第62話 影月の遺跡へ:静寂の森を越えて
朝焼けに染まるベルハイムの街を後にし、リュークたちは影月の遺跡へと足を踏み出した。
冷たい朝の空気が肌を刺し、シャドウファングは湿った地面を嗅ぎながら先頭を進む。
「この森を抜ければ遺跡が見えてくるはずだ」
リュークは古い地図を広げ、仲間たちに告げた。
「静寂の森……聞いたことがあるわ。昔から魔物がよく出るって」
リーナが不安げに辺りを見渡す。
「だが、強力な魔物は奥に行かなきゃ出てこねえだろう。まあ、油断は禁物だがな」
ガルドが大剣の柄を軽く叩き、余裕を見せつつも警戒を怠らない。
その隣でザックは短剣を器用に回しながら、無言で背後に目を配っていた。
森へ足を踏み入れると、周囲の様子は一変した。
木々は密集し、頭上を覆う枝葉が光を遮る。風に揺れる葉音さえ、どこか不穏に聞こえる。
「シャドウファング、何か感じるか?」
リュークの声に、黒狼は鼻をひくつかせたあと、ぴたりと足を止めた。
その鋭い瞳は、ただならぬ気配を捉えている。
「何かいるのか……?」
ザックが短剣を構え、緊張した声で辺りを見渡す。
その時――乾いた音が静寂を破った。
カサッ……カサカサ……。
「上だ!」
リュークが叫ぶと同時に、頭上の木々から漆黒の影が飛び降りてきた。
闇に紛れたそれは、鋭利な鎌を持つ巨大な昆虫型の魔物――シャドークローラーだった。
体長はゆうに一メートルを超え、ギラギラとした目がこちらを睨む。
「くそっ、蜘蛛かよ!」
ガルドが即座に大剣を振り下ろし、シャドークローラーの脚に叩きつけた。
しかし、甲殻は驚異的な硬さを誇り、刃は浅くしか食い込まない。
「……硬いな!」
「ライトフレア!」
リーナが素早く詠唱し、眩い閃光を放つ。
光が森の闇を裂き、シャドークローラーは苦しげな悲鳴を上げてのたうち回った。
その隙を逃さず、リュークは短剣を構え直す。
状況を素早く読み取り、息を整えた。
(正面からは危険だ……なら――)
「シャドウファング、撹乱だ!」
リュークの指示に、シャドウファングは即座に反応する。
地を蹴り、魔物の死角へと滑り込むと、鋭い爪で甲殻を裂くように攻撃した。
「ギシャァァ!」
痛みに反応したシャドークローラーは、反射的に振り返る。
その瞬間――リュークは迷いなく前へ飛び出した。
「狙いは脚だ!シャドウファング、踏みとどまれ!」
シャドウファングはその場で踏み込み、鋭い牙を突き立てる。
魔物の動きが一瞬鈍る。
その隙にリュークが低く構え、短剣を逆手に持った。
「崩すぞ!吠えろ!」
「グルルァァッ!」
シャドウファングの咆哮が森に響く。
魔物が怯んだ瞬間、リュークは地を蹴り、一直線に滑り込むように懐へ潜り込んだ。
「うおおお!」
魔物の関節を狙い、渾身の一撃を突き刺した。
「ギシャアアアァァ!」
ガルドが追撃し、重い一撃を叩き込んだ。
シャドークローラーは痙攣し、その巨体を地面に打ち付けた。
リュークは短剣を引き抜き、息を整える。
「よし……うまくいったな」
シャドウファングが駆け寄り、リュークの隣に並ぶ。
リュークは狼の頭を撫でながら、次の敵に備えて立ち上がった。
「鑑定!」
【シャドークローラー】
・レベル:9
・HP:0/180
・素材:黒晶甲殻、毒針
・備考:暗闇を好む魔物。硬い外殻は防具素材として利用可能。
「黒晶甲殻か……これ、防具に使えそうだな」
リュークは素材を手際よく回収し、ポーチに収めた。
「さすがリュークだな。冷静な判断だったぜ」
ガルドが肩を叩く。
「いや、みんながいてくれたから勝てたんだ」
リュークは仲間に微笑んだ。
「さぁ、先を急ごう。遺跡はもうすぐだ」
森の奥から、冷たい風が吹き抜ける。リュークたちは影月の遺跡を目指し、再び歩き始めた——。
◆遺跡への道中
森の奥へ進むにつれ、空気は次第に冷たさを増していった。
木々はますます密集し、わずかな日差しさえも遮られる。足元は薄暗く、昼間だというのにまるで夜のような静寂が広がっていた。
「……不気味だな」
リュークは周囲を警戒しながら呟いた。
隣を歩くシャドウファングも、鼻をひくつかせ、周囲の気配を探っている。
ほどなくして、苔むした石畳の道が姿を現した。
朽ちかけた石が連なるその道は、自然の中に不自然に続いている。確かに、かつて誰かの手によって造られたものだ。
