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【メモリーバンク】異端者扱いされた俺が“量子の魔法”を使ったら世界が変わる――記憶もスキルも無かったけど最強になって行く。  作者: カイワレ大根
第3章

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第37話 錯する爪と封印の術式

 リュークとシャドウファングは、地下水道の闇の中へと足を踏み入れた。


 水面を踏む音が**チャプ……チャプ……**と響き、冷えた空間に不気味な反響を返す。


 前を睨むシャドウファングが、鼻を鳴らしながら身を低くした。


「……何かいるな」


 リュークは短剣の柄を強く握り直し、息を潜めて周囲に神経を張り巡らせる。

 進むごとに、湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつき、呼吸すら重くなっていく。


 壁の苔はどす黒く変色し、空間全体にじわりと“異”の気配が染み出していた。


「グルル……!」


 シャドウファングの低い唸り声が警告のように響いた、まさにその瞬間――


 水面がズゥ……ンッと異様に膨れ、闇の奥から**ズルリッ!**と黒い影が飛び出してきた。


「来たっ!」


 リュークは本能的に身を引き、後方に跳んで着地する。

 現れたそれは、かつて遭遇した影とは違っていた。


 全身が濃密な闇に包まれ、赤く滲むような双眸だけがぽつりと浮かんでいる。

 まるで、闇そのものが意志を持って現れたような“存在”。


 リュークは短剣を構えるも、その影は滑るような速さで移動し、翻弄してくる。


 振るった斬撃は**シュッ――ザシュッ……!**と空を裂く音を立てるだけで、まるで当たらない。


(速い……! それに……)


 一拍遅れて、足元から**ヌル……リ……**と不快な粘着音。

 気づけば、足首に冷たい感触が絡みついていた。


「っ……!」


 咄嗟に地面を蹴り、体をひねる。**ズバッ!**と靴裏で触手を蹴り飛ばし、なんとか引き剥がす。


 だが――左腕の服に広がった黒い染みから、**ジジジ……**と焼け焦げる音と煙が立ち昇る。

 腐食だ。生ぬるく、痛みが刺すように走る。


「……っ、やばい……っ!」


 焦りが喉元まで込み上げる中、リュークは肩で息をつき、頭を切り替える。


(動きが速い、攻撃が当たらない。捕まれば腐食……正面からやり合っても無理だ)


「シャドウファング、援護してくれ!」


 鋭く指示を飛ばすと、相棒は即座に反応。


 だがその足は、一瞬だけ止まった。

 目の前の“それ”に本能が怯えたのか、黒狼の体がかすかに震えていた。


 けれど――牙を剥き、低く唸り、シャドウファングは再び前へと踏み出した。

(怖いのは俺だけじゃない……それでも、進むんだ)


 水を**バシャッ!**と蹴り上げながら、闇の中へと踏み込む。

 リュークも続き、影の横を突くように斬りかかる――が。



 スカッ……!


 刃は確かに当たったはずだった。


 だが、影の身体は**モワッ……**と霧のように広がり、斬撃は空を裂くだけに終わった。


「攻撃が……通らないだと!?」


 思わず漏れた声に、背筋が寒くなる。

 その刹那、影が反転。背後へ**スルッ……**と回り込み、さらに――


 ヌチャ……ヌチャ……ッ


 壁や天井を這いながら、何本もの触手を音もなく伸ばしていく。

 その気配はまるで、獲物の喉元にじりじりと迫る蛇のようだった。


 リュークは本能的に身を伏せるが、一本の触手が肩をかすめた。


「ぐっ……!」


 ビリッ――ザリィッ!


 鋭く肉が裂ける感覚と同時に、冷たい痛みが肩口を貫く。


 血が**ピチャ……ピチャ……**と水面に滴り、薄く赤黒い波紋がゆっくりと広がった。


 その赤に、影は呼応するかのように**ズズゥ……**と不気味に膨張していく。

(このままじゃ――やられる……!)


 焦燥を押し殺し、リュークは必死に周囲を見渡す。


 その視界の隅――苔むした壁に、歪みかけた魔法陣がうっすらと刻まれていた。


(……あれは?)

 なぜか分かる――見たことなどないはずなのに、頭のどこかが「知っている」と告げてくる。


(封印術……古い形式の……!)


「シャドウファング、奴を引きつけろ!」


 即座に叫ぶと、黒狼は低く唸り、鋭く飛び出した。


 だが――


 ズバッ――ガギィッ!


