石にぶつける。


「いたたたっ……ちょっと待って、今日何回目よ……」

「……大丈夫か?」


「へ、平気平気! ちょっと膝がバキッて言っただけだから! えへへ……」


 ミーナは無理に笑ってみせるが、目元が微妙に引きつっていた。


「無理しなくていい」

「む、むりじゃないもん……」


 苦笑しながらも、リュークは再び地面に目を向ける。


「血の跡はあるのに、足跡はまったく残っていない……」

「じゃあ、飛んでたとか? 空から降ってきてドンって?」

「いや、それなら着地痕があるはずだ」


 ミーナが首をかしげる一方で、リュークの目にふと、草の一部だけが内側に向かってわずかに倒れていることが映った。


「……力を加えた形跡がある。でも、物体が通ったような圧痕じゃない」


 リュークの視線が鋭くなる。


「……ひょっとすると、“夜影獣”は実体を持っていないのかもしれない」

「え? それって、どういうこと?」


 ミーナがきょとんとした表情を浮かべる。


「つまり……目に見えても、それは“像”にすぎない。干渉する実体は、別の位相にあ

 る。重なってはいるが、通常の法則に従っていない可能性がある」


「ごめん、ちょっと難しい……要するに、どういうこと?」

「……姿は見えても、触れない“幽霊”みたいなものだ」


「えっ!? そ、それヤバいやつじゃない!? あたし、霊とかめっちゃ苦手なんだけど!」


 ミーナが慌てて身をすくめると、リュークは小さく息を吐いた――が、それはどこか呆れと微笑が入り混じった吐息だった。

 思わず口の端が緩む。


「まだ確定じゃない。ただ、この痕跡を見る限り――普通の魔物じゃないのは確かだ」


 ミーナは頷きながらも、そっとリュークの後ろに立つ位置へと回り込んでいた。


「ほら、こういうのは前に立つと危ないし、ちゃんと護衛は背後に回るっていうじゃない?」


「……いや、君が護衛なのか?」

「だってリュークさん、レベルないんでしょ? あたしのほうが一応、冒険者歴長いから!」


 どや顔のミーナに、リュークは思わず肩をすくめた。

 その動きは自然で、どこか力が抜けていた――


 気づけば、自分でも驚くほど自然に、軽く笑っていた。

 ほんの少し前までの張り詰めた空気が、彼女の調子外れな言葉ひとつで和らいでいく。


「……そうかもな」


 ――だが、笑いの裏側で、彼の脳裏にはすでに“対策”の構築が始まっていた。



 ◆ 村長との対話

 リュークは村長の家を再び訪ね、さらに詳しい話を聞くことにした。


「……また来たか」


 扉を開けた村長ロッドは少し驚いた表情を見せたが、すぐに無言で椅子を勧める。

 リュークは深く礼をし、腰を下ろす。


「魔物の討伐について、もう少し詳しく知りたくて来ました」


 村人たちの証言や現場の状況を、リュークは手短に説明した。

 ロッドは腕を組み、静かに唸る。


「……なるほど。話を聞く限り、確かにあれは“普通”の魔物じゃないな」


 やがて、彼は思案顔で口を開いた。


「実はな……ここ数日、妙な噂が出ている」

「噂?」

「夜影獣が現れる夜――村の端に、黒い人影が見えるそうだ」


 リュークの表情が引き締まる。


「黒い人影……それは、人の形をしているんですか?」


「そうだ。だが、誰もはっきりとは見ていない。霧のように揺れて、近づくと消えるらしい」


 ロッドは渋く眉を寄せた。


「それが何なのかは誰にも分からん。ただ、魔物と一緒に現れるというだけで、村の者たちは不安がってる」


(黒い影、人の形、近づくと消える……)


 リュークの脳裏に、今までの情報が次々と結びついていく。

 現場に足跡はなく、風が止まり、血だけが残る。

(夜影獣は……“実体”じゃない?)


「……影そのもの、か」

「なんだと?」


 思わず漏らした呟きに、ロッドが反応する。

 リュークは言葉を選びながら続けた。


「姿はあっても、実態がない。物理攻撃が通る保証もない。

 

 魔法……もしくは、それに近い何かが必要になるかもしれません」


「ふむ……そういう相手だったか。なら、対処法も難しくなるな」


 ロッドの声に、わずかな警戒と重みが混じる。

 リュークは立ち上がり、静かに礼を述べた。


「とにかく、準備を進めます。情報、ありがとうございました」


 家を出ると、夕暮れの空に影が差していた。

 空気がわずかに湿り、風の流れが止まりかけているのを、リュークの肌が感じ取っていた。


(……今夜、来るかもしれない)

 彼の足取りが、無言のまま広場へと向かっていく。


 次回:影獣と光の対抗手段

 予告:闇に潜む殺意。生き延びる鍵は“光”にあり。

読んでいただき、本当にありがとうございます!

読者の皆さまの評価や応援の言葉が、何よりの力になります。


もしよろしければ、「評価」や「感想」など、お気軽に残していただけると嬉しいです。

今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


今後も更新を続けていきますので、引き続きどうぞよろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