第29話 勝利の残響、沈む影と再起の息吹
静寂が戻った洞窟の奥、ゴブリンたちの死骸から立ち昇る黒い瘴気が、まるで敗者の無念を表すかのように揺らめいていた。
「ふぅ……何とかなったか」
ガルドが剣を地面に突き立て、荒い息をつきながら膝をつく。
リュークも壁に寄りかかり、肩で息をしていた。指先はまだ震えている。
ふと、リーナが腰のポーチから水筒を取り出し、無言でリュークに差し出した。
「……ありがとう」
リュークは受け取り、ごくりと水を喉へ流し込む。
冷たい水が体内を満たし、張り詰めていた神経がわずかにほどけた気がした。
(今の戦い方……悪くはなかった。けど、まだ無駄が多い)
爆裂玉の使い方は確かに功を奏した。しかし、真正面からぶつかっていれば、恐らく持たなかった。
知識と工夫で戦うしかないと腹を括ったはずが、その覚悟すら甘かったと痛感する。
「リューク、大丈夫か?」
ガルドの声に、リュークは肩で息を整え、微かに笑みを返した。
「……なんとか。でも、次はもっと上手くやってみせます」
「お前……十分すげえよ」
ザックがぽつりと呟き、短剣を腰の鞘へと戻す。
その一言に、リュークの胸が少しだけ熱を帯びた。
ザックはポーチを探ると、小さな包みを取り出し、リュークへ差し出す。
「ほら。無理すんなよ。応急用だけど、これ……薬草だ」
リュークはわずかに目を見開いた後、素直に受け取った。
「……ありがとう。助かる」
薬草から漂う、落ち着くような香り。
指先でそっと砕き、傷口へ当てると、
ジリ……と熱が刺すように沁みた。が、同時に痛みが和らぎ、傷が静かに鎮まっていくのを感じる。
そのとき、シャドウファングがリュークの足元に近づき、鼻先で彼の手をそっとつついた。
「……大丈夫だ」
リュークは小さく呟き、黒狼の頭を優しく撫でる。
そのぬくもりが、確かに力へと変わっていく気がした。
「あれを見て」
リュークが指差した先――そこには、かすかに光る宝箱が静かに鎮座していた。
「まさか……ゴブリンたちの戦利品か?」
ガルドが警戒を込めて近づき、宝箱を覗き込む。
「罠があるかもしれん」
ザックが素早く調べを入れる。
数秒後、彼は頷いて言った。
「大丈夫だ。罠はない」
そう告げると、ガルドはゆっくりと蓋を開いた。
ギィ……
中には、黒革の袋、鈍く輝く短剣、そして青白く光るクリスタルが丁寧に収められていた。
「……こいつは……!」
ガルドが思わず声を上げ、目を見開く。
リュークは無言でクリスタルを手に取り、その淡い光に目を細めた。
淡く脈打つような輝きが、彼の掌に静かに滲む。
「また……スキルクリスタルか?」
そのつぶやきには、期待と戸惑いが入り混じっていた。
【スキルクリスタル】
──メモリーバンクの開放に使用。なお、開放には金貨が必要。
頭の奥に直接響く、あの機械的な声。
「……また金貨か」
リュークはわずかに眉を寄せ、悔しげに歯を食いしばった。
この力が目の前にあるのに、手が届かない。
だが――必ず手に入れる。それだけは決して諦めなかった。
次に、黒革の袋を開けると、乾いた音を立てて金貨と銀貨がいくつか転がり出た。
「おおっ! こりゃ当たりだな!」
ガルドが嬉しそうに笑い、金貨を両手で掴んで数える。
「金貨小15枚、銀貨大3枚。へへっ、悪くねえ」
「やったな、リューク」
ザックが感心したように声を漏らす。空気に、ようやく戦闘を終えた安堵が満ちていく。
最後に、リュークは鈍く光る短剣に目をやった。
その刃を手に取った瞬間、わずかに手のひらが跳ねるような重みと感触が返ってくる。
柄には黒曜石を思わせる装飾が施され、刃の根元には細かな魔法陣のような刻印が浮かんでいた。
「シャドウダガー、か……。攻撃力が上がりそうだな。何か、特殊効果もあるかもな」
ザックが低く呟く。
リュークはその言葉に頷きながら、短剣をしっかりと握り締める。
直感が告げていた。これは――自分の戦い方に、合っている。
「そいつはお前が使え。あのシャーマンを落とせたのは、お前の判断と連携だ」
ガルドの声には、素直な称賛が滲んでいた。
