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第97話 封印の祠に続く光

 塔の空間は、深い静寂に包まれていた。


 詩の旋律が消えたあとも、その最後の響きだけが、まだ空気に残っているようだった。

 影のようだった存在は、ただその場に立っていた。

 もう揺れていない。

 霧のように曖昧だった輪郭は、いつの間にか、はっきりとした形になっている。


 ただ――その“顔”は、まだ伏せられたまま。

 こちらを見ようとはしなかった。


 リュークは、静かに一歩を踏み出した。

 その足音が塔の床に吸い込まれると同時に、空気が微かに震える。

 視界にはまだ、量子視覚の名残――光の残滓が淡く漂っていた。


 それはすでに解析すべき対象ではない。ただ“そこにいる”と、理解できる輪郭を持った存在。

 もはや、逃げるでも、拒むでもない。

 今この瞬間だけは、確かに“触れられる”ものとして、彼の前に在った。

 

「……お前は……俺が視たものだ」


 リュークの声は、かすかに震えていた。だが、それは迷いではない。

 過去に向き合う覚悟が、その言葉に宿っていた。

 

「記録には残らなかった。 でも……確かに、そこにいた。俺は、それを視て……けれど、目を逸らした。 だからお前は、そこで止まったままだったんだよな」

 

 その言葉が届いたのか、影の輪郭が――ほんのわずかに揺れた。

 空間の気配が変わる。


 どこか遠くで、ピシ……ッと細く石が割れるような音が響いた。

 それは塔の記憶が、かすかに“解凍”されていく合図のようだった。


 リュークは、わずかに息を整えると、まっすぐ影を見据える。

 

「もう……消えなくていい」

「誰かに視られることが、“存在する”ってことなら――俺は、視た。

 それだけは、確かだから」

 

 その瞬間、影の“顔”にあたる部分が、ゆっくりとこちらを向いた。

 そこに瞳があるのか、それすら曖昧な造形。


 だがその動きには、どこか懐かしさすら滲んでいた。

 冷たくもなく、敵意もない。


 ――ただ、ようやく見つけられたことへの安堵。

 それが、わずかに宿っていた。

 沈黙のなかで、塔の床が静かに発光を始める。

 白く、淡く、まるで呼吸するように光が足元から広がっていく。


 塔全体が、それに静かに呼応するように、かすかに軋んだ。

 その光は静かに点滅しながら、低くズゥン、ズゥン……という振動を床に伝えていく。

 壁の刻印も、僅かに軋むような音を立てながら変化を始めた。


 影は――何も語らず、一歩も動かぬまま。

 その身を、塔の構造そのものへと“還していった”。

 輪郭が薄れ、身体が粒子のように分かれていく。


 その粒子が音もなくパラパラと舞い、静かに、床や壁へと染み込んでいった。

 それは拒絶や消滅ではなかった。

 むしろ、“ようやく受け入れられた”という感覚に近かった。


 塔の記憶が、彼の存在を受け入れたのだ。

 名前もなく、記録にも残らなかったその姿が――

 今、ようやく*ここにいる*という、確かな証を得たのかもしれない。

 

「……これで、いいんだよな」

 

 リュークは、ぽつりとつぶやいた。

 その隣には、ルミエルが静かに立っていた。

 言葉はなかったが、その存在がすべてを語っていた。


 シャドウファングが、一度だけ尾を揺らす。

 床に小さな音が、


 トン……


 と響いた。

 塔は、もう何も語らない。

 ただ、静かに――何かを受け止めたように、そこに在り続けていた。


 ◆因果記録層への繋

 敵の姿が完全に消えたあとも、塔の中はしばらくのあいだ静まり返っていた。

 ただ、壁に新たに浮かび上がった文様だけが、淡い光を帯びて、規則的に脈動していた。

 やがて、その中心から――一粒の光が、ふわりと宙に浮かび上がった。

 

「……あれは……?」

 

