第64話 闇の回廊と不死の軍勢
「またアンデッドか……!ここで潰しておこう、全員、迎え撃て!」
ガルドが剣を抜き放ち、力強く号令をかけた。
リュークも短剣を握り直し、シャドウファングが低く唸りながら敵を鋭く睨みつける。
その視線の先――すでに人の形を失った異形の存在が現れる。
骨が剥き出しの腕、腐敗してただれた肉体、焦点の合わない光のない瞳。
その不気味な視線が、じりじりとリュークたちを捉え、**ズズ……ズン……**と重い足取りで迫ってきた。
「……普通の魔物と違う。殺気がないのに、底知れない不気味さがある」
リュークの呟きに、ザックが素早く周囲を見渡し、壁際の瓦礫に目をつけた。
「罠を仕掛ける!時間を稼いでくれ!」
「任せろ!」
ガルドが前に躍り出てアンデッドを引きつけ、大剣を構える。
アンデッドの錆びた剣が**ギギギ……ッ!と耳障りな音を立て、ガルドの剣と激しくぶつかる。
その衝撃に、ガルドの足元がズンッ!**と沈み込む。
「重い……!」
思わずガルドが呻く。
その瞬間、アンデッドの口からは、生者にはあり得ない**ゴロ……ゴロ……**とかすれた呻きが漏れ出た。
シャドウファングが影のように滑り込み、敵の足元を襲う。
鋭い爪が**バキッ!という音と共に鎧の隙間を裂き、紫色の霧のような魔力がシュゥゥ……**と噴き出す。
だが、アンデッドは倒れない。
よろけつつも、無表情のまま剣を**ググ……ギリリ……**と持ち上げ、再び振り下ろそうとする。
「しぶといな……!」
リーナは詠唱に入り、緊張した声を響かせる。
「聖なる光よ、闇を打ち払え――ライトフレア!」
まばゆい光がアンデッドを包み込むと、**ジュゥゥ……パチパチ……!と焼ける音が空間を満たした。
腐敗した皮膚が煙を上げ、アンデッドはグワァァ……**と苦悶のような唸り声を上げる。
だが、それでも奴らは崩れない。
焼け焦げたまま、無理やり体を動かし、こちらへにじり寄ってくる。
「まだ動くのかよ……!」
リュークは腰のポーチから細いロープを取り出し、素早く地面に広げた。
魔力を流し込むと、ロープは**ビク……ビクッ……**と震え、まるで生き物のようにうねり始めた。
(魔力を通せば、操れる気がする、……森での修練の成果、試すしかない)
「動け……縛れ!」
リュークの叫びと共に、ロープが跳ね上がり、アンデッドの足に**グルル……ギチギチ……**と絡みつく。
足を縛られたアンデッドは体勢を崩し、**ドゴッ!**と鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。
だが――
「まだ……立つのか」
骨が**ギギ……ギチ……**ときしみ、アンデッドは再びよろよろと立ち上がろうとする。
その異様なしぶとさに、全員の顔に緊張が走った。
「こいつ……ダメージが通らねえのか!」
ガルドが忌々しげに唸ったその瞬間、
「リューク、伏せろ!」
鋭い叫びと共にリュークは即座に身を沈めた。
直後、ガルドの剣が**ズバァン!と音を立てて振り下ろされ、アンデッドの頭蓋をガギッ!と叩き割った。
骨が砕け、紫の霧がシュウゥ……と立ち昇る。
それでも、その死体はまるで意識を残しているかのようにビク……ビクビク……**と痙攣を続けていた。
「まだ気を抜くな!リーナ、後ろ!」
リュークが振り返ると、リーナは既に詠唱に入っていた。
「光よ、闇を断て――ライトフレア!」
リーナの詠唱が完了すると、まばゆい光が炸裂し、アンデッドたちは**グギャァ……**というかすれた悲鳴を上げて顔を背けた。
一瞬の隙。リュークはそれを逃さない。
(今だ……!)
