第70話 祝宴の余韻と、封じられた記憶
翌朝、リュークたちはギルドマスターの執務室へと呼ばれた。
木製の重厚な扉をギィ……ッと押し開けると、そこにはギルドマスター・ヴォルグが腕を組み、窓から差し込む朝日を背にして立っていた。
銀髪に刻まれた皺と鋭い眼差しが、彼の歴戦の経験と威圧感を物語っている。
「……お前たちが遺跡から持ち帰ったという、闇の核の残滓を見せてみろ。」
低く、重みのある声が室内を満たす。
リュークは懐から淡く青白い光を放つ小さな欠片を取り出し、そっと机の上に置いた。
ヴォルグは目を細め、欠片へと手をかざす。
**スゥ……**と魔力が僅かに反応し、空気が張り詰める。
「これが……あの遺跡の元凶か。」
しばし沈黙の後、ヴォルグは唸るように呟いた。
「信じがたいが、確かに邪悪な力の名残が感じられる。」
リーナが一歩前へ出て、慎重に口を開く。
「遺跡の最奥には魔法陣があり、闇の核が中心で脈動していました。それが影を生み出す元でした。」
「そして戦闘中、古代文字が浮かび上がり、まるで警告のような詩が刻まれていたんです。」
「……古代文字だと?」
ヴォルグの表情が僅かに険しくなる。
「それを覚えているか。」
リーナは頷き、記憶を辿るようにそっと言葉を紡いだ。
「――『深淵の闇は、光の意志により束ねられ、虚無の彼方に葬られん』……確か、そう記されていました。」
「……ふむ。」
ヴォルグは深く息を吐き、重々しく机に肘をつく。
「その文言……古代戦争時代に残された封印詩の一節だ。 おそらく、あの遺跡は光と闇の力を封じるための施設だったのだろう。」
「だが封印は長い年月で弱まり、影が漏れ出していた……そういうことか。」
ガルドが腕を組み、顔をしかめる。
「ってことは、つまり……俺たちはとんでもないもんをぶっ壊したってことか?」
「いや、むしろ止めたんだ。」
ヴォルグは断言するように欠片を見つめ返した。
「だが、これをこのままにしておくわけにはいかん。ギルドで厳重に保管する。」
そこへザックが、待ちきれないといった様子で身を乗り出す。
「で、その――大仕事の報酬ってのは?」
ヴォルグは一瞬だけ意地悪そうに目を細めたが、やがて柔らかく笑った。
「ふ……安心しろ。お前たちの功績はギルド史に刻まれるほどのものだ。 通常報酬に加え、特別報酬を上乗せし、正式な討伐証明書も授与する。」
「おっしゃ!」
ザックは満足そうに拳を握り、ガルドとリーナは静かに顔を見合わせた。
リュークは欠片を見つめながら、まだ拭いきれない不安と、新たな旅の予感を胸に秘めていた――。
リュークたちは顔を見合わせ、互いの無事を確かめ合うように、安堵の笑みを浮かべた。
その緊張から解き放たれた空気に、執務室の静けさがじんわりと染み渡る。
「お前たちの働きに感謝する。街を救った英雄として、胸を張れ。」
ヴォルグは静かに言い、重みのある足取りで席を立つと、リュークたちに深々と頭を下げた。
その仕草に、長年戦場を渡り歩いてきた男の本気の敬意がにじむ。
夜――
ギルドは、リュークたちの偉業を称える宴で賑わっていた。
杯がぶつかり合い、カラン、カランという音が夜の静けさを彩る。
笑い声と酒の香りが漂う中、リュークたちもまた、それぞれの想いを胸に杯を交わしていた。
リュークはふと、酒場の片隅に腰を下ろし、遠く遺跡の方角を静かに見つめる。
ルミエルが隣にそっと寄り添い、シャドウファングは彼の足元で丸くなり、静かに寝息を立てていた。
彼の柔らかな毛並みを撫でるリュークの手も、どこか無意識に動いている。
「これで……本当に終わったのかな……」
リュークの小さな呟きに、隣のルミエルが、微笑みながら答える。
「きっと、これは始まりなんだよ。」
