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【メモリーバンク】異端者扱いされた俺が“量子の魔法”を使ったら世界が変わる――記憶もスキルも無かったけど最強になって行く。  作者: カイワレ大根
第1章

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第0話 プロローグ:世界の構造外(Out of View《アウト・オブ・ビュー》)

 研究室、深夜二時。


 ホログラムの星図。その端が、一拍だけ“欠けた”。

 光が飛んだのではない。そこだけ、最初から存在しなかったみたいに抜け落ちた。


 リュークの指が止まる。


 次の瞬間、補正が走り、星図は何事もなかったかのように整っていた。

 エラー表示はない。警告もない。――なのに、寒気だけが残った。


「……今の」


 口に出しかけた声を、飲み込む。

 背後で、軽い足音がした。


「リューク、また徹夜? ほら、これ飲んで」


 カップが視界の端に滑り込む。

 ふわりと甘ったるい匂いが立ちのぼり、鼻の奥を刺した。


「……砂糖、何杯入れた」

「五杯! 起きるでしょ」

「馬鹿か」


 舌が溶けそうな甘さに、眉間が寄る。

 ――その一瞬、視線が勝手に星図へ戻った。


 欠けた場所。

 いまは整っている。なのに、そこだけ、頭の中で空白のままだ。


 まるで“見た”という事実だけが、補正されずに残っているみたいに。


 白銀の髪が揺れて、彼女は悪戯っぽく笑った。

 白衣の袖をくるくる弄りながら、悪びれた様子がない。


「で、本題。本題本題。私の計算だと、この星――ほんの少しだけ右にあるべきなの」


 彼女は星図を指先で、ちょん、と叩く。


 数式と座標がびっしり並んだ画面の一点。

 リュークは睨むように見た。


「根拠は?」

「ん〜……直感?」

「……帰れ」

「やだ。気になるんだもん」


 即答だった。

 リュークは息を吐き、椅子の背にもたれる。


 彼女はいつもこうだ。

 膨大な観測データも、精密なシミュレーションも、平然と飛び越えてくる“勘”を根拠に口を出す。


 研究者としては、最悪のタイプ。

 ――それなのに、彼女の直感は妙に当たる。


「前も言っただろ。お前の直感は、統計的にありえない精度だ」

「えへへ、褒めてる?」

「褒めてない。気持ち悪い」


 彼女は机を指で軽く叩いた。

「この前だって『嫌な感じがする』って言って、予備電源の配線を見直したじゃない。あれなかったら、装置一式、全部飛んでた」

「……あれは、たまたまだ」

「三回連続“たまたま”って、それもう必然って言わない?」


 ぐい、と椅子を引き寄せ、彼女が隣に並ぶ。

 距離が近い。ホログラムの青白い光が、横顔の輪郭を浮かび上がらせる。


「ほら、ここ。ほんの少しだけ右。ね?」

「騙される前提で頼むな」


 口ではそう言いながらも、リュークの指は無意識に座標入力へ伸びていた。

 彼女の“嫌な予感”が、どれだけ事故を避けてきたか。いちばんよく知っているのは、他でもないリューク自身だ。


「……だが、確認はする」

「ほら、やっぱり聞いてくれるじゃん」


 彼女は嬉しそうに笑い、椅子の上で小さく足を揺らした。


 その横で、リュークは素知らぬ顔を装いながら、星図のコピーを別ホルダーに保存する。

 さっきの欠けを、彼女が見ていないことが引っかかっていた。


 見えなかったのか。

 見えたのに――“見えなかったこと”にされたのか。


「お前の言うことを聞くんじゃない。データの整合性を確かめるだけだ」

「それを世間では『信用してる』って言うんだよ、リューク」

「うるさい」


 研究室の時計は、とっくに日付が変わったことを示していた。


 窓の外には、高度文明都市アストラルムの光が、遠くぼんやりと滲んでいる。

 眠らない街の明滅は、ここから見ると、ただの背景ノイズにしか見えない。


 ――ノイズが、一拍だけ落ちた。


 街の明滅が、欠けたみたいに沈む。

 同時に、ホログラムの端が、また一拍だけ“欠けた”。


 リュークは今度こそ、息を止めた。


 さっきと同じ位置。

 いや、違う。欠けが、ほんのわずかに広い。


