第71話 記憶の扉と、量子に封じられし真実
リュークは宿の薄暗い部屋に戻ると、背後の扉を静かに閉ざした。
手には、ギルドから受け取ったばかりの、ずっしりとした重みを持つ金貨が握られている。
シャドウファングは、いつものように彼の足元で静かに座り、ルミエルはリュークの肩に寄り添うように腰掛けている。
その黄金の瞳が、じっと主の動きを追っていた。
「これで……ようやく、手が届く」
リュークは疲労困憊の身体をベッドに預け、手のひらの上の金貨を見つめた。
月明かりがわずかに差し込み、鈍く金色に輝くそれは――失われた記憶と真実を開く唯一の鍵だった。
深く息を吸い、意識を極限まで集中させる。
脳裏に浮かぶ無機質なシステム表示に、静かに語りかける。
【メモリーバンクLv.2開放条件:金貨小5枚】
「……開放する」
その言葉を合図に、金貨が淡い光をまとい始め、ふわりと宙へ舞い上がった。
シャドウファングが低く**グルル……**と唸る。室内の空気がぴんと張りつめ、わずかに震えた。
金貨は、まるで時が逆流するかのように砂状の粒子へと砕け、リュークの額へと吸い込まれていく。
「くっ……!」
鋭い電子ノイズが頭の奥へ突き刺さり、リュークは思わず顔をしかめた。
【メモリーバンクLv.2開放……】
耳鳴りと共に視界が暗転する。
光に引きずり込まれるようにして、彼の意識は深い奈落へと沈み込んでいった――。
そこに現れたのは、断片的な映像。
洪水のように押し寄せるそれらは、彼の思考を塗り潰していく。
無機質な白い壁で囲まれた巨大な研究施設。
ガラス張りの部屋では、白衣を纏った研究者たちが複雑な装置を操作している。
その中央には、異様な存在感を放つ巨大な装置が鎮座していた。脈打つように淡く青い光を灯すそれの名は――
「量子記憶装置……?」
呆然と呟くリュークの前で、装置は静かに鼓動している。
中心に浮かぶ脈動するクリスタルを囲むのは、絡み合うように刻まれた魔法陣。
量子操作技術によって拡張されたその紋様は、未知なる力を秘め、今なお生きていた。
その時、耳元で誰かの声が重なる。
「記憶の断片を……集め……新たな力を呼び覚ませ……知識を求めよ……」
それは命令か、導きか。
リュークはただ、意識の奥でその声に耳を傾け続けた――。
耳元で囁くような声が響き渡ると同時に、リュークの全身に、焼けるような熱が奔った。
頭の奥に、何かが刻み込まれていくような感覚。剣術、魔術、そして、これまで経験したことのない、異質な知識。
【リューク・サーガハート】LV.9
HP:220/220
MP:160/160
筋力:30
敏捷性:35
耐久力:25
魔力:45
スキル:メモリーバンクLV.2、鑑定、剣術の記憶(初級)、魔術の記憶(初級)、日常の記憶
【未開放スキル】
物理学の記憶(初級):開放条件金貨小50枚
化学の記憶(初級):開放条件金貨小50枚
量子力学の記憶(初級):開放条件金貨小50枚
量子視覚:開放条件金貨小10枚(量子力学の記憶(初級)開放後)
解析眼:開放条件金貨小10枚(量子力学の記憶(初級)開放後)
荒い息を整えながら、リュークはゆっくりと目を開けた。
手のひらには、わずかに残る光の残滓が淡く瞬いている。
彼はその輝きを見つめ、静かに拳を握りしめた。
「これが……俺の力……量子魔法……。だが……金貨が、まだ……足りない……」
吐き出すような声が、部屋の静けさに沈む。
そのとき、不意にルミエルの瞳が、星のように淡く輝き始めた。
光は波紋のように広がり、周囲の空気を震わせる。シャドウファングの体も同様に光に包まれ、二人の輝きは次第に強さを増していく。
やがて神聖な光が部屋全体を満たし、空間は静謐に染まった。
その光が収まると、ルミエルはゆっくりと目を開け、まるで夢から覚めたばかりのような呆然とした表情で口を開いた。
「……思い出した。私は、量子魔法を操る存在。闇の核は……私を封じるために造られたものだったの。」
リュークは思わず眉をひそめる。「封じる、ため……?」
