第76話 知識が拓く商機と研がれる覚悟
森からの帰り道、リュークはふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……先日倒した魔物、少し気になる点があったな」
隣を歩くルミエルが、小首を傾ける。
「気になる?」
「普通の《コラルウルフ》だった。 けど――倒した後、体内から黒い結晶が出てきた」
「あれは……妙だった。形もいびつで、まるで力がこもったまま腐りかけたような……そんな感じだったんだ」
その言葉に、シャドウファングが低く「グルル……」と唸り声を漏らした。耳を伏せ、微かに警戒するような仕草。どこかその結晶に覚えがあるようにも見えた。
宿に戻ると、リュークはすぐさま結晶を袋から取り出した。
手に持つと、すっと体温を奪われるような冷たさが伝わる。闇色の表面は光を吸い込み、僅かに“ズ……ズ……”と微振動を響かせている。
「……やっぱりただの鉱石じゃないな」
リュークは額に皺を寄せ、すぐに指先を向けた。
「《鑑定》」
瞬間、視界が歪む。淡い青白い輪郭が結晶を包み、無機質なデータが頭に流れ込んでくる。
【黒結晶(闇核欠片)】
【分類:未知の魔力結晶体】
【闇の核由来の魔力反応を示すが、完全体ではない。劣化、断片化が進んでいる。】
リュークは息を呑んだ。
「……やはり、闇の核と似た波長か。けどこれは欠片……完全ではないな」
ルミエルが隣から身を寄せ、少し緊張した声を出す。
「量子魔法が関係してる可能性も高いかも。 封印された“闇”の力……まだどこかで、流れ出してるのかもね」
「……可能性はあるが、確証はない」
リュークは結晶を布で包み、懐へしまいながら静かに結論を下した。
「今はこれ以上深入りしない。 だが、いずれ必要になる時が来るだろう。 覚えておくくらいはしておくさ」
ルミエルは柔らかく頷き、シャドウファングも控えめに鼻を鳴らした。
そのまま三人は、何事もなかったかのように道具の整理を始め、次なる行動へと静かに歩みを進めた。
◆調合と小さな勝利
鑑定を終えると、リュークはすぐにテーブルへ向かい、調合器具を広げた。
ルナハーブの茎、セレナ草の抽出液、そして昨日試作した安定剤――これは、揮発と沈殿を抑えるために特別に調合した補助薬だった。
わずかに青白い光を帯び、液体が滑らかに瓶の内側を流れる。
「よし、素材の状態は理想的だ。これなら、かなりの精度で仕上がる」
リュークは小声で確認し、慎重に調合を始めた。
火加減、時間、撹拌の速度――全てが寸分の狂いなく進む。
脳内に流れ込んだ《化学の記憶》が、まるで自分ではない誰かの手を借りるかのように、自然に指先を導いていく。
その様子を、ルミエルは息を飲みながら見守っていた。
彼女はリュークの動きを読み取り、必要な器具を絶妙なタイミングで差し出す。
まるで長年の相棒のような、息の合った連携だった。
「……ここで安定剤だな」
リュークは瓶の口から、ほんの数滴を液体に加える。
混ざり合った瞬間、液体の色がふっと均一になり、まるで息を整えたように、煮立ちも泡立ちも静まった。
ルミエルが驚いたように声を漏らす。
「……すごい、安定してる」
リュークは小さく頷く。
「これで雑味や劣化の心配はない。最高品質に仕上がるはずだ」
仕上げの処理を終えると、ルミエルがふっと息をついた。
その唇から、不意に旋律が漏れ出す。
「……ララ、ララ……ルス・エテルナ……」
それは歌とも呪文ともつかない、どこか懐かしくも奇妙な旋律だった。
リュークは思わず手を止める。
だが、ルミエル自身は気づかぬまま口ずさみ続けている。
「完成――《回復ポーション・改良型》」
リュークは小瓶を持ち上げた。淡い桃色の液体が、瓶の中で静かに揺れている。
見るだけで、品質の高さが伝わってくる。鑑定を起動するまでもない。
ルミエルはその輝きをじっと見つめ、ぽつりと呟く。
「ねえ、リューク。量子魔法の記憶が開放されたら……私は、きっと、もっと思い出すと思う」
リュークは少しだけ柔らかく笑い、頷いた。
「その時は……一緒に思い出そう。君の記憶も、俺の真実も」
ルミエルは照れたように微笑み、先ほどの旋律をもう一度、無意識のうちに口ずさんだ。
「……ララ、ララ……laluzque――……ふふっ、なんだろ、今の……変なの」
「なんだそれ?」
「わかんない。……でも、なんだか懐かしい気がして」
リュークは思わず肩をすくめた。だが、そのやり取りの中には、確かに新しい絆のようなものが生まれていた。
朝日が、宿の小さな窓から静かに差し込んでいた。
リュークはわずかに顔をしかめながら目を覚まし、静かに体を起こす。
枕元には、昨晩仕上げたポーションの瓶が5本――それらは朝の光を受け、微かに金と桃の入り混じった輝きを放っていた。
(副次効果付きのBランク……これなら十分通用する)
彼は瓶を手に取り、重みと粘度を確かめるように軽く振った。
中の液体がとろりと音を立て、瓶の内側を滑っていく。
視覚だけでなく、感覚でも品質の高さが伝わってきた。
「依頼報告も兼ねて、納品するか」
そこへ、眠そうな声が聞こえてくる。
ルミエルが、まだ半分寝ぼけた顔でリュークの横にやってきた。
「ギルドに行くの?」
「依頼品の提出と報酬の受け取り。あと、次の依頼も見ておきたい」
リュークは言いながら革袋にポーションを詰め、手慣れた様子で肩にかけた。
シャドウファングも足元で小さくあくびをし、すぐにぴたりと耳を立てた。出発の気配に、すでに体が反応している。
――ギルド。
重い石造りの扉を押し開けると、冒険者たちの賑わいが耳に飛び込んできた。
受付のエリナが帳簿を整理していたが、リュークに気づくと笑顔で顔を上げた。
「おはよう、リューク。例の採取依頼、進んだの?」
リュークは無言で革袋を差し出す。
「これが完成品。回復ポーション5本。どれも高品質だ」
エリナは一本を慎重に取り出し、鑑定装置にそっと載せる。
カチリ、と音が鳴り、魔力が瓶の中で青く明滅する。数値が浮かび上がると、彼女は思わず目を見開いた。
「……Bランク!?これもすごいわ。報酬は当然、上乗せになるわね」
「助かる」
リュークの口元が僅かに緩む。
エリナはさらに言葉を続けた。
「これだけの品質なら、ギルド販売棚に並べるのもありよ。どうする?」
「代行販売で頼む」
「了解。売れた分は、また報告するわね」
エリナが手際よくポーションを整理していく間、リュークは残る採取依頼の品――ルナハーブとセレナ草――も差し出した。
「これで依頼は完了。報酬はポーションの分と一緒に渡すわ」
リュークは一つ頷くと、カウンター横の掲示板へ視線を向けた。
依頼の札が、風に揺れてかすかにパタパタと音を立てている。
(金貨を稼ぎつつ……次の記憶解放に備えないとな)
彼の視線は、いつのまにか遠く、より高みを目指していた。
その背中を、ルミエルとシャドウファングが静かに見つめる。
そして彼らは、また一歩、扉の向こう――新たな未来へと進み始めた。
次回:仮初めの平穏、光なき伝承
予告:知らぬ記憶と歌が導く先に
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