 ルミエルが、小さくつぶやく。

 光は、意志を持つようにゆらめきながら、リュークとシャドウファングの間に漂った。

 どちらに属しているとも言えないのに、不思議と“どちらにも関係がある”ような気配を放っていた。


 まるで、何かを語りかけようとしているような、あるいは誰かの言葉を待っているような――そんな静かな存在感だった。

 

「……これ、お前の……?」

 

 リュークが視線を落とし、傍らの影狼に問いかける。

 シャドウファングは答えず、ただ目を細め、じっと光を見つめていた。


 リュークは、そっと手を伸ばす。

 その指先が光に触れた瞬間――


 バチッ。


 微かな放電のような刺激が走り、視界が、音もなくひっくり返る。

 胸の奥に、断片的な映像が流れ込んできた。


 ──夜の森。黒く濡れた大地。古びた石の祠。

 ──誰かの声。


「……観測されぬ者にして、影より来る者……」

 

 ──封印。檻。遠くに響く狼の咆哮。

 ──“視た者が死ぬ”と噂された、正体不明の存在。


 映像の中で、空気は重く、湿った匂いが鼻腔に広がった気がした。

 遠雷のような低音が地の底から響き、誰かの足音が祠を離れていく。


 ……そして、映像は途切れた。

 けれど、リュークにはわかっていた。


 今のそれは、ただの記録ではなかった。

 どこかで“見落としてきたもの”。

 ずっと誰にも視られず、忘れ去られたまま残っていた“痕跡”だった。

 

「……あれは……」

 

 言葉にならない感覚を整理しようとするように、リュークが呟く。

 

「今の……あの村のこと、知ってる。でも、なぜ知っているのかが分からない」

 

 ルミエルの声に、シャドウファングが低く吠えた。

 その唸りには、どこか懐かしさと、警告のような緊張が混じっていた。


 その名もなき祠――

 リュークが最初に立ち寄った村の外れにあった、あの奇妙な石造りの構造物。

 当時は意味も仕組みも分からなかった。


 だが今なら――違って見える。

 西の高地の封印の石碑で見た記憶、塔での体験を経た今なら、“あの場所”に何があるのかが分かる気がする。


 そのとき、床面にピリッとした震動が走り、足元に光が閃いた。

 塔の中央――静かに回転していた円環の装置がわずかに軋む音を立て、中央から新たなウィンドウがゆっくりと浮かび上がる。


 ──【観測ノード補完:完了】──

 ──【アクセス権限付与:照合層 因果リンク・ノード】──

 

「……記録じゃない。“繋がり”だ……」

 

 リュークが呟いたその声には、静かな確信が滲んでいた。


 ルミエルも息を呑み、何かを悟るようにそっと頷く。

 シャドウファングが一歩、前へと進む。


 その黒い足元に、わずかに淡く揺らぐ紋章が現れた。

 それは――以前、祠の壁に刻まれていたものと、まったく同じだった。

 

「……あの場所に、戻る必要があるみたいだな」

 

 リュークの言葉にこもる決意が、空気をわずかに震わせる。

 今度こそ、あの祠の“本当の中身”に触れるときだ。


 それが、何を意味するかはまだ分からない。

 だが、そこに“繋がり”があることだけは、はっきりしていた。

 

「……その前に、一度ギルドへ戻ろう。ガルドたちと合流して、報告も必要だしな」

 

 静かに、それでいてはっきりとした一歩が床に刻まれる。

 ルミエルも、シャドウファングも、静かに頷いた。


 塔の中は、再び沈黙に包まれていた。

 けれど、その静けさは“終わり”ではなかった。

 深く、静かに蠢くような“呼吸”の気配が、構造のどこかから漂っていた。


 あの祠の底には、まだ触れられていない“記憶”がある。

 それだけは、三人の中で、確かな実感として残っていた。



 次回:塔の静寂、導く夢――欠けた印章の呼び声

 予告:塔の振動が止む頃、再会の安堵は束の間――夢が“鍵穴”を映し出す。

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