第11話 封印の祠と、残る残響
翌朝、リュークは村の広場に立っていた。
夜明けの光が屋根の上に差し込み、冷えた空気が肌を刺すようだった。
集まってきた村人たちは、どこか落ち着かない様子で彼を見つめていた。
その中の一人が、重い口を開く。
「助けてくれたことには……感謝している。
だが……お前のことを完全に信用したわけじゃない。
村を救った功績は確かだが……お前には、まだ謎が多すぎる」
リュークはうなずき、正面からその視線を受け止める。
「分かっています。……俺自身、自分のことがまだ分からないままなんです」
淡々とした口調の奥に、迷いと覚悟が混ざっていた。
村人たちは複雑な表情を浮かべながら、言葉を失う。
その静けさを破ったのは、ミーナだった。
「私は信じるよ!」
彼女は思い切り一歩を踏み出し、広場の中心に出てリュークの前に立った。
まだ少し震える声。それでも、確かに通る声だった。
「リュークさんがいなかったら、私たちは……もうダメだった。
昔、兄が魔物に襲われたとき……誰も、誰も助けてくれなかったのに――
リュークさんは、たったひとりで戦ってくれた!」
ミーナは拳を握りしめ、必死に言葉を繋ぐ。
「私はあの時、本当に怖かった。でも、リュークさんの背中を見て……
あんなふうに誰かのために動ける人を、私は信じたいの!」
リュークはその言葉に、ゆっくりと目を細めた。
そして、小さく、だが確かに頷く。
「ありがとう、ミーナ」
その声には、昨日までになかった柔らかさがあった。
少女の真っ直ぐな瞳が、リュークの中でわずかな温もりを広げていく。
そして、彼は視線を村人たちに向け直した。
「俺はこれから、村の外れにある封印の祠へ向かう。
封印の石が無事かどうか――確かめておく必要がある」
「もし協力してくれる人がいるなら、感謝する。
だが、無理には頼まない。……俺一人でも、行く」
淡々とした口調の中に、静かな決意が滲む。
村人たちはしばらく顔を見合わせた後、
一人、また一人と視線をリュークへ向けた。
「……分かった。俺も行こう」
「本当に、行くのか……?」
「封印の石を確かめるだけなら……」
不安げな声も混じる中、それでも数人が名乗りを上げる。
こうして、リュークと村長ロッドを含めた五人の一行は、
村の外れにある封印の祠へ向かうための準備を整えていった。
彼らの背には、まだ拭いきれぬ不安と、
わずかに芽生えた希望の気配が、そっと揺れていた。
祠への道のりは、想像以上に険しかった。
村の外れを抜け、岩がちな古道を黙々と登る。
枯れ枝を踏みしめるパキッという音が、静まり返った森に断続的に響く。
「ここに祠なんて……ほんとにあるのか?」
「何十年も誰も近づいてなかったんだろ……」
村人たちは緊張を隠すように、互いに小声で囁き合っていた。
やがて木々が開け、その奥に――異様な存在が姿を現した。
「……これが、封印の祠か」
リュークは足を止め、息を詰めたまま見上げた。
苔に覆われた石壁はところどころ崩れ、入口は半ば崩落し、
柱に刻まれた神聖文字はひび割れ、判別が難しくなっていた。
だが、そこには明らかに“何か”があった。
ただの遺跡ではない。
全体が、目に見えぬ「歪み」を纏っていた。空気がどこか、重く、ずれている。
入口には見慣れぬ紋章が刻まれ、風化してなお異様な圧を放っている。
リュークは一歩、また一歩と慎重に近づいた。
その足音さえも、まるで祠に吸い込まれていくかのように響かない。
(封印……まだ機能してるのか? それとも……)
◆祠内部探索
祠の中は、外気とは異なる冷気に満ちていた。
床から壁、天井にいたるまで、すべてが静まり返り、空間そのものがどこか“閉じて”いる感覚があった。
「……気味が悪いな」
「誰も……本当に、入ってないんだよな?」
ざわりと背筋に走る緊張を拭えぬまま、誰かが呟いた。
リュークは無言で頷き、懐から魔法灯石を取り出す。
パッと放たれた金色の光が、張りつめた暗闇をじわじわと押し返していく。
湿った空気がうねるように揺れ、古びた石壁の模様が浮かび上がる。
「この光があれば……なんとかなる」
リュークは、ゆっくりと歩を進める。
足元の石を踏むたび、コッ、コッと乾いた音が響いた。
そのとき――
ふと、彼の目が床の一点に留まる。
(……これは?)