 天井から垂れた触手が、勢いよく**バチンッ!**と巻き付き、シャドウファングの四肢を絡め取った。


「しまった――っ!」


 毛皮に絡んだ触手の表面からは、**ジリジリ……**と煙が上がる。

 灼け焦げる臭いが鼻を刺し、獣の身体が苦悶に震える。


「離れろ、シャドウファング!!」


 リュークは腰のポーチを荒々しくまさぐり、小型爆竹を取り出した。


 火打ち石を**シュッ――カチッ!**と鳴らし、火花を走らせて爆竹を点火。


「っ……今だ、投げるぞ!」


 パァンッ!!


 狭い空間に響き渡る鋭い爆音。空気すら揺れるその衝撃に、影の身体がガクッと仰け反った。


(音に……反応した!?)


 かすかな確信にリュークの目が鋭くなる。


「音が弱点か?――なら……やれる!」

「シャドウファング、右に回り込め!」


 咄嗟に手を振り、小石を**カッ!と弾いて影の注意を逸らす。


 シャドウファングは即座に動き、影の死角をバシャッ――ズダンッ!**と跳ねて駆ける。


 影はその動きに翻弄され、攻撃の焦点を定めきれない。


(今だ、影の意識がぶれた……!)

 だが――



「ッ……!」

 天井と壁を這うように、**ズルズル……**と這い寄るもう一本の触手が、リュークの足元に忍び寄っていた――。


 瞬く間に足首が絡め取られ、ジジジ……ッという焦げる音と共に服が焼け、皮膚に焼きつくような激痛が走る。


「くっ……!!」


 リュークは呻きながらも咄嗟に口笛を吹き、命令を飛ばす。


「シャドウファング、今度は左へッ!!」


 相棒は即座に応じ、**ザシュッ――!**と水飛沫を上げながら影の背後へ滑り込んだ。


 その動きに、影の意識が分散される。


「グルルッ!!」


 唸り声と共に、シャドウファングが勢いよく飛びかかり――


 バキィッ!!


 獣の牙が影の触手を食い破る。**グギギッ……!**という異様な軋み音が響き、腐蝕していた触手が裂けて霧のように弾け飛んだ。


 リュークの足が自由になり、彼は荒く息を吐きながら体勢を整える。


「……助かった……!」


 膠着こうちゃくしていた戦況に、一気に風が吹き込む。


 リュークはその隙を逃さず、魔法陣へと駆け出した。

 壁の一角に刻まれた、古びた封印陣――リュークはその前に立ち、手をかざす。


「頼む……!」

「お願いだ……何でもいい……こいつを止めてくれ!!」


 心からの叫びと共に、無意識に魔力を流し込む。


 その刹那――

 陣の文字が**スゥッ……**と淡く光り始め、空気が変わった。


 だがそれは単なる“封印術”の起動ではなかった。

 魔法陣の一部――中心に浮かび上がった幾何学模様の一角が、なぜか、どこかで見たような記号と重なって見える。


(これは……?)

 記憶にはないはずのそれに、手が勝手に動く。


 刃を握る手が、一点へと導かれるように、迷いなく魔法陣の中心を貫いた。


 ガッ!


 短剣が突き立つと同時に、リュークの首元でわずかな重みが揺れた。


 視界の隅、金属片の首飾りがかすかに**カラン……**と音を立て、風化しかけた古代の記録文様が淡く滲む。


 ギギギギ……!


 だが光はまだ弱く、影は一度霧散したかと思えば再び凝集し、禍々しい人型へと姿を変えて迫ってくる。


(間に合わない――!)

 影が刃のような腕を高く振り上げた、その瞬間――


「グオオオォォッ!!!」


 シャドウファングの咆哮が、地下に轟いた。


 だがそれは、ただの吠え声ではなかった。

 音に魔素のゆらぎが混ざり合い、空間がわずかに歪む。


 共鳴音――封印陣の魔力と反応するように、空気中の魔素が振動し、影の身体が激しく震えた。


 その共鳴に呼応するように、リュークの首飾りが**ピィィィ……**と高い微振動を発する。


 まるで何か古い“力”に反応するように、胸元が焼けるように熱を帯びる。


「今だッ!!」


 リュークの叫びと共に、魔法陣が**バチィィッ!と光を放ち、轟音と閃光が空間を満たす。


 壁を走る光の模様、天井から剥がれ落ちる瓦礫、洞窟全体がズゥゥゥン……!!**と震えた。


 その瞬間、リュークの視界が一瞬だけ白く染まる。


 光の裏に――誰かの手。炎と血の戦場。白銀の髪。祈る少女。

(今のは……?)