 補正が追いつくまでの刹那、そこには“何もない”が口を開けていた。


「……今の、見たか?」

「ん? なにが?」


 彼女は首を傾げる。

 冗談でも、誤魔化しでもない。本当に分かっていない顔。


 見えていない。

 ――いや、見えたはずのものが、“見えなかったこと”にされている。


 リュークはそれ以上を言わず、端末に視線を落とした。


 データを開く。

 エラーは残っていない。警告もない。補正の履歴すら、綺麗に整えられている。


 それでも、更新履歴の最下段だけが――異物のように浮いていた。


『確認:完了』


「……確認?」


 喉が、ひくりと鳴る。

 誰が。何を。いつ。


 問いが形になる前に、背筋を冷気が這い上がった。


 リュークが画面を閉じたとき、彼女はまだ笑っていた。

 だが、その笑い声は――耳に届くのに、ひどく遠かった。



 ――昨夜/夢の記憶。


「リューク、逃げて――!」


 声が途切れた瞬間、彼女の身体が光の粒にほどけた。

 服の裾が、指先が、白銀の髪が――全てが光になって崩れていく。

 手の中には、温もりすら残っていない。


 床に、彼女が付けていた小さな耳飾りが一つだけ転がり落ち、消えた。

 まるで最初から存在しなかったかのように。


 名を呼ぼうとした喉が焼けついた。

 声が出ない。

 声帯そのものが拒絶するように、無音だけが響く。

 叫びは世界に届かなかった。


 そして、視界が白く反転した。


 気づけば、研究室にいた。

 リュークは立ち上がり、周囲を見回す。

 壁の時計の表示も、何も変わっていない。


 デスクには彼のコーヒーカップだけ。

 隣の席は――空いている。


「……おい」


 声が震えた。


「彼女はどこだ! 白銀の髪の研究者だ。昨日まで隣で――」


 同僚が眉をひそめる。


「リューク、お前……疲れてるんじゃないか? この施設にそんな人間はいないぞ」


 違う。

 確かにいた。

 三年間、共に研究してきた。


 リュークは端末を叩く。

 人員リスト、共同研究データ、映像記録――その全てから彼女の存在が抜け落ちていた。


 世界が、彼女を消した。


「……くそっ!」


 走り出し、自室の引き出しを開ける。

 そこに残された、唯一の痕跡へ。


 古びた金属片の首飾り。

 データ化できない、未登録の物質。


 彼女が最後に「お守り」だと笑って押し付けてきたもの。


 握りしめた瞬間、金属が熱を帯びた。


『……託すわ……』


 声に名はない。

 だが、その響きだけが心を灼いた。


「また、あの夢か……」



 現在――研究所、最深部。


 リュークは、あの"ずれた星"の座標を呼び出す。

 数字は安定している。

 他の星は全て、システムの修正を受けている。


 だが、この星だけが――三年間、一度も修正されていない。


 彼女が消えた日時と、このずれた星が記録された日時。

 完全に一致していた。


 さらに、データの奥底に残っていた彼女の研究データの断片。

 そこには、この座標への言及があった。


『この"ズレ"だけは、直さないで』

『全部を見張る仕組みから逃げられる場所が必要なの。そうじゃないと、外に出られない』


 最後に彼女が残した、たった二行のメモ。


「……あいつ、最初から分かっていたのか」


 リュークは唇を噛んだ。

 彼女は知っていた。

 そして、"ずれた星"こそが――この管理された世界から抜け出すための、唯一の抜ける穴だと。


 その瞬間、廊下の奥から音が響いた。

 規則的で、重い音。

 警備システムが起動した音だ。


 リュークの端末に警告が浮かぶ。


『次回メンテナンスまで:2時間12分』

『追跡ログ起動:対象ID―リューク』

『施設封鎖:00:00:55』


 メンテナンス――都市全体の記録を並べ替え、不要ものを消す作業。

 すべてをもう一度確認し、邪魔だと判断されたものは消される。


 隔壁のロック音が響く。

 すぐにでも、隔離される。


 天井のライトが赤く点滅し始めた。

 部屋の気圧がわずかに下がる。

 扉の向こうから、金属が削れるような音が近づいてくる。


(この周期をやり過ごしたら二度と間に合わない)


