第50話 森の追跡戦──残党を追え
夜の森は、静寂の中に不穏な気配を孕んでいた。
月明かりが木々の隙間から差し込み、地面に揺れる影を落とす。
「足元に気をつけろ。奴らはこの辺りに潜んでいるはずだ。」
ガルドが低い声で囁いた。剣を片手に、慎重に前を進む。
リュークは短剣を握りしめ、周囲の気配を探る。森の奥からは夜鳴き鳥の声が響くばかりで、人の気配は感じられない。
「シャドウファング、先行して探ってくれ。」
「グルル…」
シャドウファングは静かに頷き、影のように草むらに溶け込んだ。
リーナがそっと呪文を唱え、周囲を照らす淡い光を生み出した。森の闇がわずかに後退し、木々の隙間からかすかな道が見える。
「このまま進むのか?」ザックが低い声で問いかける。
「ああ。だが慎重にな。」
ガルドが答えたその時、シャドウファングが微かなうなり声を上げて戻ってきた。その鼻先は湿っており、警戒の色が滲んでいる。
「見つけたみたいね。」リーナが囁く。
「足音を抑えろ。何かが近い」
ザックが低く囁き、気配を消して前方の闇に紛れた。まるで空気に溶け込むような動きに、リュークも思わず息を潜める。短剣を静かに構え、草の擦れる音さえ聞き逃すまいと周囲を見渡す。
ガルドは剣を肩から外し、重さを感じさせない滑らかな動きで腰に構える。
リーナは口を閉ざし、掌に魔力の静かな流れを灯していた。
──そのとき。
茂みの向こうで、かすかに笑い声と靴音が混ざる。
「……見張りか」
リュークが唇だけを動かして呟いた。
「二人だな。間を詰めれば気づかれる前にいける」
ガルドが声を殺して言い、リュークはうなずく。指を二本立てて、シャドウファングに目線を送った。
「回り込め。合図で……一気に」
「グルル……」
シャドウファングは尾を一度だけ揺らし、濃い夜気に溶け込むように姿を消した。
茂みの向こうで、盗賊二人が松明を掲げながらだらけた様子で話している。
「……さっさと交代来ねぇかな」
「夜勤はゴメンだぜ。ったく、最近じゃ冒険者のガキにまでやられて……」
油断していた。それが命取りだった。
「ザック、左を」
「了解」
ザックは地を這うような足取りで忍び寄り、手にした短剣の刃先を伏せた。反対側、ガルドも気配を押し殺し、獣のような歩法で接近する。
——合図。
リュークが指を鳴らすと同時に、シャドウファングが飛び出した。
「……グルルァッ!!」
一瞬にして距離を詰め、盗賊の一人に飛びかかる。呻き声が漏れる前に、牙が喉元を塞いだ。
「なっ――がっ……!」
もう一人の盗賊が振り返る暇もなく、ザックの短剣がその首筋に深く突き立った。動揺で声を上げようとするも、刃が喉を裂き、そのまま崩れ落ちる。
ガルドも背後から覆いかぶさるように押さえ、無言で仕留めていた。
倒れた盗賊たちの死体を影へと引きずり、リュークたちは再び気配を断つように奥へ進む。
草木が静かに揺れ、風が止んだかのような沈黙の中、次の気配を探りながら――。
リュークはシャドウファングの視線を追い、低く身を屈めた。木々の隙間から、ちらちらと揺れる灯りが見える。焚き火の炎が闇を切り裂き、数人の影を浮かび上がらせていた。
「……いたな。」ガルドが剣を握り直す。
「奴らの人数は?」リュークが問いかける。
「見たところ五人ほどだが、周囲にも潜んでいるかもしれん。」ザックが慎重に答えた。
「どうする?」リーナが緊張した面持ちで尋ねる。
「各自持ち場について、不意打ちを仕掛けよう。」
ガルドが低く指示を出す。その声に、森の静けさが一層際立った。
「リューク、お前はシャドウファングと一緒に背後から回り込め。」
「わかった。」
リュークはシャドウファングの背を撫で、そっと合図を送る。漆黒の獣は静かに頷くように身を低くし、リュークと共に闇に溶け込んだ。
草むらを慎重にかき分けながら、リュークは体中の神経を研ぎ澄ます。盗賊たちは焚き火を囲み、酒瓶を回しながら談笑していた。その間合いに気を取られている今こそ、好機だ。
(あと数歩で背後を取れる……)
リュークはポーチから煙玉を取り出した。仲間が仕掛けたときに投げれば、混乱を誘えるはずだ。手汗で滑りそうになる指を拭い、さらに進む。
焚き火の灯りが彼の横顔をかすめた瞬間——
「何だ?」
盗賊の一人が立ち上がり、周囲を警戒するように目を光らせた。
リュークは息を呑み、身を低くする――だがその瞬間。
パキッ。
背後の枯れ枝を踏み折る、微かな音が静寂を裂いた。
「誰かいるぞ!」
盗賊の叫びが闇を破る。
「今だ!」
ガルドの号令が響くと同時に、リュークは反射的に煙玉を地面に叩きつけた。
ボンッ――!
瞬く間に白煙があたり一帯を覆い尽くし、盗賊たちは咳き込み混乱する。
その隙を逃さず、ザックが影のように飛び出し、短剣を盗賊の首筋に突き立てた。
ズバッ――
血飛沫が闇夜に散り、一人が音もなく崩れ落ちる。
リュークも迷いなく駆け出し、懐から投げナイフを抜く。
狙いすました一撃が敵の足元を捉えた。
「グギャッ!」
膝をつく盗賊。だが、他の盗賊がすかさず剣を振り上げる。
「くそっ……!」
間髪入れず、リュークは爆裂玉を盗賊の足元へ放った。
ドン――!
小さな爆発が起こり、敵はよろめく。
リュークは一気に距離を詰め、短剣を振り下ろす。
だが、その刃は盗賊の剣に弾かれ、バランスを崩してしまった。
――絶体絶命。
その瞬間だった。
「グルルァァァッ!」
シャドウファングが飛び出し、咄嗟に盗賊の脇腹に食らいつく。
ガブリ――!
肉を裂く音と共に、盗賊は悲鳴を上げ、地面に叩き伏せられた。
「っ……!」
リュークはすかさず体勢を立て直し、短剣を敵の胸元へと突き立てる。
敵の呻きが消える。
戦いの終わりを告げるように、静寂が戻った。
「はぁ、はぁ……」
荒い息を吐きながら立ち尽くすリューク。
その隣には、血に濡れた牙を光らせるシャドウファングが、まるで誇らしげに佇んでいた。
後方では、ガルドが剣を振り抜き、最後の盗賊を打ち倒している。
「リューク、大丈夫か!?」
「……何とか、な」
肩で息をしつつも、リュークは震える手で短剣を握り直す。
その手に伝わるシャドウファングの温もりが、今の彼を支えていた。
「よくやった。だが、まだ気を抜くな」
ガルドの言葉に、リュークは静かに頷く。
胸の内では、戦いの中で得た手応えと確かな自信が、静かに芽吹いていた。
(――これが、今の俺たちだ)
リュークは仲間たちと共に次なる一歩を踏み出すべく、静かに短剣を見つめた。
次回:罠と激戦──牙を剥く盗賊の本拠
予告:勝利の代償は静寂の中に。だが終わりはまだ遠い。
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