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第三話

















 この世界には四季がない。


 代わりに永遠の夏と冬がある。


 永遠といっても本当にそれだけが続く訳じゃなくて、長いという意味らしい。




 永遠にも思える程長く、一つの季節が続く。




 その季節を決めるのが<日継の神子>。

 正確には、力を持った王を神子が選ぶことで季節が決定するらしい。




 だから彼らは<冬月王>と<夏風王>なのだ。




 つまり私がタマキを選べば冬が、ジンくんを選べば夏が来る。


 私の判断次第で、この世界の次の季節が決まる。


 私は日本にいたから、自然に巡る季節のない生活は想像出来ない。でも永遠の夏も永遠の冬もきっと生活するのは厳しいはずだ。

 だから、自分の役目を聞かされたとき、軽はずみには決められない重い決断が必要だって悩んだのに……。


 ジンくん達にとってはただの王様ゲーム?

 自分が王になれればそれでいい?

 次来る季節なんてどうでもいいの?


 信じられない、そんな人が王さまになるなんて。


 そもそもあんなことで人に取り入ろうとするなんてどうかしてる。

 日本の政治家だってもっとマシだよ。


 王さまっていうのは、統治者っていうのは、もっと…もっと……。


 憤りを抱えたまま寝台の上で悶々と考えていると、薄絹の向こうにぼんやりと灯りが見えた。

 あの部屋で意識を失ってから何時間経ったのか知らないけど、気が付くと私はいつもの布団に寝かされていた。

 手の傷もしっかり手当てされている。


 辺りは静かで薄暗く、もう夜になったのだろう。

 知らぬ間に着替えさせられていたことに不満もあったが、今更そんなことに文句を付ける元気もない。

 晩ご飯の相談かな……と思い、起きていると教えるために身を起こす。

 やがて薄絹の向こうからマコの声がした。


「神子さま」


 そう呼んだら返事しないって言ったのはいつだっけ?

 判っていて呼ぶマコに焦れて黙ったままでいると、もう一度呼ぶ。


「神子さ…………………、サクラ、さま」

「……何?」

「お加減はいかがですか?」

「いいわけないでしょ、………襲われかけたんだから!」


 気絶する前の出来事を思い出してつい不機嫌に吐き捨てた。

 その後、余りに長く無言の時間が続いて、こっちが居心地悪くなる。きっと困っているだろうマコの顔が的確に想像出来て、ふうと溜め息をつく。


「……まあ、あんたに言ってもしょうがないよね。いいよ、入って」


 素っ気なく許可してやっとマコが薄絹を掻き分ける。案の定、彼女は酷く困った顔をしていた。

 開いた薄絹を邪魔にならないよう寝台の端にリボンで止めてそばに跪いたマコは、でもそれ以上どうすればいいのか判らないように視線を彷徨わせている。きっと傷の具合や晩ご飯の相談にきたんだろう。でも私が不機嫌だから要件を切り出せないでいるに違いない。

 判っているから片手をヒラヒラ振って言う。


「もう今夜はご飯もお風呂もいい、一人になりたいから」


 だから貴女も早く去れ、と告げて再び身を横たえ背を向ける。

 でもしばらく待ってもマコが去った気配が無くて……窺うように肩越しにそちらへ視線を向けた。相変わらず困った顔をしていたマコは私と目が合った瞬間、意を決したように身を乗り出した。


