第3話 ナレーション 裂けた夜と、始まりの記憶
──衝撃の邂逅──
君は、自分の“存在”を疑ったことがあるか?
全てが始まる前に、忘れ去られた“記録”が存在していた。
その夜、空が裂けた。轟音が街を揺らし、天井は水面のように波紋を描いた。光と闇の裂け目から現れた少女は、鋭く冷たい瞳で俺を見下ろし――
「リューク……」
その声は、何度夢に見ても届かないはずのものだった。胸に深く突き刺さる囁きに、世界は眩い閃光とともに崩れ去った。
夢か、それとも……
書架の影に身を潜め、鼓動だけが響く。少女の視線は、いまも魂を凍らせる。唇が震え、視界の端が滲んだ。
──数字なき異端──
この世界では人は数値で管理される。レベルが階級を示し、スキルは価値を証明し、経験値は祝福と呼ばれる。
だが、俺のスコアは一度も動かない。
幾度の命懸けはすべて「不具者」の烙印に変わり、ギルドは「記録不能」と切り捨て、学者は「異常個体」と嘆き、治癒士は「魂の欠損」と診断した。
(誰もこの真実を掘ろうとしない……)
怒りが胸を焼き、震えた指で端末に命じる。画面に浮かぶ文字列は――
【ログ:異常存在を観測――Ryuk】
己の名が刻まれるその瞬間、怒りと失望が奔流のように押し寄せ、視界が揺れた。
──出発の決意──
目を閉じ、深く息を吸い込む。少女の声と“欠損者”の烙印が、いまも胸を締めつける。
「……終わらせるわけにはいかない」
胸の奥が熱を帯び、血が逆流する感覚が走った。
その時だった。無意識に、口が動いていた。
「……メモリーバンク」
自分の声にハッとする。覚えのない言葉。けれど口にした瞬間、心臓が一拍だけ強く打った。
胸の奥で、長く閉ざされていた“何か”が軋みを上げる。
――記憶の扉が、ゆっくりと鍵を外し始めていた。
その感覚は一瞬で消えたが、確かに中で何かが目を覚まそうとしている。
【メモリーバンク】――この名が示すものが何なのか、まだ分からない。
だが、それが真実へ続く道と重なっていることだけは、直感で理解できた。
──闇が世界を包み込む前に、真実への旅を始める。
【プロローグ:世界の構造外】
煌びやかなネオンが黑い空を裂き、無数のホログラムが宙に絵画のように浮かぶ
――ここは高度量子魔法文明の要衝、アストラルムの夜の都市(Night City)。
街灯の一つひとつが量子情報の輝きを纏い、空すらも生き物のように瞬き続けている。
──風が、わずかに耳元を撫でた。
シュゥ……と流れる空調音の奥に、かすかな機械の脈動が都市全体を静かに鼓動させていた。
天井のように広がる夜空には、星々が均一な間隔で並んでいた。
しかし、リュークはふと違和感を覚える。
「……あの星、位置が……微妙に“浮いて”る?」
その呟きは、ごく小さく、そして確かな疑問として空気に溶けた。
かつて、ある学者が口にしていた言葉が脳裏をかすめる。
“見ていい星と、見ちゃいけない星がある”――。
意味は分からない。
だが、胸の奥に奇妙な引っかかりだけが残った。
(こんな違和感を、誰も“異常”だと思わないのか……)
──ぞくりと背筋が震えた。好奇と嫌悪が入り混じるこの感覚を、どう受け止めればいいのか分からない。
見上げる空も、足元に広がる都市の光景も、すべてが完璧すぎる。
だが、その「均整」の裏に漂う違和感を、リュークだけは確かに感じ取っていた。
胸の奥で鼓動がひとつ跳ね、呼吸がわずかに浅くなる。背中を薄い熱が這い上がり、
耳の奥で脈打つようなざわめきが響く――まるで何かが、自分の奥底を叩いて目覚めさせようとしているかのように。
――この都市は、美しすぎる。
都市の中枢神経【アストラル・マトリクス】が、エネルギー供給、交通網、気象制御をはじめ、住民の夢や記憶さえも精密にプログラムしている。
──それでも、俺の夢だけはいつも乱れる……
感情の浮き沈みをも微調整されたはずの心が、制御の網をかいくぐって暴れ出す。秩序は静かになめらかに保たれているが、俺の内側には小さな亀裂が走っていた。
誰もが便利さと平穏を享受するこの楽園。
しかし、それはあまりに“完全”すぎた。完璧すぎる都市。完璧すぎる世界。
――それは、時として「牢獄」となる。
アストラル・ラボラトリー。
都市の最深部――王族と選ばれし研究者だけが立ち入れる領域。
リュークは、ただひとりホログラムに囲まれ、黙々と指を動かしていた。
ピピッ……カシュッ……
光のパネルをなぞるたび、反応する電子音が静寂を切り裂く。
「……回路図が、また勝手に書き換わってる……?」
眉をひそめながら、リュークはホログラムの中央部を拡大した。
目の前に浮かぶ回路図は、わずかながら、先刻とは確かに異なっていた。
誰も手を加えていないはずのデータが、
まるで“外部の意思”によって密かに更新されたかのように。
(……またか。原因は、いまだにわからない)
それでも指は止まらない。
リュークは、【王家の天才】と呼ばれていた。
若くして量子魔法の根幹に至り、未来を嘱望された存在。
だが、その胸には――言葉にできない違和感が、静かに宿っていた。
(誰かに……見られている?)
