第46話 黒の再来、解析と対峙
奥へ進むにつれ、空気は次第に重くなり、ひんやりとした冷気が肌を刺した。
「嫌な感じだな……」
ガルドが剣を構え、周囲を警戒する。リーナは杖を握りしめ、詠唱の準備を整えていた。ザックは無言で闇に溶け込むように影へ潜む。
「何か来る……!」
リュークが気配を察した瞬間、水面が不気味に波打ち、漆黒の影が静かに這い出してきた。
「来たぞ!」
黒い霧のような影は、音もなく触手を伸ばし、シャドウファングへと襲いかかる。
その動きは、以前地下水道で見た“あの影”と酷似していた――いや、それ以上だ。
(……また、あの悪夢のような敵……!)
一瞬、背中に冷たい悪寒が走る。あの時、全身を貫いた底知れぬ恐怖が脳裏に蘇る。
だが――今回は違った。
リュークの脳内に、まるで稲妻が走るような感覚が突き抜けた瞬間、視界が一気に鮮明になる。
(見える……?)
黒い靄が再び形を成すと同時に、以前とは違う“解析された像”として、敵の動きが明確に捉えられた。
触手を振る直前、水面にわずかな歪みが生じる。
次の瞬間、リュークの体は考えるより早く自然に動いていた。
「これが……メモリーバンクの力……!」
敵の禍々しさは今も変わらない。
だが、恐怖は麻痺するように薄れている。むしろ、戦闘データが流れ込んでくるような感覚と共に、リュークの体は以前のような萎縮を見せなかった。
剣を握る手に確かな手応えが宿る。
「……勝てる」
そう確信するほどに、彼の動きは研ぎ澄まされていく。
まるで何度もこの敵と相対してきたかのように、リュークは敵の癖とタイミングを読み、自然と回避と攻撃の手を動かしていた。
「シャドウファング、かわせ!」
リュークは咄嗟に短く鋭い口笛を鳴らし、手を振って左へ誘導した。
「グルルッ!」
黒き獣は瞬時に水面を蹴り、しなやかな跳躍で横へ飛び退く。
反撃の爪が霧状の影を裂こうと閃くが、その直前に影はふっと形を崩し、煙のように拡散して空振りした。
「くそ……触れる寸前で、形が消える……!」
リュークは低く唸る。
影は再び形を構成し直し、今度はリーナを狙って揺れ動く。
ズズズッ……
触手が床を這い、圧倒的な質量感と共にリーナへと一直線に迫った。
「くっ……ファイアボルト!」
リーナの詠唱が終わり、杖から放たれた炎の矢が鋭く影を貫く――はずだった。
だが、赤い光は吸い込まれるように影の中へ沈み込み、わずかに霧を震わせただけで消えた。
「魔法も通らない……!?」
リュークは状況を瞬時に分析する。
(魔力干渉……やはり音が弱点だ。前回も、爆竹と吠え声に反応した……なら!)
「シャドウファング、威嚇しろ!」
リュークは手をパッと開いて斜めに振る。
「ガウウウッ!」
シャドウファングが咆哮し、影の動きがわずかに鈍る。
その隙をつき、ザックが影の背後に忍び寄る。
「ザック、待て――!」
リュークの叫びも間に合わず、刃が影を断ち切った。
だが――
「すり抜けた!?」
ザックは跳び退き、苛立ったように舌打ちする。
「感触がねぇ……まるで……影を斬った気にさせるだけだ……!」
影がリュークへ飛びかかろうとした瞬間――
ズンッ!
その攻撃は明らかに霧ではなく質量を持ち、リュークの肩をかすめただけで激しく押し込んできた。
「くっ……!」
冷たさと共にビリビリとした痺れが腕を襲う。
(……ただの霧じゃない。これは空間そのものを歪める“圧”だ)
影が止めを刺す前に、鋼の閃きが飛び込んだ。
「リューク、下がれ!」
ガルドの斬撃が影の触手を弾き飛ばす。
「リーナ、光魔法!」
「任せて!」
リーナの詠唱と共に発せられた光が影を照らし、わずかに怯ませる。
「今だ、後ろを取るぞ!」
ザックが飛び込もうとするが、影は霧散し、視界の外へ逃げた。
「リューク、チャンスは今しかないぞ!」
ガルドの叫びに、リュークは決意を固める。
(……この動き、知っている。……ならば、いける!)
リュークは懐から《魔物核》を取り出し、手に力を込める。
「シャドウファング、止めろ!」
口笛と手で進路指示を送ると、
「ガルルアァッ!」
黒き獣が低く吠え、影の進路を塞ぐように飛びかかった。
鋭い爪と牙が影を捕らえようとし――
その瞬間に合わせ、リュークは震える手で魔物核を高く掲げ、深く息を吸い込んだ。
そして、リュークは迷いなく詠唱を始めた。
「漆黒の闇を裂き、虚無に抗う光よ――
我が名の下に契約を交わし、その鎖を顕現せよ!
