第1話 目覚めの地――封印の残響
ピキ……ッ。
空間が裂ける音と同時に、爆光が視界を呑み込んだ。
張りつめていた空気が裏返り、世界がひっくり返る感覚が遅れて襲う。
衝撃波。瓦礫が一瞬、空中で止まり、そのまま崩れ落ちた。
鋭い石片が頬をかすめ、あとから焼ける痛みが追いかけてくる。
耳鳴りだけが世界を占領し、高い音と低い音がぶつかり合って視界が白霞ににじむ。
息を吸おうとしても空気が入らない。
「……っ、がは……っ」
灰の味が舌に張り付く。焼けた喉が咳を押し戻した。
空気は熱と粉塵でざらつき、吸い込むたびに肺の内側が削られるようだ。
(……死ぬ、のか?)
その言葉だけが、やけにくっきり浮かんだ。
理由も分からず、ただ、このまま消えるのは嫌だと、遅れて実感が追いつく。
倒れたまま腕に力を込め、揺れる視界に無理やり焦点を合わせる。
――崩れた石柱。黒焦げの壁。半分消えた天井。
亀裂の走る床に、煤混じりの砂が薄く積もっていた。
柱の壊れ方が妙に整って見えた。
(一点の破壊じゃない……複数方向から負荷をかけられてる)
自然と立ち上がる分析に、自分が遅れて驚く。
(……ここは、どこだ?)
『目覚めたか……リューク』
心の底を揺さぶるような、何処か聞き覚えのある声。
「わからない……」
上体を起こそうとして肩が瓦礫にぶつかり、鈍い痛みが輪郭を主張する。
顔をしかめて辺りを見回すが、誰もいない。
崩れた柱、割れた石、押し潰された机の残骸だけ。
声の出所を探った瞬間、頭を貫く痛みが思考を折った。
視界が白反転し、ひび割れた断片だけが浮かび上がる。
――崩れ落ちる神殿。
――白銀の髪の少女。
名前でさえ「そうだった気がする」程度の確信しかない。
手を伸ばしても、指先からこぼれ落ちていく。
思い返そうとするほど、さっきの“声”だけが棘のように沈んでいく。
痛いわけじゃない。ただ、「ここに何かある」と告げる目印みたいに。
「……ふう」
瓦礫に背を預け、息を整える。
何を奪われたのか分からないのに、“大事なものがごっそり抜け落ちた”感覚だけが胸に残っていた。
ぽっかり空いた穴の縁をなぞるみたいに、意識が同じ場所をぐるぐる回る。
怖さは残っている。
それでも、さっきの声と、断片的な神殿の光景が、その恐怖をただの「終わり」にはさせてくれなかった。
呼吸だけを数える。一つ、二つ。
ようやく息が戻った頃、視界の端で光が跳ねた。
崩れた壁の隙間。瓦礫の間から半分埋もれた小さな手鏡を拾い上げる。
罅の走った鏡面を拭うと、青い瞳の少年が映った。黒髪。
一房だけ、銀に近い色が光を拾っている。
(……俺、か)
見覚えはない。けれど、他人と切り捨てるには近すぎる。
胸元に違和感。指先が、古びた金属片の首飾りに触れる。
冷え切った見た目に反して、そこだけが微かな熱を宿していた。
「……熱い?」
火傷ではないが、肌とは違う温度。
鼓動のように脈打ち――ただ、自分の心臓のリズムとほんの少しズレている。
そのズレが、背筋をひやりと撫でた。
(……動いてるのは、俺か。こいつか)
不意に心の中がざわつき、喉の奥に冷たいものがせり上がる。
(悪くない目覚ましだな)
わざと軽口を叩く。
そうでもしないと、さっき喉までせり上がった「消えたかもしれない恐怖」が、また戻ってきそうだった。
「名前……リューク……」
声にした途端、喉に小さな異物感が走る。
ぴたりとはまったようで、どこか噛み合っていない。
けれど、そのわずかなズレも含めて「ここから埋めていけ」と言われている気がして、胸の中に小さな高揚が灯る。
「……本当に、これだけか」
周囲を見渡す。手元に残っているのは、首飾りと、自分の身体だけ。
吐き捨てるほどの“持ち物”すらない状況に、苛立ちよりも、「だったら好きに積み上げてやればいい」という開き直りが勝った。
何もないなら、全部自分で選んでいける。
その考えが浮かんだ瞬間だけは、記憶喪失さえ悪くないおもちゃに見えた。
ふらつきながら立ち上がると、足元の砂に浅い足跡が残っていた。
しゃがみこみ、輪郭をなぞる。
(……誰かがいた。ついさっきまで)
喉の奥から、言葉にならない衝動がせり上がる。
声が欲しい、というより――「生きている気配」を一度でいいから掴み直したい。
置いていかれた、という感覚が舌に苦い。
寝かされ、覗かれ、勝手に消える。そんな構図が、妙に気に障った。
(ここで止まったら、また……)
足元の砂に残る浅い跡。まだ残っている。
追うべきか、隠れるべきか。
迷う時間が、いちばん無駄だと身体が知っていた。
胸元の首飾りに指がかかる。冷たいはずの金属が、微かに熱を持っている。
危険か、道標か――どっちにせよ、「無視するな」という圧だけははっきりしている。
(奪われっぱなしは性に合わない)
リュークは首飾りを握り、息を吸い込んだ。
内側の熱が、かすかに追随する。
「……追う」
足跡が続く方角へ、踏み出した。
外は廃墟の村。
半壊した家屋、黒焦げた木材、転がる椅子。生活の痕跡だけが残った静寂。