 脳裏に閃いた一瞬の断片。だが、それを追う余裕はなかった。


「シャドウファング!!」


 リュークの声に応じて、黒狼は影へ猛然と飛びかかる。

 **ガリィッ!**と鋭い爪が影の胴を裂くと、


「ギギギ……ギャアアアアアッ!!!」


 断末魔とともに、影の身体がズズズ……ッとねじれるように霧散し始めた。


 だがそれは、ただの消滅ではなかった。


 封印陣の力場に引き寄せられるように、影は痙攣しながらも必死に抗い、逆流するように一度身体を戻そうとする。


「ギギギギギギ……アァァ……」


 それは悲鳴とも、呪詛ともつかない音だった。


 リュークの体に突如、鋭い痛みが走る。


 胸元――首飾りの箇所が強く灼け、足元の魔法陣からも焼け付くような圧が駆け上がる。

(っ……これは……俺の魔力を、喰ってる……?)


 牙を食いしばり、立ち尽くすその背後で、

 触手は痙攣し、黒い靄となって**ジュゥ……**と溶けるように光の中へと消えていく。


 パキィンッ!!


 最後に、何か硬質な結晶が砕けるような音とともに、影は完全に崩壊した。


 水面には、ただ黒く焼け焦げたような痕跡だけが、ゆらゆらと残っていた。


(……倒したのか……?)


 静寂――。


 ただ、そこには確かな勝利の余韻と、張り詰めた空気の名残だけが漂っていた。


 リュークは膝をつき、**ハァ、ハァ……**と荒く息を吐く。


 全身の筋肉がまだ緊張から解き放たれず、手が微かに震えていた。

 だが――彼はすぐに隣へ視線をやる。


「シャドウファング……無事か?」

「グルル……」


 黒狼は低く唸り、静かに寄り添ってくる。

 その瞳はいつも通り鋭く、それでいてどこか安心したように揺れていた。


「……ありがとう、シャドウファング。助かった」


 リュークの声に、ファングは尾を一度だけ振る。


 まるで、「そんなの当たり前だろ」とでも言いたげに――。

 言葉はいらなかった。


 互いの生存を確かめ合い、戦いを乗り越えた確信と絆が、そこにあった。

 だが、リュークの目はすぐに影の消えた場所へと向かう。


(……それでも……なぜ、魔法陣は発動した?)

(俺は……封印術なんて知らないはずなのに――)


 胸の奥に、冷たいざわめきが走る。

 まるで、眠っていた知識の破片が、無意識の中に流れ込んだような感覚――。


(……この感覚……どこかで……)


 ふと脳裏に浮かぶのは、村の教会でのあの瞬間。


 怒りに支配されかけた時、空間に走ったひび割れと、天井に現れかけた謎の魔法陣。


 あの時と、今の感覚は――酷似している。


(……あれも、今回も……俺の意思で発動させたわけじゃない)

(なのに、確かに俺の内側から“何か”が反応していた……)


(……やっぱり、これは……メモリーバンクの影響……?)

(いや、それすらも……分からない)


 ふと、視界の端に映った地面の一角。

 黒く焦げたような痕の中央で、**ズ……ズ……**と何かが蠢いていた。


(……まだ完全に終わったわけじゃない。あれは――)


 リュークは慎重に歩を進め、その中心へと近づいた。

 影の残滓を踏まないように足を運び、そこで見つけたものに、足を止める。


「これは……」


 小さな宝箱。

 どこか歪な形をしたそれは、静かにリュークの前に佇んでいた。


 ゆっくりと蓋を開けると、**キィ……**という金属の擦れる音と共に、古びた巻物が姿を現す。


(……なんだ、これ……)

 巻物を広げた瞬間、文字が視界に飛び込んできた。


 だが――意味が分からないはずの文章が、なぜか自然に頭の中へと入ってくる。


「……封印術の古文書……?」


 読み方など知らない、なのに頭の中へと流れ込む。

(どうして……知らないはずなのに……だが正確には理解できない)


 困惑とともに、リュークは巻物を丁寧に収めた。


 そして、ふと隣のシャドウファングへ目をやる。

 相棒も静かに佇み、じっと彼を見つめていた。


「次は……もっと上手くやれるはずだ」

「……グルル」


 ファングは力強く、短く鳴いて応える。

 言葉はなくとも――


 その場にいたのは、互いに“信じた者と信じられた者”の、揺るぎない静かな誓いだった。


 次回:第二の影――闇を喰らうもの

 予告:空間すら侵蝕する闇。撤退は、敗北ではない。

読んでいただき、本当にありがとうございます。

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今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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