影を縛る鎖よ、今ここに!」
魔物核が紫に輝き、水面に映る光が波紋となって揺らめく。
その瞬間――リュークの首元で、**カラン……**と鈍い音が響いた。
くすんだ金属片の首飾りが、自身の意思を持つように微かに震え、核の輝きに共鳴して淡い光を放つ。
(……共鳴している? まるで核と……俺の魔力と……)
直後、**ビキビキッ……!**という音と共に、紫の鎖が空間に現れ、うねる影を絡め取った。
「……やったか!?」
影は苦悶のうねりと共にその身を捩らせた。
不規則に揺れる霧が何度も形を変え、**ガリガリ……ギチギチ……**とノイズのような音を立てて抵抗する。
「動きが鈍った……!」
リュークは前回の戦いで経験を活かす。
「シャドウファング、吠えろ! 音をぶつけて隙を作るんだ!」
「ガルルルアァッ!」
シャドウファングの咆哮が水路全体に響く。
だがそれはただの咆哮ではなかった。
音に混ざるように、微細な魔素の振動――空気を震わせるような共鳴波が広がる。
あの時に感じたときと似た“ゆらぎ”が、水路の空間そのものを揺らしていく。
影の身体がわずかに**ザラ……**と歪み、霧のようにたゆたう輪郭が乱れた。
途端に影の動きがビクッと止まり、まるで耳を塞ぐように触手を引き寄せる。
(やはり……音と魔素に反応する!)
その好機を逃さず、リュークは叫ぶ。
「シャドウファング、決めろ!」
「グルルッ!」
黒き獣が躊躇なく影に飛びかかり、鋭い牙と爪が霧の身体を**ザシュッ、ザシュッ!と裂く。
裂かれるたび、影はギャアア……ッ!**と叫びにも似た呻きを上げ、形を保てなくなっていく。
しかし、それでも完全には消えない。
断末魔のような呻き声を上げつつ、影はなおも鎖の中でもがき続けた。
「リューク、今しかない!」
ガルドの声が飛ぶ。
リュークは迷いなく駆け出し、紫の鎖に縛られた影の“中心”へと飛び込む。
「終われ……!」
短剣を握り直し、核の光を刃へと転じて、影の核心へ魔力を込めて突き立てた――その瞬間、
ビキビキビキッ……バチィン!
紫光が炸裂し、影の全身を走る赤黒い目がひとつ、またひとつと**ピキッ、ピキッ……と砕け散っていく。
最後の目が割れると同時に、影全体がギャアアアア……ァ……**というか細い呻き声を上げ――
**バラバラ……**とノイズ音を撒き散らしながら崩壊し、霧のように魔物核へと吸い込まれた。
ただ静まり返った水音と、淡く揺れる光の残滓だけが、その場に残る。
地下水道に――静寂が訪れた。
誰もが息を詰めたまま、動けずにいた。
リュークも、ガルドも、リーナも、ザックも、シャドウファングさえも。
一瞬、全員が互いに無言で顔を見合わせる。
(……終わった、のか?)
リュークは自問するように胸中で呟いた。
だが、誰も口には出さない。ただ、鼓動だけが静かに耳に響く。
やがて、ザックが大きく息を吐き、わずかに緊張がほどけた。
それは、張り詰めた糸がふっと解かれるような音だった。
「これで……終わったのか……?」
水面を見つめたまま、ザックが静かに呟く。
その声には、ほんの少しだけ震えが混じっていた。
安堵と、恐怖の残り香と、どこか虚脱に近い感情が滲んでいた。
リュークは短剣を下ろし、シャドウファングの頭に手を置いた。
黒き相棒は疲れたように目を細めながらも、静かに尾を振る。
「……多分な」
短く返すと同時に、リュークの胸にも確かな実感があった。
それは、激しい勝利の歓喜ではない。
だが、骨の芯にまで染みるような“ほっとした喜び”だった。
前回の戦い――ただ恐怖に呑まれ、逃げるしかなかったあの時とは、違った。
(……あの時は本当に、死ぬと思った)
背中を冷たいものが這い、声も出せず、ただ怯えていた。
その無力感が、どれほど悔しかったか。どれほど自分を責めたか。
(でも、今回は――)
思い返す。
仲間たちと共に連携し、隙を作り、チャンスを掴んだこと。
シャドウファングと息を合わせ、全員が信じ合って戦った時間。
メモリーバンクの力が、戦いの最中に自然と自分を導いてくれたこと。
(俺だけじゃない。ガルドたちがいたから……だから、前よりも怖くなかった)
リュークの胸に、熱くこみ上げるものがあった。
勝てたことの嬉しさではない。
「一人じゃなかった」
ことへの、静かな喜び。
それが、喉の奥を詰まらせた。
(確かに怖い。けれど――ただ怯えていたあの時とは、もう違う)
リュークはそっと仲間たちを見回した。
誰もが傷つき、泥にまみれ、疲弊している。
けれど、その顔には確かな充足と、戦い抜いた誇りが刻まれていた。
――そうだ、これはただの勝利じゃない。
“あの恐怖”を超えて、生き延びた証だ。
「帰ろう、みんな……」
その言葉は、誰にというわけでもなく、自然に場を包んだ。
優しさと、静かな決意が混ざったその声に、皆が静かに頷いた。
リーナがそっと目を伏せ、口元に微笑を浮かべる。
ザックは照れ隠しのように肩をすくめ、
ガルドは黙って大剣を背負い直し、前を向いた。
その姿に、言葉よりも深い信頼があった。
仲間たちは疲れた足取りで歩き出す。
重く沈んだ空気が、少しずつ解きほぐされていく。
静寂の中、リュークたちは地下水道を後にし、ギルドへの帰路についた。
夜の空気が、どこかひんやりと優しかった。
まるで、戦い抜いた者たちを労うように――。
次回:ギルドへの帰還、報告
予告:ギルドでの報告、本当に封じられたのか
読んでくださり、本当にありがとうございます!
皆さまからいただく感想や応援が、この作品を前へ進めるエネルギーになっています。
「面白そう」「続きが気になる」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ 「ブクマ」や「評価」 をポチッとしていただけると、とても嬉しいです!
感想は一言でも大歓迎です、それだけで物語の未来が大きく変わります。
これからも、さらに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、どうぞ応援よろしくお願いします!
今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