「うん。私はかつて、遺跡を守る存在だった。でも――何者かが量子魔法を悪用して闇を呼び寄せた。それを止めるため、私は自らを封印したの。」
ルミエルは震える指先をぎゅっと握りしめ、淡く震える声で続けた。
「でも……全部じゃない。まだ奥に、もっと深い記憶が眠っている。」
リュークは静かに彼女の手を取り、言葉をかけた。
「大丈夫だ。ゆっくり思い出せばいい。俺たちが――お前を守る。」
その言葉に、ルミエルの瞳が潤み、ほっとしたように微笑んだ。
シャドウファングもまた、どこか懐かしむように、弱々しい唸り声をあげ、ルミエルの傍に寄り添う。
「行こう、ルミエル、シャドウファング。今度こそ――この力で真実を掴むんだ。」
リュークの言葉に呼応するように、ルミエルとシャドウファングはそっと頷いた。
三人は、まだ見ぬ真実へと歩みを進める覚悟を胸に、再び静かに夜を越えていく。
回想
闇に包まれた広間は、まるで時間そのものが凍りついたかのように、息を潜めていた。
天井から垂れ下がる無数の黒い鎖が、わずかな気流に反応して**ギィ……ギィ……**と乾いた悲鳴を上げる。
その音だけが、沈黙の空間に不気味に響いていた。
広間の中央。
黒曜石で造られた玉座は、まるでこの空間の主の威厳そのもののように静かに佇んでいる。
そこに座る影――闇の王は、まさに深淵そのものだった。
漆黒のマントが宙に揺らぎ、黒霧のように周囲の光を呑み込んでいく。
顔はフードの奥深くに隠されているが、ただ紅い双眸だけが、虚無を切り裂くように妖しく輝いていた。
やがて、静寂を破るように広間の隅から**ズ……ズズ……**と何かが這い寄る音が響く。
姿を現したのは異形の従者。
人とも獣ともつかぬその影は、ねじれた肢体を屈め、床に膝をつく。
そして、氷のように冷たい声で報告を始めた。
「……ご報告を。遺跡の守護者が討伐されました。」
その言葉が落ちた瞬間――
闇の王の紅い瞳がわずかに細められる。
刹那、**ギギ……ギチチ……**と空間そのものが軋み、重圧が広間全体にのしかかった。
従者の影は恐怖に震え、さらに身を伏せる。
「誰が……?」
その声は深く低く、まるで耳元で直接囁かれるように広がり、空気を震わせる。
ただ一言で、広間の空気はさらに凍りついた。
「冒険者のパーティ、『暁の剣』にございます。」
従者は震える声で続ける。
「彼らは闇の核の残滓を持ち帰り、すでにギルドに報告を……」
「暁の剣……。」
闇の王はその名を反芻するように低く呟き、ゆっくりと唇の端を歪めた。
コツ……コツ……
玉座の肘掛けを長い指で叩く音が、まるで処刑の鐘のように重く鳴り響く。
そのたびに、空間はさらに歪み、底知れぬ威圧感を放った。
広間は、再び緊張と静謐に包まれた。
闇の王の思考が、静かに、しかし確実に新たな脅威へと向かい始めていた――。
「光にすがる小虫どもが、また余計なことをしてくれたようだな。」
広間の隅で、闇がざわめいた。まるで何者かが忍び笑いを漏らしたかのように、空気が歪む。闇の王は立ち上がり、漆黒のマントを翻す。
彼の手元には、黒い結晶体に無数の光点が浮かぶ装置があった。
それは「量子観測器」と呼ばれる代物で、魔力の流れを量子レベルで視覚化する特別な装置だ。玉座の側には、量子エネルギーを蓄積する水晶管が並んでおり、ほのかな青い光を放っている。
この技術は夜の都市(NightCity)の失われたとされるはずだったが、闇の王の手により、今まさに再び目覚めようとしていた。
「だが、まだ終わりではない。奴らが持ち帰った残滓は、我が復活への礎に過ぎぬ……。」
紅い瞳が不吉に輝く。その瞬間、広間全体が闇に飲み込まれた。
鎖がうねり、空気がねじれ、無数の影が王の足元に集う。
「暁の剣……次に目覚める時、お前たちは我が力の証となるだろう。」
冷ややかな笑い声が闇に響き、やがてすべては静寂へと戻った。
次回:記憶の海と、交差する影の輪郭
予告:記憶の開放――目覚めた先に残されたのは
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