婚約破棄をしていただきたくて。
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ローザ・ウィンダミア。
波打つ赤髪を腰まで伸ばし、平均的な身長の女性だ。
彼女には婚約者がいる。
ガロード・ヴィヴィオラ。
爵位は伯爵。
金色の髪に濃いブルーの瞳。
顔の造形はまさに神が与えし代物。
爵位はもとより、優れた容姿の持ち主だがローザは彼のことを気に入っていなかった。
配下に対しての横柄な態度。
自分本位で、婚約者であるローザに対しての配慮が足りない。
不服は言い出したらキリが無いが、とにかく彼とは縁を切りたいと考えていた。
(そもそも自分は男爵家の生まれ。伯爵家に嫁ぐのは、ちょっと……)
伯爵家に入るとやることも面倒事も増えるであろうと、そのことも含めてガロードには是非とも婚約破棄をしてもらいたいと考えていた。
そんなローズはある日、ヴィヴィオラ家に食事に呼ばれる。
突然のお誘い、慕う人からの誘いなら喜んで行くが、ガロードとの食事はそう嬉しくない。
ローズは走る馬車の中で深いため息を漏らしていた。
「どうしました、お嬢様」
「ガロード様から婚約破棄をされたいのよ」
その言葉を聞いて、ガクッと倒れそうになるのは従者のフィン。
彼は黒髪の美青年で、驚いた顔をローザに向ける。
「突然……どういうことですか?」
「突然じゃないわ。もうずーっと考えてる。伯爵夫人なんて、荷が重いわ」
「それでしたら、自分から言い出しては如何です?」
「そんなお父様の顔に泥を塗る真似は出来ないわ。ああ、どうしたものかしら」
ローザにとって何でも相談をできるフィンであったが、ガロードに対しての不満は初めて口にする。
そろそろ結婚の話が出てもおかしくない時期。
どうしたものかと頭を抱える。
「粗相を起こすのはどうでしょう?」
「粗相?」
「はい。伯爵家には相応しくない。そう思わせることができたら、婚約も破棄されるのでは?」
「なるほど……でもフィン、そんなアドバイスをしていいのかしら?」
「いいでしょう。ローザ様が幸せになるのが、旦那様の一番の幸せでしょうし」
そんなものなのかと思いながらも、ローザは呆れる。
婚約破棄を否定しない従者が、自分にはついているのかと。
だが味方がいるのは、ある意味で心強い。
なんとかして婚約破棄をしてもらおうかと、やる気が溢れてくるではないか。
そして決戦の場へと到着するローザ。
城を前にして大きく息を吸い込む。
城の使いの者に食堂へと通される。
無駄に広い空間に、無駄に長いテーブル。
そこにはガロードとその両親が席に付いている。
「ローザ、遅かったではないか」
「申し訳ございません。少々準備がありまして」
「準備など、早めに済ませておくのが常識だろう。お前は私たち家族を待たせたのだぞ」
ピキピキとローザの額に青筋が浮く。
これまでだったらここで謝罪しているところだが……もう我慢はしない。
長いことガロードとの関係に悩まされてきたが、彼女はもう吹っ切れているのだ。
「男と女では準備に必要な時間が違いますの」
「なっ……」
ローザが口答えしたことにガロードは唖然とし、何も言えなくなっていた。
彼の両親も目を丸くし、ローザを見ている。
ローザは気にすることなく、食事のために席に付く。
「そ、それでは食事を始めようか。おい」
ガロードの父親が召使に合図をすると、早速食事が運ばれてくる。
それは豪勢な食事で、男爵家ではまず出てこない新鮮な物ばかり。
ここに嫁げばこんな物を毎日食べられる。
少し後ろ髪を引かれる思いはあるが、これが最後だと考えるローザは新鮮な食事を堪能することに。
「それでローザ、縁談の話なのだけれど……」
「はい」
「そろそろどうかしら」
「はぁ」
ため息に近い返事。
ローザの反応に相手の両親が驚き、固唾を飲み込む。
「何かあったのか?」
「何がでしょうか?」
「いや、いつもの君では無いみたいじゃないか」
「そうでしょうか」
ガロードの父親に対し、適当に返事をして料理を食べるローズ。
その美味しさに頬が緩む。
「ああ、美味しいですわ」
「そ、そうだろう。お前の家では、これほど上等な物は出てこまい」
「ええ、仰る通りです。所詮私は、貧乏男爵家の生まれでございますから。ヴィヴィオラ家になんて相応しくないのではありませんか?」
「え、いや、そんなことは……」
そもそも男爵の生まれのローズが見初められたのは、容姿が優れていたから。
ガロードが一目ぼれし、父親が説得したのが始まり。
縁談は滞りなく進んでいたが……そこにローザの意志は関係無かった。
彼女の両親が決めた話で、だがローザは喜んでいるとばかり考えていたのだ。
最初こそローザも悪くないと考えていたが、ガロードの人となりを見るにつれて嫌気がさし、婚約破棄を望むまで発展していた。
これまではローザに対して上から目線のガロードであったが、彼女の変わりように困惑をする。
(私は何かしてしまったのか? 彼女を怒らせるようなことをしたのか?)