ついさっきまで誰かがいた気配が、煙のように漂っている。
止まっているのに、終わっていない。そんな空気だった。
ザッ……ザッ……。
自分ではない足音。軽いリズム。
反射的に家屋の影へ身を滑らせる。
冷たい空気と埃の匂い。くしゃみを噛み殺し、息を殺した。
鼓動が耳の裏でうるさい。
だが、恐怖で固まる感じとは違う。次の一手を待つ緊張に近い。
何かが路地を通り過ぎる。距離があり、輪郭だけが黒く動いた。
「……生き物か」
ほっと息を抜きかけた、その瞬間。
頭上で、木が擦れるような極小の音がした。
同時に、粉塵がぱらりと落ちてくる。空気が、ほんの少しだけ沈む。
(……来る)
考える前に身体が動いた。
つま先で床を蹴って半歩ずらし、肩を落として瓦礫の角へ滑り込む。
直後、梁がリュークのいた空間を正確に断ち割った。
風圧が頬を裂き、耳の奥で空気が弾ける。床が震え、粉塵が大きく舞い上がった。
「……は? 今の、俺?」
息は荒いのに、声だけが妙に軽い。
ミシ、と鳴った瞬間で終わるはずだった。だが遅れはない――外す余地すらなかった。
(……今の反応、説明がつかない)
酔っているわけじゃない。
身体が「根拠があった」と言い張っているのが気味悪い。
視線を梁の破壊痕へ滑らせる。
粉砕じゃない。狙った角度。しかも――
さっき通り過ぎた影。罠のタイミング。首飾りの脈。
線が、一本に繋がっていく。
(偶然? 冗談だろ)
誰かが仕掛けた。
しかも“反応できるかどうか”の境目を狙って。
喉の奥が冷える。
それでも、内側の熱は消えない。恐怖が、そのまま苛立ちに変わっていく。
(試してるつもりか。……いい。乗ってやる)
口元の笑みは、抑えきれなかった。
倒れた机の下に紙切れが挟まっている。
衝撃で机がずれ、下に隠れていたものが覗いた。
梁に気を取られていれば、まず見逃す位置だ。埃を払い、かすれた文字を追う。
『――世界は、すべて偽りである』
たった一文。
なのに目に入った瞬間、周囲の音が一段階遠のいた。
紙が震え、文字が脈打つように光り始める。
インクが滲むのではない。「最初からそこにあったもの」が浮き出てくるみたいに。
首飾りの熱が強まった。
曖昧だった反応が、今ははっきり“注意しろ”の合図になっている。
「……世界が偽り、ね」
記憶も名前も曖昧な相手に、わざわざ宣言してくる。
爆光。穴の空いた記憶。避けろと言わんばかりの罠。そこに、この一文。
無関係とは思えない。
同じ“におい”がする。
その存在が何より癪で――同時に、これ以上ないぐらい面白い相手に思えた。
紙が光の粒になって崩れる。
だが文字だけが空間に焦げ跡のように残り、ゆっくり形を変えた。
『――神殿へ』
空気が震え、「命令」としか言えない圧が皮膚をなぞる。
首飾りの熱も、重く脈打った。肯定とも否定ともつかない、濁った反応。
(神殿……崩れ落ちる光景。あの声。首飾り……)
頭に浮かんだ断片と、目の前に浮かぶ文字が、ずれなく重なる。
偶然じゃない。
その一点だけは、もう疑いようがなかった。
ここで引き返しても、終わらない。
場所を変えて、形を変えて、また何かをされる。
そんな予感が、嫌になるほど具体的に腹の底へ沈んでいく。
「背を向けたら……次は、もっと上手くやられる」
呟いて、自分の中の軸を確かめる。
怖い。爆光も、記憶の空白も、全部。
だが――勝手に弄られて、勝手に奪われて、黙って従うのはもっと嫌だ。
「やってる奴の顔くらい、こっちから見に行く」
吐き捨てた瞬間、胸元の熱が一拍だけ脈を打った。
同意でも否定でもない。ただ「進め」と押してくる、鈍い圧。
廃村を抜ける。
足取りはまだ危ういのに、一歩ごとに首飾りの脈がこちらに追随してくる。
道標みたいに、逃げ道を塞ぐみたいに。
失われたものも、この世界の仕掛けも。
どこかで見守っている誰かの意図も。
まとめて引きずり出して、叩きつけてやる。
向かうべき場所は、もうはっきりしていた。
――そのとき。
背後で、瓦礫が小さく擦れた。
風でも崩落でもない。間の取り方だけが妙に“人”に近い。
首飾りの熱が、すっと引く。
次の瞬間、心臓とは違うリズムで鈍く脈打った。
リュークは反射で肩越しに振り向く。
――誰もいない。
倒れた板が、微かな余震で触れ合っただけ。……のはずなのに、寒さだけが残る。
(……気のせいで片づけるには)
彼は首飾りを握り直し、歩幅を一つだけ速めた。
止まった瞬間に“何か”が始まる――そんな確信だけが、身体の奥に残っていた。
次回:恐怖と"生"の境界線
予告:逃げるか、向き合うか――境目が、すぐそこまで来る。
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質問です。
皆様は、
「“ステータスに何も表示されない”――あなたがリュークの立場だったら、どうしますか?」
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