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【メモリーバンク】異端者扱いされた俺が“量子の魔法”を使ったら世界が変わる――記憶もスキルも無かったけど最強になって行く。  作者: カイワレ大根
第5章

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第74話 静かなる錬成、そして揺らぐ自我

 ◆ポーション調合―静かなる錬成

 宿の一室。朝焼けの光が窓辺を照らし、わずかに開いた窓から草木の匂いを含んだ風が流れ込む。


 リュークは無言のまま机に向かい、昨晩整えておいた調合器具へと手を伸ばした。


 ガラス瓶がカツッと乾いた音を立て、攪拌棒がカラリと転がる。簡易蒸留器の金属部分を指先でなぞると、ひやりとした冷たさが肌に伝わってきた。


 隣には、束ねられた乾燥薬草。ほのかに鼻を突く青臭さが、室内の静寂をかすかに乱している。


(昨日までの俺なら、ただ混ぜて火にかけるだけの単純作業だった……だが今は違う)


 薬草の切断面に視線を凝らす。

 細胞組織の微細な凹凸、わずかに茶色く変色した葉の縁――今までなら見過ごしていたそれらが、今ははっきりと“データ”として脳裏に浮かんでくる。


「……葉の縁、変色。水分量、基準値より約3%低下……このままじゃ不安定だな。安定剤を追加するべきだ」


 思わず漏れた独り言に、リューク自身が一瞬だけ目を見開く。


 あまりにも自然に、頭の奥から知識が湧き上がってくる。まるで、誰かに囁かれたかのように。


(……気持ち悪い)


 昨日、脳へ流し込まれた“化学の記憶”。

 それが今、自分の言葉となり、行動を導いていることにリュークは嫌悪と困惑を隠せなかった。


 だが、深く息を吐き、雑念を押し殺す。


「今は――目の前の作業に集中だ」


 リュークは加熱皿の火力を調整し、抽出液の色の変化を見つめた。**ポコ……ポコ……**と規則正しく立ち上る青緑の泡。


 薬草の有効成分が滲み出し、液体が滑らかに粘度を増していく。

 室内に漂う蒸気は、以前のように焦げた匂いではない。むしろ柔らかく、どこか甘さを帯びた香りだった。


(適正温度……有効成分のみを抽出できている証拠だ)


「……安定してる。これでいい」


 リュークは慎重に火を止め、液体をガラス瓶へと流し込む。**トポトポ……**という音と共に、瓶の中へ透明な液が満たされていく。


 栓を閉め、光にかざすと、ほんのわずかに金色の輝きが液の中に揺れていた。

 その様は、まるで生命の鼓動のようでもあった。


「……完全に“上位品”だな」


 思わず漏れた呟きには、確かな手応えとわずかな驚きが混じっていた。

 彼の記憶に残る過去のポーション――曇った液、沈殿物、ムラだらけの効果。


 それらは、今目の前にある澄んだ液体と比べるまでもない。これこそが、知識による進化。

 だが、リュークは静かに目を伏せた。


(……だが、これは本当に“俺の力”なのか?それとも、ただの“他人の記憶”か……)


 混じり合った記憶と技術の狭間で、彼は言い知れぬ違和感を飲み込み、再び作業台に向き直った。



 ◆鑑定の目、知識の証明

 完成したポーションを再度手に取ったリュークは、しばしその透明な液体をじっと見つめた。


 金色の光が瓶の内部でゆらりと揺れ、波紋のように柔らかく広がる。わずかな粘度が、光を幾重にも屈折させ、ほのかに煌めく残光が指先を照らした。


(目に見えるだけでも、これが高品質なものだとわかる……だが、今の俺には、さらに確かな手段がある)


 リュークは静かに息を整え、意識を指先へと集中させた。


「《鑑定》……発動」


 低く呟いた声が部屋の静寂を切り裂くと、次の瞬間――視界がぐにゃりと歪む。

 瓶の内部に宿る魔力と成分構造が、淡く輝く青白い輪郭となって浮かび上がった。


 ズズッ……というわずかな圧迫感とともに、脳内へとデータが流れ込んでくる。

 構成式、純度、効能、安定率。かつて知り得なかった情報が、今や明確な数値と色彩で理解できる。


(――これが、知識の力……!)