「これが――古い地図に記されていた“影月の道”か」
リュークは懐から古文書の写しを取り出し、道の形状を慎重に照らし合わせた。
地図によれば、この先が遺跡へと繋がっているはずだ。
「あと少しだ。……シャドウファング、慎重にな」
静かに命じると、黒狼は無言で頷くようにリュークの隣を歩き出す。
冷たい風が吹き抜け、リュークは仲間たちに鋭い視線を向けた。
「気を引き締めろ。……近くに、何かいる」
空気が張り詰める。
リュークは身を低くし、茂みに潜り込んだ。シャドウファングも耳を伏せ、気配を殺す。
その時――前方の朽ちた石碑の前に、微かにうごめくものが目に入った。
「……魔物か?」
リュークが低く呟いた直後、仲間たちも即座に動く。
ガルドは無言で大剣を構え、リーナは詠唱に入る。ザックは素早く草陰に身を隠し、短剣を逆手に構えた。
シャドウファングも低く唸り、今にも飛び出しそうな気配を漂わせる。
「前方に――何かいる」
ザックが、息を殺して囁く。
皆の視線の先。茂みの奥で、黒い影がわずかに揺れた。
それは、地下水道で遭遇した“黒い影”と酷似していた。
だが、今回のそれはより濃く、禍々しい威圧感を漂わせている。
「出てきやがったか……!」
ガルドが歯を食いしばり、剣を握り直す。
その瞬間、影は音もなく動き始めた。触手のような黒い腕が、無数に蠢きながらリュークたちへと伸びる。
「散開しろ!」
ガルドの怒声が森に響く。
リュークたちは即座に左右へ跳び、包囲を避けるように陣形を崩した。
シャドウファングは素早く影の背後を取るべく、静かに森の中を駆ける。
「くそっ、速い!」
ガルドの叫びが、敵の異様な動きと緊迫した空気を強く印象づけた。
影は触手をうねらせ、音もなくザックへと迫った。
だが、ザックはわずかに身を沈め、瞬時に地面を転がって回避する。
「チッ、速い……!」
ザックが短く息を吐く。そのすぐ後ろを、触手がズバッと空を裂いて通過した。
「このっ!」
ガルドが間髪入れず斬りかかる。
だが、大剣は霧のような影の体をズンッとすり抜け、手応えはない。
「……効かねえだと!?」
驚愕するガルド。影はその隙を狙い、再び触手を振り上げる。
「物理攻撃が効かないのか……!」
リーナが即座に詠唱を終え、光の矢を放つ。
「ライトボルト!」
矢がバキッという音とともに影へ命中。
黒い霧が炸裂し、影は一瞬怯んだように揺らめく。
だが――。
「まだ止まらない……!」
リーナの声と同時に、影は再び迫ってくる。
ガルドが苛立ち交じりに叫ぶ。
「リューク、何か手はないのか!」
リュークは冷静に状況を見極めた。
(以前とは違う。今の俺には、あの力がある……)
「行くぞ!」
短剣を構え、リュークは鋭く詠唱する。
言葉と共に、紫色の鎖がガギッという音を立てて空間から現れた。
「闇を裂き、光よ縛れ——影縛り!」
鎖は一瞬で影に巻き付き、ズズズッと食い込むように締め上げる。
影はギギギ……ッと苦しげに震え、動きを封じられた。
「今だ、ガルド!」
「任せろ!」
ガルドは吼えるように叫び、大剣を振り下ろした。
刃が影の核にゴリッと食い込み、手応えが伝わる。
「おお……効いてる!」
黒い霧が暴れ、影はビクビクッと痙攣し始めた。
「リーナ、もう一発だ!」
「了解!」
リーナはすぐさま詠唱を続ける。
張り詰めた空気の中、光の呪文が解き放たれた。
「浄化の光よ、闇を払え!――ライトフレア!」
閃光がズドン!という炸裂音とともに影を貫く。
影の核がパキンと砕けると、黒い霧は断末魔のように**ギャアアアアア……!**と叫びながら四方へ散った。
その身体は**ズズッ……**と消え失せ、最後には完全に霧散する。
リュークは息を整え、静かに呟いた。
「終わった……か?」
ガルドが剣を納め、辺りを見回す。
「……ああ。今回は、俺たちの勝ちだ」
リュークは短剣を収め、シャドウファングのもとに歩み寄る。
黒狼は満足げに鼻を鳴らし、周囲の緊張がようやく解けていく。
仲間たちも次第に安堵の笑みを浮かべた。
そして――遺跡は、すぐそこにあった。
次回:封印の扉と“深淵の核”
予告:アンデッドの回廊と影の脈動
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