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【メモリーバンク】異端者扱いされた俺が“量子の魔法”を使ったら世界が変わる――記憶もスキルも無かったけど最強になって行く。  作者: カイワレ大根
第7章

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第114話 緋銀坑道の町――腐食の霧と沈黙の咳

 ◆夜の見張り交代

 夜も更け、見張りの交代が回ってきた。

 ルミエルとシャドウファングが静かに眠りにつくのを見届けると、リュークは焚き火に薪を一つ放り込み、バキッと爆ぜる音を背に夜空を仰いだ。


 冷え込む風が草原を撫で、湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつく。

 その向こう――群青の天幕に散らばる星々は、ただの光点ではなかった。

 **ズズッ……ゴリッ……**と胸奥に響くような脈動を伴い、まるで心臓の鼓動のように揺らめいていた。


「……やっぱり、揺れてる」


 星の瞬きは不規則で、落ち着きのないリズムを刻む。

 ただの大気の揺らぎではない。

 目を凝らせば、光の縁を走る細い糸のような光跡が、地上の魔素の流れと呼応するように**ズン……ズン……**と響いているのがわかる。


(観測……か。

 この揺らぎを“記録”できれば、装置に組み込む理も……見えてくる)


 彼は木炭筆を取り出し、羊皮紙に線を刻み始めた。


 カリッ、カリッ……ガリッ。


 筆先が紙を削る音が夜気に溶け込み、焚き火のパチパチという音と重なって小さな旋律を奏でる。


 橙の火と蒼い星明かり――二つの光が交わるページの上に、粗いながらも魔素の流れを写し取った軌跡が次第に浮かび上がっていく。

 リュークは深く息を吐き、胸の奥で言葉を結んだ。


「……必ず掴む。記憶も、証拠も――未来も」


 その呟きは夜風にさらわれ、草原の静寂へと消えていった。

 ふと遠くに視線を向ければ、炭鉱の稜線の上に黒い靄が漂っている。


 それは星々の瞬きをじわりと覆い隠し、夜空の一角を濁らせていた。

 まるで――リュークの前に立ちはだかる“試練”そのもの。

 冷たい風に乗って、彼の肌に微かな悪寒が走る。

 その影が迫り来る気配を、リュークは確かに感じ取っていた。



 ◆翌朝の出発前

 夜が明け、朝靄が草原を薄く覆っていた。

 焚き火の残り火を崩しながら、リュークは黙々と道具を片付けていた。


 その傍ら、風に煽られた羊皮紙束がパラリと音を立ててめくれる。

 ルミエルが手を伸ばし、それを拾い上げる。

 紙面に目を落とすと、そこには夜空をなぞるように幾筋もの線が走り、星々の揺らぎから写し取った魔素の流れの軌跡が刻まれていた。


「……これ、夜の観測記録?」


 リュークは短く頷くだけで、余計な説明はしない。

 だが、ルミエルの視線は図から離れず、瞳の奥にかすかな揺らぎを宿していた。


「……星の揺らぎを“線”にできるなんて。普通なら、一瞬で消える光なのに」


 その声には驚きだけでなく――懐かしさにも似た響きが混じっていた。

 まるで遠い昔に、同じ旋律を耳にしたことがあるかのように。


「見えたものを、そのまま記録しただけだ」


 リュークは視線を合わせぬまま、淡々と答える。

 だがルミエルは、紙を胸に抱くようにして小さく呟いた。


「……“観測”って、ただ証になるだけじゃないのね。……これは、歌や詩の旋律に似てる」


 その一言は、彼女自身が気づかぬまま口から零れたものだった。

 気づいた途端、ルミエルは言葉を飲み込み、取り繕うように微笑む。


「やっぱり……あんたは普通じゃないわ」


 その笑みに潜むのは、畏れと信頼、そしてまだ形にならない“共鳴”の予感。

 背後では、シャドウファングがフンッと鼻を鳴らし、遠方の炭鉱の稜線へと鋭い視線を向けた。


 黒い靄はまだ遠くに漂っている。だがその揺らぎは――三人を待ち構える“試練の幕”のように、不穏な影を落としていた。



 ◆毒に蝕まれた町――緋銀坑道の麓にて

 リュークたちが“緋銀鉱の旧坑道”に隣接する集落へとたどり着いたのは、陽が傾きかけた午後だった。


 だが町と呼ぶにはあまりに静かだった。

 かつての繁栄を思わせる石造りのアーチや、錆びついた鉱車の残骸が転がり、**ギィ……ギシ……**と風に軋む音だけが支配している。


「……ずいぶん、寂れてるな」


 リュークが呟く。

 シャドウファングが低く唸り、鼻をひくつかせた。空気の中には、焦げた金属と薬草が混じったような苦い匂いが漂っている。


 やがて町の中心に近づくと、ようやく数人の住民とすれ違った。

 皆、口元を布で覆い、顔色は土気色に沈んでいる。歩くたびにゴホッ、ゲホッと咳き込み、手足には赤黒い斑点が浮かんでいた。

