第42話 新たな力、失われていた感覚
リュークは静かに宿の扉を開け、夜の街へと足を踏み出した。
ひんやりとした空気が頬を撫で、月明かりが石畳の上に淡い影を落としている。
(この手に宿った力……試さずにはいられない)
深く息を吸い、リュークはそっと手のひらを見つめた。
隣に寄り添うシャドウファングに目を向け、静かに声をかける。
「行くぞ、シャドウファング」
黒き獣は、まるで言葉を理解しているかのように一度だけ頷き、リュークと並んで歩き出す。
二人は静けさに包まれた街を抜け、やがて街外れの訓練場へとたどり着いた。
誰もいない訓練場には、冒険者たちが残した木製の標的や藁人形が並び、夜露に濡れて重く沈んでいる。
リュークは短剣を抜き、静かに藁人形の前に立った。
(剣術の記憶――)
自然と体勢が低くなり、短剣を握る手にじわりと力が宿る。
刃の重みと冷たさが、なぜか“懐かしい感覚”として掌に伝わってきた。
次の瞬間、身体は迷いなく動いていた。
「はっ!」
踏み込みと同時に、筋肉がバキッと軋みをあげ、短剣が空気を裂くように放たれる。
ザシュッ――! 鋭い斬撃が藁人形の首元をえぐり取る。
手応えと共に、首がゴロリと音を立てて地面に転がった。
「……すごい」
思わず漏れた言葉は、驚きと実感に満ちていた。
技術ではなく、本能のように体が“動いた”。その感覚は、紛れもなく新たに得た力の証だった。
次に、リュークは短剣を収め、ゆっくりと掌を見つめる。
(魔術の記憶も……)
目を閉じ、呼吸を整えた。
意識を研ぎ澄ませると、かすかな魔力の流れが指先に集まっていくのを感じる。
「……ライト」
呟いた瞬間、指先から微かな音を立てて**ピシュッ……**と魔力が放たれ、小さな光の球が生まれる。
ふわりと宙に浮かび、淡い輝きが闇を和らげながら、静かな訓練場を優しく照らした。
「これが……俺の力か」
リュークは、手の中に浮かぶ光の球を見つめながら、言葉にできない感情が胸いっぱいに広がっていくのを感じていた。
驚き、戸惑い、そして――確かな喜びと、込み上げる決意。
静かに息を吐き、彼は微笑んだ。隣に寄り添うシャドウファングへと目をやる。
黒き獣は変わらず静かにそばに立ち、まるで「共に進もう」と語るように尾を一度だけ揺らした。
リュークは、手のひらを再び見つめながら呟いた。
その目には、確かな覚悟の光が宿っていた。
「リューク?」
不意に、聞き慣れた声が背後から届く。
振り返ると、月明かりに照らされて――ガルド、リーナ、ザックの三人が立っていた。
「こんな夜更けに何をしてる?」
ガルドが腕を組みながら歩み寄ってくる。
「……少し、力を試してみたくてな」
リュークは短剣を軽く握り直した。柄に伝わる冷たさが、妙に馴染んで感じられる。
ガルドはリュークの表情を一瞥し、何かを察したように無言で木剣を手に取る。
リーナはいつの間にか魔法陣を描く準備を始め、ザックは気配すら消してすでに動き出していた。
「ならば、俺たちが手伝ってやる。何か掴めたんだろ?」
ガルドが剣を肩に担ぎ、口元に豪快な笑みを浮かべる。
リュークは小さく頷いた。
「頼むよ、ガルドさん」
「手加減はしねえぞ!」
ガルドの踏み込みは速かった。
**ズンッ!**と地を打つ重い音と共に、一気に距離を詰めてくる。
リュークは反射的に体を反らし、ぎりぎりで回避――だがその直後、
**ビュッ!**と風圧が頬を裂き、薄く血がにじむ。
「まだ動きが硬い!」
ガルドの声が、まるで雷鳴のように響いた。
間髪入れずに追撃。
リュークは短剣を振り上げて受け流すが――
ガギィン!
硬質な衝撃音と共に、刃が弾かれる。
リュークの体が吹き飛び、**ズザァッ!**と地面を滑る。
「リューク、今の動きじゃ遅いわ!」
リーナの警告が飛んだ。
「なら……これならどうだ!」
リュークは歯を食いしばり、魔力を一気に練り上げる。
手のひらに眩い光が凝縮され、
「――ライトッ!」
パァァッ!!