そこには、かすかに擦れたような痕跡。
乱れた埃と、踏みしめたような跡。
「……誰かが、ここを通った形跡がある」
「えっ? でも、ここは何十年も……」
背後の村人が、不安げに言葉を漏らす。
「いや、違う。――これは、最近のものだ」
リュークは灯石を高く掲げ、祠の奥を睨んだ。
闇の先――封印の石が、まだそこにあるのか。
その沈黙の奥に、かすかに蠢く“気配”を感じながら、
彼はさらに一歩、祠の深部へと踏み込んでいった。
◆封印の間への道
やがて、一行は祠の最奥へと辿り着いた。
そこには、重厚な石造りの扉が音もなく佇んでいた。
ズン……
地に根を張ったような存在感があり、ただ目に入っただけで胸の奥が静かに圧される。
「……この先に、封印の石があるはずだ」
リュークが呟いたその声も、石壁に吸い込まれるように消えていった。
扉は長い年月、まるで眠り続けてきたかのように沈黙し、中央には複雑な溝が絡み合っている。
リュークは顔を上げ、その全体を見据えた。
ひび割れた石材に刻まれた古代紋様は、ただの装飾ではない。
曲線と直線が幾何学的に交差し、精密な制御機構の図面のように見えた。
一見ランダムな模様も、リュークの目には一つの回路図として組み上がっていく。
ただ、その流れの中に――ひび割れに沿って、一本だけ「途切れた線」があった。
(……ここだけ、繋がっていない)
頭の中で、その欠けた線を補うように指でなぞる。
すると、今見ている全体図が、ふいに「裏返した姿」を思い浮かばせた。
(この部分を基準に反転させれば……流れが閉じる。
何でそんなことが分かる? それでも――見えるんだ)
理解できないはずのものが、自分にだけ意味を持って迫ってくる。
触れてはならないものへ手を伸ばそうとしている――そんな予感が胸の奥を刺した。
だが、背後から伝わる村人たちの気配が、彼を前へと押す。
固唾を呑む音。震える呼吸。誰一人声を上げない。
その沈黙こそが、重くのしかかる期待と恐怖の証だった。
(……俺にしか視えていない。ここで止まれば、不安は残ったままになる。
なら――俺がやるしかない)
リュークは息を殺し、扉の溝へと指を伸ばす。
冷たい石肌の感触が指先に絡みついた。
(ここは“鍵穴”だ。何かを嵌めるために作られている)
視線を巡らせると、傍らの石台に小さな鉄の円盤が置かれていた。
錆に覆われながらも、紋様と同じ流れを思わせる刻みが縁に走っている。
「……これか」
手に取ったそれは、ひんやりとしており、持ち上げた瞬間にガリッと錆の粉がこぼれた。
だが、形はまだ保たれている。
リュークは円盤の縁をじっと観察する。
幾つもの突起と、回転を意識させる細工――そして、ひび割れ部分の「途切れた線」と相似した刻み。
(ただ嵌めるだけじゃない。向きと噛み合わせがある。
間違えれば……封印そのものを壊す“逆流”が起きるかもしれない)
背後から突き刺さるような視線を感じながら、リュークは震える指を抑え込み、深く息を整える。
まずは、表を向けたまま、円盤を溝に押し込んだ。
カチリ。
あまりにも軽い手応えだった。
直後、石面の紋様が一瞬だけ赤く脈打ち、低い振動が足元を震わせる。
「な、何だ今の……!」
「おい、やめろ、壊れるぞ!」
村人たちの怯えた声が、押し殺した沈黙を破った。
リュークは即座に円盤を引き抜く。脈動はすぐに収まり、紋様の光も消える。
(……今のは“拒絶”だ。流れが逆に噛み合ったせいで、警告が走った)
視線をひび割れへ戻す。
欠けた線を起点に、今度は回路全体を「裏返した図」として思い描く。
円盤の突起も、裏側の並びならその図とぴたりと重なる――そう確信できた。
「向きが逆なんだな……」
小さく呟き、円盤を裏返す。
今度は、ひび割れに沿った溝を基準に、ゆっくりと押し込み、角度をつけて――回す。
――カチッ。ズシッ……!
