第16話 スキルクリスタルと共鳴の狼
リュークがスキルクリスタルを握りしめると、結晶は眩い光を放った。
同時に亀裂が走り、砕け散る寸前の輝きが全身を包み込む。
「――ッ!」
体の奥底から灼けるような熱が溢れ、何かが外れた感覚に襲われた。
【蓄積された経験値を確認。レベルが3に上昇しました】
【リューク・サーガハート】
レベル:3
HP:90/90
MP:30/30
筋力:9
敏捷性:10
耐久力:9
魔力:6
スキル:メモリーバンク(開放条件未達成)
【記憶断片:未解析データ存在】
開放条件:金貨小一枚
「……レベル……? 俺にも……あるのか……!」
わずかな安堵の直後、脳内に鋭い衝撃が走った。
「ぐっ……!」
視界が白く弾け、断片的な映像が洪水のように流れ込んでくる。
――燃え盛る戦場。
――鋼と鋼がぶつかる音。
――遠くで響く狼の咆哮。
荒野を吹き荒れる風の中、リュークは短剣を構え、漆黒の騎士と対峙していた。
鎧に覆われた巨躯が大剣を掲げる。その刃には濁流のような魔力がまとわりつき、重く空気を揺らす。
「フン……小僧。逃げるなら今のうちだ」
低い声が、現実と幻の境界を震わせた。
リュークの心臓が、恐怖と共鳴するように高鳴る。
【無限波動 - アストラル・ウェイブ】
見えない波が広がり、空気そのものが震える。風の流れがわずかに乱れ、敵の筋肉の収縮や関節の動きが、脳内に鮮明なイメージとして浮かび上がる。
「……そこだ!」
リュークは一瞬早く動いた。
轟音とともに大剣が地面を抉る。だが、そこに彼の姿はない。
「チッ、小賢しい!」
騎士が振り返る。すでにリュークは懐へ潜り込み、短剣を閃かせていた。
空間が歪む。
◆瞬転の門 - エンタングル・リープ
リュークの姿が煙のように揺らぎ、次の瞬間、騎士の背後に現れる。
「なにっ!?」
鋭い金属音が響く。大剣がぎりぎりで攻撃を受け止めた。
しかし、リュークはすでに次の一手を重ねている。
「……見切った」
再び波動が拡がる。
右上からの振り下ろし――その未来を予測し、回避と同時に再び転移。
残像のように揺らぎ、次の瞬間、短剣は鎧の継ぎ目を穿った。
「ぐっ……これは……!」
騎士の姿が霧のように溶け、景色そのものが崩れていく。
リュークは頭を押さえた。脳裏に、断片的な映像が流れ込む。
燃え盛る戦場。鋼の衝突音。遠くで響く狼の咆哮――。
(……今のは、俺の……記憶?)
確かに刻まれた感覚がある。しかし、それは濃い霧に覆われ、形を結ばない。
混乱の中で、無機質な言葉が残響のように蘇る。
【記憶断片:未解析データ存在】
【開放条件:金貨小一枚】
「レベル……経験値……俺は、何者なんだ」
握りしめたクリスタルの残骸が、掌で冷たく崩れ落ちる。
焚き火の向こう、黒狼が静かに眠っていた。
リュークはその姿を見つめ、かすれた声で呟いた。
「……前に進むしかない、か」
◆シャドウファング
森で出会った黒狼は、リュークを敵とせず――ただ隣に立ち、共に歩むことを選んだ。
(この狼……なぜだ、懐かしい気がする)
胸の奥に奇妙な既視感が走った瞬間、リュークの脳裏にひとつの言葉が浮かぶ。
「テイム」
(……試す価値はある、か)
彼はゆっくりと腰を下ろし、警戒を解かぬようにして黒狼へ手を差し伸べた。
「……お前、本当に俺と行くつもりがあるのか?」
静寂。
黒狼はじっとリュークを見返す。その瞳には、獣の本能を超えた理性の光が揺れていた。
やがて――狼は前足を踏み出し、鼻先をそっとリュークの掌へ寄せる。
視界に淡い光が浮かんだ。
【黒狼をテイムしました 名前:シャドウファング】
「……成功、なのか」
半ば信じられぬ思いで目を凝らすと、簡易ステータスが映し出される。
【シャドウファング】 属性:闇
レベル:???
スキル:???