 中には杖を頼りに進む者や、肩を震わせながら歩く者もいる。


「……魔素性の毒症状かしら。呼吸器系と循環系……慢性的に蝕まれてる」


 ルミエルが医師のように診断めいた言葉をこぼし、腰の薬草ポーチに指を添える。

 声は低いが、その眼差しには憂いが宿っていた。


 リュークは周囲の空気に集中し、鑑定を起動する。

 視界に浮かんだ数値と波形を確認し、淡々と告げる。


「……濃度異常あり。霧状魔素が残留してる。この濃度……すでに“定着”しているな」


 懐から取り出した魔素計測紙をそっと掲げると、数秒でじわじわと紫に染まっていく。


「……標準値の二倍近い」


 通りの雑踏はまばらで、ほとんどの建物は戸を閉ざし、窓には厚布が掛けられていた。

 時折、家屋の中から**ゴホッ……ヒューヒュー……**とうめき声が漏れる。

 しかし住人たちは互いに視線を交わすことすら避けるように、足早にすれ違っていく。

 まるで――町全体が「沈黙」という布で覆われているかのようだった。


「……まるで、外との接触を避けてるようだな」


 リュークが低く呟く。


「感染じゃなく、“濃度汚染”ね。長く魔素が滞留して、その反応が体に出てる。空気だけじゃない、地面にも痕跡が残ってる」


 ルミエルは足元の石畳に目を落とした。表面はところどころ黒ずみ、**ズズッ……**と擦れるように金属の粒が滲み出していた。


 リュークは数人の住人に声をかける。最初は警戒して口を閉ざしていたが、彼の真剣な視線と、鞄から取り出した薬瓶の光がきっかけとなり――ぽつぽつと、押し殺すような声が返ってきた。


「坑道が崩れてからだ……村の井戸の水がまずくなって、咳が止まらなくなったんだ」


「最初に倒れたのは……鉱夫の娘でな。あの子は……まだ十にも満たなかった」


 短い言葉の裏に、喉を絞るような苦しみが滲んでいた。

 町の片隅、小さな露店を改造した診療所。

 老人が薬草を煎じながら、リュークたちを見上げる。湯気の向こうでその声は震えていた。


「最初は咳だけじゃった……それが皮膚の変色に変わり、目の痛み……最後は意識も混濁する。……医者も、もう残っとらん」


 **ゴホッ……ヒューヒュー……**と奥から漏れる咳。

 老人の虚ろな目の奥に、それでもかすかな光が宿る。


 そして――リュークに縋るような眼差しが向けられた。

 まるで、「お前たちなら救えるだろう」と訴えているかのように。


「もし……あんたたち、本当に坑道に入るつもりなら――せめて原因だけでも突き止めてきてくれ。頼む、もうこれ以上……若いもんが倒れるのは見たくねぇんだ」


 老人の声はかすれ、震えていた。その目は諦めきった影を宿しながらも、どこかに縋るような光を帯びていた。


 リュークは黙って頷き、腰の袋から解毒薬を数本取り出す。瓶がカチリと触れ合い、乾いた音を響かせた。


「万能じゃないが、症状の緩和には効く。煎じ方は……ここに記した」


 簡易ノートを破り取り、素早く配合を書きつけて老人へ差し出す。


「……ありがてぇ。名前も聞いてねぇのに……」


 老人の手は震え、紙片を握りしめたまま深々と頭を下げた。


「名乗るほどのことじゃない。俺たちはただ――調査に来ただけだ」


 言葉は淡々としていたが、リュークの瞳には怒りと悔しさが滲んでいた。


(また……救えなければ、同じ過ちを繰り返すだけだ)


 彼の記憶に潜む“救えなかった影”が、胸の奥で疼く。

 町を離れると、リュークはすぐに手帳を開き、魔素波形の観測を始めた。

 試薬紙がじわじわと紫に染まり、**ズズッ……**と風が流れるたびに濃度が上下する。


「……周期性がある。風の流れと一致してる。つまり――廃坑から断続的に“毒源”が排出されてる証拠だ」


「やっぱり……そういうことね」


 ルミエルが険しい顔で頷き、外套を締め直す。


「ここから先は、防護なしじゃ一歩も危ないわ」


 シャドウファングが**グルル……**と低く唸り、鼻をひくつかせて前方を睨む。咳き込むように鼻を鳴らすと、毛を逆立てて警戒を強めた。


 リュークは東の斜面――黒い靄に覆われた坑道の入り口をじっと見据え、深く息を吐いた。


「……行くぞ。記録し、証明する。そして、可能なら“治す手段”を残す。――あの人たちが、生きられる未来を掴むために」


 その声には、迷いはなかった。

 夕日が三人の背を照らし、長い影を伸ばす。

 影はやがて、暗く口を開ける坑道の闇へと吸い込まれていく。

 そして彼らは――無言で、その道を踏みしめた。


 緋銀坑道侵入――変質する空間と焼き付く波形

 予告:崩れた封印がいまも息をし、魔素が滲み出す坑道――リュークたちは“面の侵食”の正体へ

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