閃光が闇を切り裂き、ガルドの視界を一瞬で奪う。
リュークはその隙に、足音を殺して懐へと踏み込む――だが、
「甘い!」
目を細めながら気配を読み取ったガルドが、木剣の腹で迎撃。
**ゴッ!**と鈍い音と共に、リュークの腹部に衝撃が突き刺さる。
そのまま**ドサッ……!**と地面へ転がり、息を切らすリューク。
ガルドは、ふぅと息を吐き、ゆっくりと剣を下ろした。
「確かに動きは良くなった。だが、まだ力を引き出しきれてねえな」
ガルドが木剣を肩に担ぎながら言い放つ。
リーナがそっと手を差し伸べ、苦笑混じりに言った。
「無茶するわね。だけど、悪くなかったわよ」
ザックはいつの間にか背後に現れ、低く呟く。
「もっと敵の動きを読め」
リュークは差し出された手を取りながら立ち上がり、拳を強く握りしめた。
(もっと強くならなければ……)
その瞳に宿る決意は、揺らがない。
「もう一度頼む、ガルドさん!」
その言葉に、ガルドは満足げに口角を上げ、再び木剣を構え直した。
「いいぜ。来い!」
夜の冷気が張り詰める中、再び稽古が始まる。
リュークは短剣を握り直し、前方のガルドを鋭く睨みつけた。
先ほどの一撃で体はまだ痺れ、足元もふらついている。
それでも――退く気はなかった。
「次は本気でいくぞ!」
ガルドが**ズンッ!**と地を蹴る。
足音が訓練場に響き、重厚な質量が迫る。
「っ――!」
リュークは咄嗟に横へ**ズサッ!**と転がり、ギリギリで振り下ろされた剣の一撃をかわす。
しかし、直後に飛び込んできた声が響く。
「逃がさねえ!」
ガルドの木剣が**ブォンッ!**と風を裂きながら追撃。
リュークは短剣を突き出し、受け止める。
ガギン――ッ!
金属と木が激しくぶつかる音が辺りに響く。
剣圧が骨を伝い、腕にビリビリ……ッと痺れが走る。
その重みに、リュークは思わず歯を食いしばった。
「考えろ、リューク!」
ガルドの怒声が頭に響き渡る。
「力で押し切れないなら――どうする!」
リュークは乱れる呼吸を抑えながら、懸命に隙を探した。
(勝てない……なら、違う手を打つしかない!)
瞬時に、足元に転がる小石へと視線が走る。
**カッ!**と反射的に蹴り上げた石が、**シュッ――!**と音を立てて宙を裂き、ガルドの顔面めがけて飛ぶ。
「っ!? おおっ……!」
わずかな隙。リュークは**ズッ――!と地を蹴り、迷わず懐へ飛び込んだ。
逆手に構えた短剣でガルドの木剣をガギッ!と弾き、その勢いのまま空いた手で再び小石をシュッ!**と放る。
「なっ……!」
石が**ビュッ!**と顔面へ迫り、ガルドが一瞬だけ動きを止めた――その瞬間。
「はっ!」
リュークは渾身の力を込め、短剣の切っ先を**ギリッ……**と喉元へ突きつけた。
空気が止まり、静寂が辺りを支配する。
「……やった!」
リュークは肩で息をしながら短剣を下ろす。
ガルドは一瞬驚いた顔を見せたが、次第に口元を綻ばせた。
「やるじゃねぇか……ちったぁ成長したみたいだな」
リュークはその場に**ドサッ……**と膝をつき、荒く息を吐き出す。
張り詰めていた空気が、少しだけほどけた。
「でも、まだ……足りない。もっと速く、もっと強くならないと……」
声は震えていたが、決して弱さではなく、燃えるような悔しさが滲んでいた。
その時、リーナが駆け寄り、そっと彼の腕を支えた。
「無茶ばっかり……でも、さっきの動き、良かったわよ」
その優しい声に、リュークはふっと笑みを浮かべる。
力強さと温かさの混じる眼差しで、彼女に頷いた。
続いて、ザックが木陰から現れ、低く言葉を落とす。
「敵の動きを読む。それが、お前の戦い方に合ってるな」
リュークは仲間たちの言葉を、ゆっくりと胸に刻んだ。
力では敵わない相手を、知恵と工夫で切り抜けた――
その手応えが、まだ火照る体の奥に、確かに残っていた。
(俺は……必ず強くなる。今度こそ、守るために)
ガルドは剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「もう一度やるか?」
リュークは短剣を握り直し、深く頷いた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「お願いします!」
夜の訓練場に、剣戟の音が再び響き渡った。
次回:封印術の真意と必要条件
予告:古文書に刻まれた封印術。鍵は“魔物核”と“覚悟”
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