理屈ではない。直感的な感覚だった。
記録されるべきでない“記録”。
再生されるべきでない“記憶”。
そして、自らの思考すら――
誰かの枠組みに沿って進められているような、不気味な既視感。
まるで、自分の人生が
“予定された筋書き”をなぞっているかのような感覚だった。
不自然な安心感。
変化のない都市。変化のない世界。
自由に見えて、どこか――支配されている気配。
冷たい違和感が、胸の奥でじわりと膨らんでいった。
ふと、研究室の廊下を出たときだった。
リュークは、わずかな坂道を歩きながら、足を止める。
視界には、緩やかな傾斜が広がっていた。
――なのに、体感は妙に“平坦”だった。
一歩ごとに筋肉の緊張が変わるはずなのに、重さがまったく変わらない。
足裏に感じる圧も、驚くほど均一で――
まるで、“傾斜そのものが存在しない”かのようだった。
「……重力が、補正されてる?」
呟いた声が、ふっと空気に溶けた。
これは単なる魔法的調整ではない。もっと根本的な――“物理法則の書き換え”だ。
この都市では、気候も感情も、光さえも精密に制御されている。
──それでも俺は、確かに胸の奥で感情が揺らいでいるのを感じた。
ならば重力の操作も、当然の帰結だろう。
……そう思った瞬間、頭の中で何かが音を立てた。
(“記憶”や“感情”さえも制御されるなら、過去の出来事すら――操作できるのではないか?)
気づけば周囲には、“違和感の痕跡”が散らばっていた。
誰も語ろうとしない過去。
文献に記されぬ歴史。
そして、わずかに食い違う公式記録。
それらは、本当に“失われた”のではない。
意図的に――“消された”のだ。
やがて、リュークは一つの仮説に辿り着く。
――この世界は、周期的にリセットされているのではないか。
都市全体、文明、記憶。
すべてが、ある一点を境に崩壊し、
再び新たに構築される。
しかも、その痕跡すら完全に消去され、
あたかも“最初からそうだった”かのように――
「この世界には、“過去”が存在しない。」
「記憶が……持続しないようになっている」
呟いた声に、わずかな震えが走る。
恐るべき真実――
その中で、リュークだけが“断片的な違和感”を記憶に留めていた。
なぜ、自分だけが“忘れない”のか?
なぜ、自分の研究データだけが“干渉”されるのか?
答えのない問いを抱えながら、リュークは静かに立ち上がる。
――だからこそ、彼は選んだ。
密かに構築していた禁忌の魔術プロトコル、【イグニッション・コード】。
本来存在しないはずの“出口”へと至る鍵。
リュークは端末に手を伸ばし、コード起動の最終入力にかかる。
……だが、その手が一瞬だけ止まった。
(……本当に、この先に“答え”があるのか?
それとも、これすら“仕組まれた選択肢”なのではないか?)
自らの意志で踏み出したはずの行動。
それすら、誰かに“選ばされている”のではないか――
そんな疑念が、指先をわずかに躊躇わせた。
だが、リュークは深く息を吸い込み、瞳を鋭く細めた。
「……たとえ誰かの掌の上でも構わない。
俺は、この世界の外へ行く。
真実を暴き、証明するために」
その言葉と共に、決意のままに指が動く。
カチッ。
端末に小さな音が鳴り、コード入力が完了する。
リュークは、静かに――だが力強く、コードを実行した。
ギィィィ……ン……
青白い光が空間を引き裂き、
重力と時間の軸がねじれ始める。
ホログラムがバチバチッ……!と乱れ、
装置が金属を軋ませるような軋音と共に悲鳴を上げた。
まるで、この行為そのものが“規定違反”であるかのように、
都市の空間が警告音のように低く震え始める。
空間が裏返り、重力が泡立つように崩壊し、
時間が波紋のように歪んで広がっていく。
その瞬間――
リュークの視界が反転し、
意識は光と闇の狭間に、無重力のまま投げ出された。
――だが、その直前、彼は確かに見た。
都市の彼方、果てしない虚空の向こうから、**無数の“目”**が、じっとこちらを見つめていたのを。
世界の牢獄、その外側。
普通なら背筋を凍らせる光景。だが――リュークの胸は逆に熱を帯びた。
(……ついに、ここまで来た)
(この先へ行けるのは……俺だけだ)
その“目”は、恐怖ではなく試練のように感じられた。
この世界を観測し、記録し、操作している“何か”が確かに存在する。
そして今、リュークはその“枠の外側”へと落ちていく。
――世界の真理に、最も近い場所へ。
真実への旅が、ついに始まった――。
次回:異端の村と、歪む扉
予告:生き延びた先で、運命の扉が軋む。
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