 リュークは密かに構築を進めていた禁じられたプログラム【イグニッション・コード】を起動する。

 指が震えた。


(これを実行すれば、記録保持率は9%まで低下する)


 言語、名前の一部、輪郭だけが残る程度だろう。

 俺自身の記憶も、ほとんど無くなる。

 自分が何者だったかも残らないかもしれない。

 彼女の顔も、声も。


 だが――このコードは、あの星の座標を使って、記録を外の場所へ送り出す手段だ。

 彼女が残した抜け道を通じて、「忘れさせる仕組み」が届かない場所へ。


 その刹那、録音リストから"彼女の声"が一つ、音もなく消えた。

 確かに存在していたデータが、ノイズすら残さず消滅する。


 画面に新たな警告が浮かぶ。


『研究資格コード:抹消』

『音声断片:自己消去完了』


 扉が軋む音。

 あと20秒。


 指先が汗で滑る。

 リュークは唇を噛んだ。


「本当に変えたかったのは、"忘れさせる仕組み"そのものだ」


 怖くないと言えば嘘だ。

 それでも、あるのは内臓が煮えるほどの怒りと、甘ったるいコーヒーの残り香。


 彼女の記録だけは、どこかへ逃がす。

 たとえ俺自身が消えても。


 エンターキーに指を置く。

 数秒、動かない。


 脳裏に、彼女の笑顔が浮かんだ。


「ね? 私の言うこと、ちゃんと聞いてくれるじゃん」


 という、あの声。


 リュークは小さく息を吐いた。

 キーを、叩きつける。


 カチッ。


 入力音が鳴る。

 都市全体が凍りつく。


 時間が息を潜め、空気が次の瞬間を待った。


 低い共鳴が床を這い、青白い光が螺旋を描きながら天へと昇る。


 静止の中で、複数の声が重なった。

 かつて共に装置を創った仲間たち――もう、誰もいない。


 ただひとつ、鮮明な声だけが残った。


「……リュー……ク……」


 優しい声だった。

 心臓が痛みを取り戻したように跳ねる。


 その瞬間、映像が細かなノイズに崩れ、光と共に霧散する。

 世界がひび割れる。


 都市の構造が裏返り、その向こうで――**無数の"目"**がこちらを見ていた。

 記録を書き換え、人の記憶を出し入れし、いるかいないかを決めている連中。


(……やはり、いたのか)


 リュークは唇を歪めた。

 怒りではない。

 諦観ていかんでもない。


 ただ、確信しただけだ。


 リュークの意識は、理解が追いつく前に光の中へ飲み込まれていく。

 白光がすべてを包み、記憶が一つ、また一つと剥がれ落ちていった。


 ――沈黙。


『コード実行完了:記録保持率9%。以後の記憶は、抜け落ちます』

『対象の記録をメモリーバンクへ転送完了』


 残ったのは、記録だけ。

 彼女の痕跡を、この世界の仕組みの外へ逃がした証拠。


 そして――誰かが彼の選択を見届けていた。


 静かに、低く、だが確かな意志を持った声が響く。


『……ようこそ、リューク』


 それは、冷たい歓迎だった。

 あるいは――次の試練への、招待状。

読んでいただき、本当にありがとうございます!

読者の皆さまの評価や応援の言葉が、何よりの力になります。


簡単に用語説明を書きます。

【イグニッション・コード】

 かつてリュークたちが開発した

 観測の網をすり抜け、記録の枠を越えて跳躍するための鍵

【メモリーバンク】

 記憶と観測の情報を、世界の構造から切り離して保存するシステム


そして質問です。



もしよろしければ、「評価」や「感想」など、お気軽に残していただけると嬉しいです。

今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
「タイトルもイントロも面白く、量子についての部分も良いですね。」
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