声に出さずにシャドウファングへと目で合図を送る。
黒狼はそれを察し、影のように地を駆けた。
同時に、ザックが瓦礫を素早く利用する。
「こっちだ!」
瓦礫の山の影から小石を投げ、アンデッドを罠の方向へと誘導する。
一体が足を踏み入れた瞬間、縄が**ビシュッ!**と跳ね、足首に絡みつく。
「仕留める!」
アンデッドは**ドサッ!**と石畳に倒れ、**ギギ……ギギギ……**と骨を軋ませながら這うように迫ってくる。
その執念深さに、リュークは思わず息を呑む。
「なんて執念だ……!」
彼は短剣を逆手に持ち、素早く魔力をロープに流し込んだ。
ロープが**グルル……グイッ!**と再び意志を持ったかのようにうねり、アンデッドの足を絡めて押さえ込む。
(今しかない――!)
声を出さず、再びシャドウファングに合図を送る。
黒狼は低く唸り、瞬時に飛びかかる。**ガブッ!**という重く鋭い音が響き、牙がアンデッドの喉元を深く貫いた。
アンデッドは**グギャ……ガググ……と断末魔のように呻き、紫の霧がスゥ……**と薄れていく。
「終わらせる!」
ガルドが一歩踏み込んだ。崩れた柱を飛び越え、踏み込んだその足元が**ズズッ……**と沈みかけるが、体勢を立て直して力任せに大剣を振り下ろす。
**ドガァァン!**という凄まじい音と共に、アンデッドの胴が両断され、ようやく最後の一体が地に伏した。
部屋に静寂が戻る。
しかし――その静けさは、ただの“終わり”ではなかった。
リュークは膝をつき、荒い呼吸を整えながら、うねりを止めたロープをじっと見下ろした。
「魔力で動かせる……まだ上手く扱えないが……」
呟くリュークに、ガルドが肩を叩く。
「十分だ、リューク。お前がいなかったら、今ごろ俺たち全員、奴らの仲間入りだったかもな」
リュークは小さく笑い返したが、その視線は倒れたアンデッドから離れない。
(あれは……本当に“死んでいた”のか?それとも……)
紫の霧が消えた後も、アンデッドの体からはなお**ピキ……ピキ……**と骨が軋む音が微かに残っていた。
異質な恐怖だけが、そこに確かに残されていた――。
「……いや、十分だったぜ、リューク」
ガルドはもう一度だけ肩を軽く叩き、部屋の奥へと歩を進めていく。
リュークはそれを見送りつつ、なおもアンデッドの亡骸に視線を落とし、静かに息を吐いた。
背を壁に預けると、途端に全身の力が抜ける。
剣を握っていた指先が微かに震え、遅れて疲労がどっと押し寄せてきた。
耳を澄ませば、静まり返った遺跡の空気が冷たく染み入り、背後の石壁からは**ジワ……ジワ……と湿った冷気が肌を刺した。
倒れたアンデッドの残骸は無惨に転がり、紫色の残光がユラ……ユラ……**と不気味に漂い続けている。
リュークは息を整えながら、低く告げた。
「少し休もう。みんな、ポーションを使え。俺が作ったやつだが……効果は保証済みだ」
ポーチに手を伸ばすと、指先が瓶に触れ、**カチ…カチ……**と小さくぶつかる音がした。
彼は数本のポーションを取り出し、瓶の栓を外す。**ポン……**という軽い音と共に、淡い光を放つ液体が揺れる。
その光景を見たガルドは無言で頷き、無造作に一本を手に取った。
「へぇ、お前が作ったのかよ。まぁ、信じるぜ」
そう言うと、ガルドは瓶を傾け、**ゴクリ……ゴクリ……**と勢いよく中身を喉へ流し込む。
直後、彼の表情が緩み、張り詰めていた肩の力がわずかに抜けた。
「おお……こりゃ効くな」
リーナとザックも一本ずつ手に取り、慎重に口をつけた。
「ん……不思議な味。でも、体が軽くなったわ」
リーナはほっと息をつき、微笑む。
「おお……こいつは本物だ。リューク、お前の腕もなかなかやるじゃねえか」
ザックが瓶を振って音を鳴らし、冗談めかして見せた。
その場の緊張が、わずかに緩む。
リュークは静かに頷き、ふと隣にいるシャドウファングへ視線をやった。
黒狼は無言でリュークの足元に座り込み、疲れたように彼の膝へと頭を預けてきた。
(……よくやってくれた)