状態:リュークに忠誠を誓う(覚醒待機状態)
「……覚醒待機、だと?」
意味は分からない。だが、今はただ――この存在が自分の傍にいるという事実が重かった。
リュークはそっと黒狼の頭へ手を置き、口元に小さな笑みを浮かべる。
「……シャドウファング。お前の名前、か」
「これから頼むぞ――相棒」
シャドウファングは短く鼻を鳴らし、静かに応えるように目を細めた。
威嚇ではない。むしろ、静かな共鳴のように聞こえた。
(……やはり、不思議なやつだ)
どこかで、この狼と共に歩いた記憶がある――そんな感覚だけが胸に残る。
しかし、それがいつ、どこでなのかは思い出せない。
リュークは焚き火の炎を見つめ、小さく息を吐いた。
「……今は考えても仕方ない」
ベルハイムまで、まだ数日。
新たな手掛かりを求めて、リュークは再び旅を続けるのだった。
◆夢の描写
——白
果てのない白の空間。
床も、天井も、壁すら存在せず、すべてが滲むように溶け合っていた。
浮遊する感覚の中で、リュークは確かに“立って”いた。だが足音はなく、呼吸の音さえも消えている。
音も重力も、すべてが失われた“虚無の世界”。
そのとき、不意に――声が響いた。
耳ではなく、意識の奥底へ直接染み込むような、静かで低い声。
『……記憶の鍵は……汝に宿る……』
『……イグニッション・コード……』
『……この世界は……“偽り”である……』
断片的に流れる言葉は、古びた記録装置が途切れ途切れに再生しているかのようだった。
それが命令か、警告か、あるいは祈りなのか――判別できない。
——ズズズ……。
空間そのものにひび割れが走る。
視界に亀裂が走り、そこから淡い光が滲み出した。
やがて、裂け目の中心に“少女”が姿を現す。
銀糸のような髪をなびかせ、胸の前で両手を重ね、目を閉じて静かに佇む――その存在は、現実よりも鮮烈に、意識に焼きついた。
リュークは声を発そうとした。だが――声帯が断ち切られたかのように、音が出ない。
少女の唇が、微かに震えた。
「……リューク……」
その一言だけが、異様に鮮明に響く。
次の瞬間――**バギィィッ!**と世界を裂く轟音が耳を突き刺した。
彼女の背後にあった“何か”が崩れ、時間が逆流するように構造物がほどけていく。浮遊する断片が、音もなく解体されていった。
ズン……!
大地すらない足元が揺らぎ、リュークは思わず身体を傾がせる。
祈るように立つ少女の姿は、光に溶け込むように飲み込まれていった。
その直前――確かに彼女は“こちら”を見た。
涙も声もなかった。ただ、その瞳だけがリュークを“観測”していた。
そして、最後の声が重く降り注ぐ。
『……あなたは、“観測の外側”に触れた……』
『……コードは発動された。あとは、“選択”のみ……』
言葉と同時に、空間全体に圧が走る。
リュークの内側が軋むように、視界がぐにゃりと歪んだ。
光も、闇も、音すらも引き裂かれるように消え――
意識は、現実へと引き戻される。
◆メモリーバンク
静寂の森の中、リュークははっと目を覚ました。
焚き火の残り火が パチ……パチ…… と小さな音を立て、闇の中で淡く揺れている。
「……夢、か……?」
額に手を当てる。
残っているのは音ではなく、“響き”として刻まれたあの声。
『……汝は選ばれし者……』
『……イグニッション・コード……』
『……この世界の……記憶の鍵……世界は、すべて偽り……』
断片的で意味は掴めない。
だがその響きは、不可解な手順のように確かで――。
(……誰かの声だったのか? それとも……俺自身の?)
身体を起こす。
焚き火の残り火が生む熱が、冷えた空気と対照を成し、現実へと意識を引き戻していく。
「……記憶の鍵……」
「……世界は、すべて偽り、か……」
思わず口をついたその言葉に、胸の奥がざわつく。
スキルクリスタルを使ったあの瞬間――確かに、脳裏に“何か”が刻まれた。
(……戦場……剣戟の音……獣の咆哮……)
断片的な映像は、濃い霧に包まれて輪郭を失っている。
だが、不思議と「知っている」という感覚だけは、確かに残っていた。
「まだ……全部は戻らない、か」
小さく息を吐き、意識を集中させる。
ピッ、と視界に淡い光が走り、ステータスが浮かび上がった。
【ステータス】
名前:リューク
レベル:3
スキル:メモリーバンク(開放条件未達成)
【記憶断片:未解析データ存在】
スキル開放条件:金貨小1枚が必要
「……やはり、金貨が要るのか」
その文字を見つめ、ぼそりと呟く。
焚き火の赤色が再び視界を染めた。
橙色の揺らめきが、指先や皮膚を柔らかく照らし出す。
(スキルを開放できれば……もっと記憶が戻る。いや、それ以上の何かがある)
そう思うと、ただの通貨であったはずの「金貨」が、別の意味を帯びて迫ってくる。
まるで――世界の鍵そのもののように。
「……まずは、ベルハイムだ」
隣へ視線を向ける。
黒狼――シャドウファングが、穏やかな寝息を立てていた。
その胸が上下するたびに、月明かりに毛並みが柔らかく揺れる。
(やはり……こいつとは何か関係がある)
出会った瞬間に覚えた既視感。根拠はない。
だが“確信”だけが、胸の底に居座っている。
「……考えても答えは出ない、か」
リュークはゆっくりと立ち上がり、薪を一つ焚き火にくべた。
パキ……と枝が弾け、炎が一瞬だけ高く揺れる。
夜は、まだ終わらない。
その闇の向こうに待つものを、彼は確かめに行かねばならない。
新たな力と、得がたい相棒を手にした今――
彼の旅は、静かに、確実に前進を始めていた。
次回: シャドウファングとの狩り、魔物の素材!
予告: 力の代償は、記録されない者にも届くのか。
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質問です。
「夢の中に現れた少女と“観測の外側”の言葉。これは警告?それとも導き? 読者さんの考察、お聞かせください」
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