その声は、あまりにも穏やかで、けれどどこか遠くを見つめるようでもあった。
リュークは静かに息を吐き、苦笑いを浮かべる。
「……なら、この平和に乾杯だ。」
カチン――
仲間たちの杯が静かに音を立て、笑顔と共に夜は深く静かに更けていく。
ギルドの広間は、冒険者たちの笑い声と談笑で賑わっていた。
リュークたちは長い戦いを終え、ようやくカウンター前に集まっていた。
ヴォルグが分厚い帳簿をパタンと開き、重い眼差しをリュークたちに向ける。
「遺跡の守護者討伐、闇の核の残滓回収、さらには古代文字の解読まで……」
低く響くその声に、周囲の冒険者たちも耳を傾け始める。
「――今回の功績は計り知れん。報酬も相応のものになるだろう。」
ヴォルグは引き出しから重厚な金袋を取り出すと、**ゴトン――!**と音を立てて机に叩き置いた。
金袋の口がわずかに開き、**シャラ……シャラ……**と金貨が滑り落ちる鈍い音が響く。
目映い光を放つ金貨に、ザックが思わず身を乗り出した。
「へへっ……これだけあれば、しばらくは豪遊だな!」
ザックの口元が緩む。
ガルドはそんな彼を横目に、腕を組んで頷いた。
「命懸けだったし、これくらいはもらって当然だな。」
ヴォルグは無言で再度袋をいくつか取り出し、追加の金貨を入れていく。
「これが基本報酬、そして古代遺跡の調査貢献分を加えた特別手当」
「合計――金貨小200枚だ。」
重々しい言葉と共に、袋が次々と仲間の前に差し出される。
ガルドが手際よく袋を仕分けし、それぞれの手元に配る。
リューク、リーナ、ザック、そしてルミエルへも。
「ほら、お前も受け取れ。」
ルミエルは差し出された小さな袋を見つめ、きょとんとした後、そっと微笑んだ。
「ありがとう……!」
彼女の素直な礼に、思わず皆が和んだ空気になる。
その時、カウンターの奥からギルド職員のエリナが足早に姿を現した。
手には一枚のカードと、簡素な通知書を持っている。
「リュークさん。」
彼女は真剣な表情で続けた。
「あなた――Dランクに昇格よ。」
突然の言葉に、リュークはわずかに目を見開いた。
「……俺が?」
驚きを隠せないリュークに、エリナは柔らかく微笑み、力強く頷いた。
その言葉に、仲間たちも自然と笑みを浮かべる。
ほんの少しだけ、確かな“前進”を実感した瞬間だった。
「少し早いけど、今回の功績はギルド史に残るほどの依頼の達成と、あなたの動き、仲間との連携」
「それに……あなたは、十分すぎるほどの功績を見せてくれたわ」
「ギルドマスターも了承してるわ」
ヴォルグもうなずいた、そして付け加えた。
「だが早すぎるのは事実だ、まだ経験が見合ってないとは思うが……これは報酬のめんが強い」
ガルドがニヤリと笑った。
「おいおい、こんな早さで昇格する奴、滅多にいねぇぞ?」
ザックも口笛を吹いてから、肩をすくめた。
「まあ当然だな。あの場面、お前がいなきゃ詰んでたし」
ルミエルも、そっと頷いた。
「うん。リュークのおかげで助かった。何度も」
リュークは一言、
「……ありがとう」
と呟き、渡されたDランクのギルドカードを手の中に収めた。
重さは変わらないはずなのに、どこか“責任”のようなものが、掌に残った。
「これで、受けられる依頼も増えるわ。少しずつ、できることも広がると思う」
エリナの言葉に、リュークは小さく頷いた。
そして、短く深呼吸する。
——これで、ようやく“冒険者”として一歩進めた気がする。
その後、仲間たちはギルドの酒場で遅い夕食を楽しんでいた。ルミエルは窓際に座り、夜空を見上げていた。
その瞳には、かすかな光が揺れている。
ルミエルがそっとリュークの袖を引いた。
「リューク……少しだけ、話せる?」
小さな声だった。リュークは瞬時に真剣な気配を感じ取り、こくりと頷く。