「……ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく」
リュークは礼を言い、短剣を丁寧に腰へと収めた。
その指先には、まだわずかに戦闘の熱と震えが残っていた。
宝箱の確認を終えたリュークたちは、洞窟の出口へと歩を進める。
張り詰めた戦闘の余韻が、ようやく少しずつ抜けていくのを感じながら。
「リューク、さっきの戦い方……悪くなかったわよ」
リーナが優しく微笑み、肩を軽く叩いてくる。
その声にこもる安心と信頼に、リュークはほんの少しだけ目を伏せる。
「ありがと……でも、まだ足りない」
低く、力強く呟いたその声は、どこか悔しさと決意が混ざっていた。
「俺は、どうかと思うけどな」
「……でも、お前のやり方、結果は出した。納得はしないが、認めるぜ」
ザックが苦笑気味に言い、背を向ける。
その態度にも、わずかな敬意が滲んでいた。
リュークは言葉を返さず、代わりに腰の短剣を軽く握り締めた。
先ほどの死線が、いまだ胸の奥に熱く残っている。
シャドウファングがそっと足元に寄り添い、静かに尾を一度だけ振った。
その動きに、リュークはふっと微笑を浮かべる。
「もっと……強くならないと」
新たな力。そして、目の前にある現実。
(俺には、やるべきことがある――)
リュークは誰ともなく前を見据えた。
その背中に、かすかな決意と希望が宿っていた。
彼の戦いは、まだ――始まったばかりだ。
◆帰還
ゴブリンの巣を後にしたリュークたちは、慎重に森を抜け、夕暮れの光が差し込む街道へと戻った。
空気には、戦いを終えた者だけが感じる安堵と疲労の色が滲んでいる。
「いやぁ……まさかあんな大物まで出てくるとはな」
ガルドが苦笑まじりに肩を回し、軋むような音を鳴らす。
その一言に、皆の顔から少しだけ緊張が抜けた。
「ほんと、危なかったわよ……」
リーナが息を整えつつ、ふとリュークに視線を向ける。
「あなた、結構やるのね。あの状況で、冷静に判断してたし……本当に初心者なの?」
リュークは一瞬だけ考え込む。
自分でも、あれほど冷静に動けた理由に確信が持てなかった。
「……分からない。でも、体が……自然に動いたんだ」
自嘲気味な笑みを浮かべながら、そう答える。
リーナはわずかに目を見開き、少しだけ眉をひそめたが、すぐにその表情を和らげた。
「……そう。ま、助かったから、いいけどね」
照れ隠しのような言葉に、リュークは苦笑を漏らす。
その時――
道の脇、草むらから小さなウサギがひょこりと飛び出してきた。
シャドウファングがピクリと耳を動かし、瞬時に反応する。
「おいおい、狩りはもう十分だってば」
リュークがやや慌てて言うと、ファングは小さく鼻を鳴らし、その場でくるりと身を翻してリュークの足元に戻ってきた。
「……本当に賢いわね、あの子」
リーナが感嘆交じりに呟く。
ガルドも、面倒くさそうに頭をかきながら苦笑する。
「人間より、よっぽど空気読んでるかもな」
そのやり取りに、リュークもつられるように表情を緩めた。
張り詰めた空気がやわらぎ、一行の笑い声が、木々に囲まれた静かな森の中へと消えていく。
「さて――ベルハイムに戻ったら、まずはギルドだな」
ガルドが地図を広げ、街への最短ルートを指でなぞる。
「そうですね。討伐報酬の受け取りもありますし……」
リュークは腰に収めた“シャドウダガー”にそっと手を添えた。
革越しにも伝わってくる、冷たくも確かな重み。
それは、自分が確かに“前に進んだ”証だった。
(新しい武器……新しい力。まだ足りない。でも、少しずつでも……)
自分の中に芽生えた感覚が、確かに何かを変えようとしている。
(俺は……どうなっていくんだろうな)
リュークはふと、少しだけ遠くの空を見上げた。
淡く色づく黄昏の空が、明日へと続いているように思えた。
次回:ギルドの報酬と、戦術の種火
予告:手にしたのは栄光か、それとも序章か。
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