 ________________________________________


【高純度回復ポーション・試作型】


 品質:Bランク

 効果:体力を中程度回復。副次効果として軽度の精神安定作用あり。

 成功率:77%(使用材料および調合法による)

 備考:安定剤使用により分離反応なし。抽出効率の高さにより、従来のCランク回復ポーションの約1.4倍の効果を有する。


「……Bランクか」


 思わず漏れたその声は、静かな部屋に反響するように響いた。


 かつて彼が必死で調合していたポーションは、どれもせいぜいDかCランク止まり――それを思えば、この結果は異常ともいえる。


 視界から淡い光が消え、《鑑定》の情報が意識の奥にゆっくりと溶け込んでいく。だが、胸の奥に残るその余韻は、今もなお色濃く残っていた。


「これは……売れる。いや、それどころじゃない、目をつけられるかもしれない」


 リュークは慎重にポーションを袋に収めた。

 カチャリ、と瓶同士がかすかにぶつかり合う音が、妙に耳に残る。その手はわずかに震えていた。


 高品質ゆえの期待――そして、同時に芽生える得体の知れない不安。彼の胸は静かにざわめいていた。


 その気配を敏感に察知したのは、ルミエルだった。


「……リューク?どうしたの?」


 その声は、まるで夜風のように優しく、彼の緊張を和らげる。


「いや……ちょっと驚いただけさ。今まで作ってきたものとは……次元が違うからな」


 リュークは肩をすくめ、苦笑するしかなかった。


「《鑑定》、使ったの?」


「うん。確かに“知識”としては正しいんだ。けど……」


 言葉が、そこで途切れる。


 このポーションは、自分の力によるものなのか。それとも、メモリーバンクの知識――他人の記憶の産物なのか。


 彼の中で、答えの出ない問いが渦巻いていた。


 そんなリュークを、ルミエルは柔らかな微笑みで包み込むように見つめた。


「でもね、鑑定でBって出たってことは、ちゃんとあなたの力で作ったってことじゃないかな?」


「……そうだな」


 リュークは静かに息を吐き、迷いを振り払うように立ち上がる。

 脚に伝わる床のわずかな軋みが、その決意を象徴しているようだった。


 ここで、ルミエルがふいに笑みを浮かべる。


「でもさ、これでポーション屋さん開けるね、リューク店長」


「やめろ、そのネーミング……語呂が悪い」


「じゃあ、“蒼銀の調合師”?」


「ますます怪しいな」


「じゃあ、“怪しげな仮面の薬師”!」


「……なんで急に仮面を着けさせた」


 クスクスと笑うルミエルに、リュークもつられて表情を緩める。


 その横で、シャドウファングが**フン……**と鼻を鳴らし、テーブルの上の瓶にそっと鼻先を寄せる。


「お前まで品定めか……毒見は頼まんぞ」


 リュークがそう言うと、獣はあからさまに顔を背けてみせた。


「ふふ……じゃあ、私が毒味してあげる」


「それはやめてくれ。全財産を失う覚悟がいる」


 軽口の応酬に、空気が少しだけ柔らかくなる。


 その何気ない一瞬が、彼らにとって“今までとは違う日常”を実感させてくれた。

 そして改めて、リュークは手元のポーションを見つめ、表情を引き締めた。


「行こう。ギルドで……これがどれほどの価値を持つのか、確かめてみたい」


 その手には、確かに昨日とは異なる確かな自信が宿っていた。



 次回:錬金の扉へ――小さな成果と森の試練

 予告:ポーションが売れ、量子の記憶解放への道が開き始める。だが薬草採集の森で、巨大な魔物が牙を剥く――。

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