内部で歯車が噛み合う感触が手に伝わった。
封じられていた何かの流れが、ようやく正しい方向へと流れ始める。
リュークの背筋に電流が走る。
直後――
ゴウン……! ガコン……!!
祠全体を揺るがす重低音。
石の扉が振動し、長い眠りを破ったようにギギギ……ッと軋みを上げて動き始める。
その隙間から、冷たい風が逆流してきた。
古き封印が解かれる音とともに、内側から息吹のような力が吹きつける。
白く淡い光が裂け目から漏れ出し、闇を切り裂いた。眩いのに、どこか不自然な光。
「……開いた……!」
リュークは呟いた。その声は震えながらも確信に満ちていた。
(やはり……俺には“見えた”んだ。この構造の意味が)
(まるで、最初から“開け方”を知っていたかのように――!)
村人たちは思わず息を呑む。
誰一人声を上げられず、ただ目を見開き、祠の闇を凝視していた。
リュークは魔法灯石を掲げ、前へと歩み出る。
金色の光が白い輝きと混ざり合い、扉の先を照らした。
その空気は張り詰め、肌に重く絡みつく。
しかし、彼の声は静かで揺るがなかった。
「……進もう」
◆封印の間
奥の部屋へと足を踏み入れると、空気の質が明らかに変わった。
まるで、時間すら凍りついているかのような、重く冷たい沈黙。
中央には、黒ずんだ石柱がズン……と地を貫くようにそびえ立っていた。
「……これが、封印の石か?」
リュークは灯石の光を前に掲げ、ゆっくりと歩を進めた。
近づくにつれ、石柱の表面に走る“亀裂”が視界に入ってくる。
ヒビは細かく、だが深く、まるで内部から軋みを上げて崩れようとしているようだった。
「……封印が、壊れかけてる……?」
ザリ……
かすかに砂を踏むような音を立てながら、彼は石柱に手を伸ばした。
その瞬間――
灯石の金色の光が、石柱のひび割れを照らし、
一瞬だけ、表面にかすれた刻印がフッ……と浮かび上がる。
──la luz que…… duerme──
──……を超える、光の……──
それは“文字”というよりも、“声”の断片が染みついたような、奇妙な痕跡だった。
だが、その意味は曖昧なまま霧散する。
リュークは、石柱の根元へと目を向けた。
そこに、ざらりと黒い粒子が広がっていた。
それは、どこか見覚えのある――焼け焦げたような、乾いた灰。
(……夜影獣が消えたときと、同じ……!)
ハッと息を呑む。
「まさか……影獣は、ここから……?」
思わず背後を振り返った。
静寂が広がる祠の中で、わずかに冷気が肩をなぞる。
村長の言葉が脳裏に蘇る。
この“封印の石”は、本来“影の呪い”を閉じ込めるためのものだったはず――
だがその力が弱まり、漏れ出した“何か”が、あの獣の正体なのだとしたら……
(……それだけじゃない)
リュークは石柱の周囲をさらに調べる。
すると――足元で、コトリッと微かな音を立てて光を反射したものがあった。
「……これは?」
しゃがみ込み、拾い上げる。
それは、細かい装飾が施された金属片だった。
指先に伝わる冷たさと、微かに刻まれた文様。
(……装飾品?)
薄く湾曲した輪郭と、異国風の意匠。
それは明らかに、偶然落ちたものではなかった。
「誰かが、ここに来ていた……?」
封印が自然に壊れたのではなく、
“誰か”が、ここを開こうとした痕跡。
その事実が、リュークの胸にずしりと重くのしかかる。
(これは……ただの魔物退治なんかじゃない)
封印の間に満ちる静寂の中で、彼は確かに、そう確信した。
次回:封印の謎とスキルクリスタル
予告:光る結晶に記録されていたのは、過去か、それとも未来か。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
読者の皆さまの評価や応援の言葉が、何よりの力になります。
質問です。
「皆さんなら、“あの石扉”に装置をはめて先に進みますか? それとも一度引き返しますか?」
もしよろしければ、「評価」や「感想」など、お気軽に残していただけると嬉しいです。
今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