自分のことがよく見えていない人間は数多くいるが、ガロードもその類の人間。
ローザや配下に対しての態度など、普通だと思い込んでいるのだ。
「ローザ……嫁ぐ気はあるのでしょうね?」
「ええ。もう決まっていることですから」
(だから婚約破棄をそちらから告げてくれませんか)
美味しい物に舌鼓を打ちながら、ローザはそんなことを考える。
「……ローザ。君のために宝石を用意している。どうか貰ってくれないか?」
「すみません。私、金属を身に付けていると肌が荒れますの」
「え、そうだったのか……え?」
ため息をつくローザ。
この人は本当に自分のことを何も見ていないのだなとガッカリする。
宝石の類は身に着けたことは無い。
ローザが言った通り、金属を身に付けていると肌荒れをするからだ。
そのローザの冷たい反応にガロードはオロオロし始めてしまう。
(彼女を怒らせた……マズい。このままではマズいぞ)
ローザは婚約破棄を申し出てもらおうと画策していたが……ガロードの気持ちが変わることは無い。
むしろ余計ローザに魅了されていく。
こういう気の強いローザも悪くない、なんてことを思い始めていたのだ。
必死な様子のガロードを見て、ローザも少し焦り始める。
(嫌われていない……? 結構な態度を取ったはずなのだけれど)
ローザは気づいていない、自分の魅力に。
一目見ただけで男性が恋に落ちる美貌。
魔性といっていいほどの容姿の持ち主だ。
両親からは可愛い可愛いと育てられてきたが、親の可愛いを当てにしていないローザは、それが心からの言葉だったとは今も知らないままだった。
性格は良く優しい女性なので、余計にガロードは手放したくないと考えている。
そんなローザとガロードの会話は、穏やかに、しかし激しく続く。
「金属の件、気づかなかったのは申し訳なかった。だが言わないローザも悪いんだぞ?」
「はい。私の責任ですわね」
「そ、そうだ。分かったらいい――」
「奥様。男の方って、誰でもこうなのですか? 何でも女の所為にして、女の変化に気づかない気が利かない方ばかりなのでしょうか」
「え、そんなことは……」
「では、ガロード様が特別こうなのだと?」
「い、いえ……そういうわけでも無いわ」
ガロードは顔面蒼白になり、自分は気が利かないことにようやく気付く。
父親も愕然とし、ローザの冷めた表情を眺めるばかり。
ガロードはそこでハッとし、ローザに向かって言う。
「はは……ははは……すまなかった! 気が利かなかったことは謝罪する。私の直せるところがあれば遠慮なく言ってくれ。ローザのためなら、私は変わろう!」
(あちゃー、逆効果。なんでそういう方向に考えがいってしまうのだろう)
ローザは額を押し、上手くいかないことに嘆く。
婚約破棄をしてもらうことが、こんなに難しいとは。
「ではまず、その横柄な態度を止めていただきましょうか。口の利き方も悪い、性格も悪い、良いのは家柄と顔だけではありませんか」
「そ、そこまで言うか……くそっ!」
バンッとテーブルを叩くガロード。
これには「勝った」と、ローザはテーブルの下で拳を握る。
「私はお前から見てそんな人間だったとは……情けない! 私は絶対に変わってみせるぞ!」
(自分に怒っただけか!)