声には出さず、リュークは優しくその黒い毛並みを撫でる。
指先から伝わる温もりと、シャドウファングのわずかな震えが、共に戦った証を物語っていた。
「お前もよく頑張ったな」
リュークはそっとポーションをもう一本取り出し、シャドウファングに差し出した。
黒狼は**クンクン……**と匂いを嗅ぎ、リュークが促すと素直に口を付けた。
飲み終えると、低く鼻を鳴らし、目を細めて安心したように身を丸める。
リュークも静かに目を閉じ、体内の魔力の流れに意識を向けた。
戦闘で酷使した魔力は、今やほとんど底を尽きかけている。
「……魔力が、だいぶ減ってきたな」
彼は再びポーチから別の瓶を取り出した。魔力回復用のポーションだ。
仲間たちにも同じものを配り、全員がそれぞれ瓶を傾けた。
淡い青色の液体が喉を滑り落ちる。
スゥ……ッと冷たい感触が体中を巡り、次第に内側から温かな力が**ジワ……ジワ……**と湧き上がってくる。
「……これなら、次も戦える」
リュークは静かに呟き、まだ終わらない遺跡の探索に備えて、意識を鋭く集中させていく。
そっと目を閉じると、感覚が内側へと深く沈んでいった。
脳裏に浮かぶのは、これまでの戦闘の記憶――
短剣を振るい、魔法を放ち、魔力を通したロープで敵を縛ったあの瞬間の手応え。
それら全てが、**ズシリ……**と重く身体に刻まれている感覚があった。
「……少しずつだけど、確実に強くなってる」
自分に言い聞かせるように呟き、リュークは静かに目を開けた。
視線の先では、仲間たちもそれぞれの方法で戦いの疲れを癒している。
ガルドは剣を膝に乗せ、目を閉じて深く呼吸を整えている。**スゥ……ハァ……**と規則的な息遣いが静寂に溶け込む。
リーナは壁にもたれ、**ピリ……ピリ……と淡く揺れる魔力の流れを感じ取りながら集中を続けていた。
ザックは短剣の刃をシャッ……シャッ……**と慎重に砥ぎながら、静かに次の戦いに備えている。
リュークは皆を見渡し、ふっと息を整えてから口を開いた。
「……なあ。次に何が出てくるかわからないけど、俺たちならきっと乗り越えられる。さっきの戦いも、あんな数を相手にして勝ち抜けたんだ」
ガルドが目を開け、口の端を持ち上げてニヤリと笑う。
「言うようになったじゃねぇか。ああ、やってやろうぜ。俺たちの力を見せてやる!」
リーナも頷き、微笑みながら応じた。
「ええ、私も準備はできてるわ。今度はもっと的確に魔法を使うわよ」
ザックは短剣を**カチン……**と鞘に納め、軽く肩を回して立ち上がる。
「罠の準備も万全だ。次はもっと派手にやってやるよ」
リュークも立ち上がり、短剣の感触を確かめるように柄を握り直した。
その横で、シャドウファングがすっと立ち上がる。リュークは声には出さずに小さく顎を動かし、次の行動を促した。
(頼むぞ、シャドウファング)
黒狼は即座に反応し、低く**グルル……**と喉を鳴らして前方の闇を睨み据える。
その気迫に、リュークも自然と背筋を伸ばした。
「よし、行こう。奥がまだ残ってる」
リュークが静かに告げると、仲間たちは無言で頷き合い、装備を整えた。
ガルドが剣を**ズリ……ズン……**と重く引き上げ、リーナは杖を握り直し、ザックは軽快に足音を忍ばせながら列に加わる。
「リューク、準備はいいか?」
ザックが確認する。リュークは短剣を軽く振り、応えた。
「もちろん。行こう、シャドウファング」
黒狼は鼻を鳴らし、**コツ……コツ……**と静かに遺跡の奥へと歩き出す。
それに続くように、リュークたちは再び闇へと足を踏み入れた。
遺跡の静寂を破る足音が**コツ、コツ……**と響き、壁に長く伸びた彼らの影が、まるで何かに導かれるように奥へと消えていく。
果たして、その先に待つ影の正体は――
彼らはまだ、誰もその答えを知らなかった。
次回:地下へ続く階段、封印の扉
予告:扉の先にあるものとは?
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