白磁の徒
1. 孤高の陶芸家
白磁の陶芸家、佐久間宗太郎は人間国宝に指定されるほどの名匠だった。だが、その人間性は偏屈そのもの。宗太郎にとって陶芸は人生の全てであり、家族すら二の次だった。妻は耐えかねて子を連れ去り、宗太郎の周囲には秘書の藤井と家政婦の山岸だけが残った。
藤井は宗太郎の作品の売買を一手に引き受け、寡黙に仕事をこなす男だった。山岸は家事を黙々とこなし、まるで機能美を体現するかのような存在感で宗太郎の生活を支えた。宗太郎は無駄な会話を嫌い、淡々と役割を果たす二人を信頼していた。
2. 闖入者
ある日、宗太郎の静かな日常を乱す人物が現れた。藤井に連れられてきたのは、芸大の陶芸科に通う女学生、宮崎葵だった。葵は宗太郎への敬意と陶芸への情熱をまくし立て、宗太郎は苛立ちを隠せなかった。「なぜこんな騒がしい娘を連れてきた?」と藤井を訝しむが、葵が差し出した白磁の花器を見た瞬間、言葉を失う。
その作品は異彩を放っていた。然し天才的な発想に技術がまだ追いついていない。藤井は静かに言った。「彼女が先生の最高傑作になる日が来るかもしれません。弟子にしてください。」
宗太郎は吐き捨てる。「私が人を育てられるはずがない。」家族を顧みず、陶芸に全てを捧げた自分に、他者を導く資格などないと信じていた。
3. 押しかけ弟子
それでも葵は諦めなかった。翌日から宗太郎のアトリエに押しかけ、作品を持ち込んでは批評を求めた。宗太郎は最初、冷たくあしらったが、葵の作品に潜む才気に抗えず、ついに彼女にアトリエでの作陶を許した。
葵の作陶を見て、宗太郎は驚愕した。彼女の創作には、宗太郎が信じていた「産みの苦しみ」が欠けていた。芸術家なら誰もが味わう苦悩が、葵にはない。彼女は笑顔で土と向き合い、まるで園児のようにはしゃぎながら作陶する。だが、その手が生み出す作品は、紛れもない天才の輝きを放っていた。
宗太郎が厳しく批評しても、葵はくじけない。即座に助言を取り入れ、次の作品に挑む。その姿は淀みなく、純粋で、宗太郎の知る芸術家の姿とはまるで異なっていた。
4. 才能の開花
宗太郎が弟子を取ったというニュースは、芸術界に瞬く間に広まった。好奇の視線が葵に注がれたが、彼女の作品はそれらを圧倒した。芸大卒業前には、「さすが佐久間宗太郎の弟子」との評価が確立していた。
宗太郎は自問する。苦しみが優れた作品を生むと信じ、己を縛ってきた。だが、苦しみから解放された葵の創作は、どこまで伸びるのか。彼女の笑顔と才能は、宗太郎の心に新たな火を灯した。
5. 師の微笑
ある日、葵が新たな白磁の花器を完成させた。宗太郎はそれを見つめ、初めて口元に微笑を浮かべた。「お前は私を超えるかもしれないな。」
葵は笑って答えた。「先生の白磁は、苦しみも美しさも全部詰まってる。それが大好きなんです。私のはただ、楽しいだけかもしれないけど。」
宗太郎は静かに頷いた。苦しみも、喜びも、どちらも白磁に宿る。彼は初めて、陶芸以外の何か——葵の未来に、楽しみを見出していた。