今のは完全に婚約破棄をされると思っていたが……まさか自分に対して怒りを覚えていただけとは。
両親は顔を青くし、こんな女性に嫁入りしてもらわない方がいいのではと考え始めていたことを、ローズはまだ気づいていない。
「ナイフとフォークの使い方も気に入りません! 伯爵家の人間なのに、洗練さに欠ける扱い方」
「それも努力しよう! これから食事マナーを向上させていくことを約束する」
「苛立ったら馬を蹴ったり、花を踏み潰すところ、ああいうところも大嫌いです!」
「私はそんな暴力的な人間だったのか!? これからは周囲のことにも気を遣っていこう」
いつの間にか声を張り合い、そんなやりとりをする二人。
ローザは肩で息をして、まったく諦めようとしないガロードの顔を見た。
「ふー……人間、そんな簡単に変わることはできませんわ。言葉だけではいくらでも言えますからね」
「ではこれからの私を見ていろ。必ず全て直してみせよう」
真っ直ぐにそう言うガロード。
これはもう無理だわと、ローザは諦める。
「……今日は疲れましたので、お暇いたします」
「ああ。次会う時までにはもう少しマシな人間になっておく」
「はぁ。頑張ってください」
ガロードと彼の両親に頭を下げて、ローザは城を後にしようとした。
だが叫んだ疲れからか、彼女の足元がフラついてしまう。
「あっ――」
そのままローザは体勢を崩し、壁まで勢いよく走る形になってしまい――壁にあった絵画に頭からぶつかる。
「ああ……陛下から頂戴した絵画が……」
「え、あ……」
絵画が破壊されてしまい、ガロードの父親が今にも気絶しそうな表情でローザを見ている。
ローザはやってしまったと血の気を失う感覚を得て、彼に頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「き、貴様など……この家に相応しくない! ガロード、婚約破棄を言い渡すのだ!」
「え、嫌ですが」
「お前が嫌かどうかなど関係無い! この縁談は無かったことにする!」
激怒するガロード父。
そのまま部屋を飛び出し、自室へと向かってしまった。
それを夫人が追いかけていき、取り残されたローザとガロードは顔を合わす。
「えーと、婚約破棄ということでよろしいですか?」
「……不本意ながらそういうことになるな……ローザ・ウィンダミア。お前との婚約は破棄させてもらう」
涙を流すガロード。
ローザには心底惚れていたので、本気で悲しんでいる。
逆にローザは、「結果良ければ全て良し」と心の中で笑うのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
婚約破棄から一ヶ月が経過していた。
今日も優雅に、庭でお茶を飲むローザ。
彼女の後ろには従者であるフィンがいる。
彼は微笑を浮かべながら、ローザに話す。
「現在、お嬢様には11件の縁談話が来ております。どういたしますか?」
「適当な家が良いわ。男爵ぐらいが肩肘張らずに生活できて、私の身の丈にあっているもの」
「ですが、侯爵家、侯爵家、伯爵家、それはそれは名門の方々から声がかかっていますよ。王子からも話がありますね」
「全部断って頂戴! そんなところに嫁いでも、良いことなんて無いわよ」
「ああ、それからガロード様ですが、両親の説得に成功したらしく、また婚約関係を結びたいとのことで――」
「断って! 私は普通の生活でいいの!」
ガロードと婚約破棄をしたことにより、これまで我慢してきた男性から求愛されることになったローザ。
こんな状況なのに、まだ自分がモテるとは思っておらず、言い寄る男性たちに辟易するばかりだ。
どの男性がローザの心を射止めるか……大陸全てを巻き込んだ恋愛劇が巻き起こるのは、また別の話である。
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