二人は酒場の賑わいを避けるように、静かな隅へと移動した。
ルミエルは不安げに辺りを見回し、ためらいがちに切り出す。
「少しだけ……何か、思い出したの。メモリーバンクのこと――解放について。」
彼女の瞳が淡い光を帯び、万華鏡のように微細に色を変えていく。リュークは息を止めた。
「メモリーバンク……解放……?」
「私の記憶……その一部が封印されているの。 でも、解放が進めば、もっと思い出せる。きっと――影の正体や、遺跡の秘密も。」
ルミエルは拳を胸元で握りしめ、どこか焦るように言葉を続けた。
「それに……私は“量子魔法”の一部でもあるの。 メモリーバンクは、記憶を保存するための装置……。 上位レベルを開放するには……金貨が必要になる。」
リュークは静かに目を細め、周囲を警戒した。ガルドたちにはまだ話すべきではない。
彼らが……これからの戦闘……まだ見極める必要がある。
「解放には、多くの金貨が必要だ」リュークが考える。
「うん。今持っている分じゃ、きっと足りない……。」
ルミエルは俯き、どこか頼りなさげに声を落とした。リュークはしばらく考え込んだ末、そっと彼女の肩に手を置く。
「分かった。けど、今は……このことは俺たちだけの秘密にしておこう。」
「……うん。」
ルミエルは不安げに頷いた――が、その視線がふと、リュークの首元へ向かう。
「……まだ、持っていたんだね」
リュークが戸惑って首を傾げると、彼女は微笑みながら指を伸ばす。
リュークの胸元、衣の隙間からのぞいたくすんだ金属片の首飾り。風化しかけた記録文様が、かすかに月光を受けて輝いていた。
「それ……私が、昔あなたに……あげたような、気がするの」
声はあくまで穏やかだったが、どこか“確信”とは違う響きが混じっている。
思い出そうとしても、細部はまだ霞がかかったまま――けれど、“何か”が繋がっている。そんな曖昧な確信。
リュークは目を伏せ、そっと首飾りに手を添えた。
「……ルミエルが?」
「うん。でも、いつ、どうやって……までは思い出せないの。ごめんね、こんな曖昧で……」
「いや、ありがとう。……なんとなく、そうなんじゃないかって気はしてた」
ルミエルは、ふと口元に笑みを浮かべて言った。
「まあ、あげたのが私じゃなかったら……誰か他の女の子の可能性もあったけどね?」
リュークは即座に真顔で返した。
「……だったら、たぶん今ここで問い詰められてる」
「えっ、問い詰めるのは私なんだ?意外と嫉妬深いタイプ?」
「じゃなきゃ、こんなに用心して一人で動いてない」
「ふふっ、なるほど。言い訳としては合格点あげる」
くすりと笑ったルミエルの横顔には、いつもの緊張感が少しだけ和らいでいた。
そして、リュークの手をぎゅっと握り返す。
その足元で、シャドウファングが**フン……**と鼻を鳴らし、二人の間に割って入るように寄り添う。
「……お前も気になるのか」
リュークが苦笑する中、シャドウファングはやや誇らしげに尾を揺らしていた。
リュークは視線を窓の外へ移した。
静かな夜空。星々は変わらず瞬き続けている――だが、彼の胸中にあるものは違った。
「……これで終わり、じゃない。」
低く、リュークは呟く。
「必ず手がかりを見つける。まだ……俺たちの戦いは始まったばかりだ。」
ルミエルは、そんなリュークを見つめ、微笑んだ。彼女の瞳は、どこか決意に満ちた色へと変わっていた。
静かに、新たな冒険の鼓動が、夜の闇に溶け込んでいった――。
次回:記憶の扉と、量子に封じられし真実
予告:開かれるのは、力の記憶か、それとも災いの兆しか。
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