「あの……、み……サクラさまの世界の話を聞かせてくれませんか?」

「……私の話?」

「神子さまは以前から私のことも、夏風さまや冬月さまのことまでご存じだった。その話をしてくださいませんか?」


 この世界に来て初めてだった、そんなことを言ってくれた人は。


 多分それはマコが精一杯考えた気遣いだったんだろう。落ち込んだ私をなんとか励まそうとして……そういう気遣いが私の知ってるマコに被る。

 また見つかった、こちらのマコと向こうのマコの共通点に泣きそうになって、目許を擦りながら起き上がった。

 跪いて私を見上げる彼女と視線を合わせて咄々と語る。


「友達なの、私と貴女は……ずっとずっと昔から、子供の頃から一緒に音楽をやってる親友で……。ジンくんもタマキも……友達だった、なのに、なのにっ」


 思い付く限り全部話した。

 私が生きてきた世界のこと、日本のこと、バンドのこと。



 私はこの世界の人間じゃなくて、あの日目覚めたらまったく知らない世界にいたこと。



 マコ達が同じ顔の他人なのは判ってる、でも、親友と同じ顔をした他人に素知らぬふりをされ、揚げ句の果てに迫られ襲われかけた恐怖と嫌悪。


 全部ぶちまけながらまた泣いてしまった私を見ていたマコは、懐から出した手巾を失礼しますと言って頬に当ててくれる。スッと鼻に抜ける爽やかな香りは、在りし日の彼女が好んで纏っていた香水によく似ていて、もっとたくさん涙が出た。




「サクラはホントに他の世界から来たのかもしれないね」




 今まででは有り得ないくらい砕けた口調で彼女が零したのは、すべてを語り終える間に涙と鼻水でビショビショになってしまった手巾の代わりの手ぬぐいと、顔を洗うための水を持ってきてくれた後だった。

 冷たい水に浸された手ぬぐいで顔を拭き、まだ止まらない鼻水を押さえている私をクスクス笑う顔は、やっぱり私の知ってるマコだ。


「あのね、日継の神子さまが何時どうやって現れるかは誰も知らない。王が亡くなられて季節の変わり目が訪れると、天命が下って日継の宮に火が灯る。そしていずこからか神子さまが光臨なされる……って言い伝えがあるだけで、サクラが現れるまで、私もそれがホントだなんて正直思ってなかったんだ」


 信じてなくてごめんね、と少しだけ申し訳なさそうに笑ったマコが教えてくれたのは、以前神子の役目を教えてもらった時より、ずっと詳しい、そして切羽詰まったこの世界の状況だった。


 私が現れる以前の季節が冬だったのは聞いていた。だが、寒くて厳しい冬が、マコが生まれるよりもずっと前から続いていたのは初耳だった。


 つまり単純に考えても二十年以上、冬。

 それってかなりきつくない?


 それが終わったのが今から半年くらい前。

 ある日、ずっと降り続いていた雪がやんで、何日も薄曇りのはっきりしない天気が続いた。それからしばらくして日継の宮に火が灯った噂が流れて、それでやっとマコたち庶民は先王が亡くなったのを知ったそうだ。


 やがて、神子を迎える準備として、宮仕事の募集の御触れが出て、マコはここに下働きとしてやってきた。


「まだ神子さまは現れてないけど、いつお出でになってもいいように宮を整えておかなきゃいけないって働き始めたんだけど、どうやって現れるかなんて私達は知らなかったから、あの日、ここでサクラが寝てた時は本当にみんな吃驚したんだよ」


 私自身は全く知らないことだけど、目覚めたあの日。


 私は本当に突然、この部屋の布団の中に現れていたらしい。


 気付いたのは、朝神子の寝所を掃除をするために来た召使だそうだ。


 つまり、目覚めたあの朝が、この世界の私の始まりだったということ。

 他の誰かの身体を乗っ取ったり、誰かにこっそり連れてこられた訳じゃない。


 前夜まで誰も寝ていなかった布団に、本当に忽然と現れて、まるで最初からずっといたように私は寝ていた。


 どんな魔法よそれ……。


 自分に起こった事象を推理していた側で、マコがぽつりと零した。


「サクラの話聞いて私ちょっと判った気がする」

「何が?」

「ここで聞かされた神子さまの話の意味」

「どういうこと?」

「私達は、神子さまはお心を見失われてるから、そのつもりでお仕えするようにって聞かされてたの」

「心を、見失う……?」

「あぁ……えっと、歴代の神子さまはみんな、気が狂ってた、そうなの」


 マコ達がここに就職した時に教えられた話だと、神子とは心を見失った狂人で、意思の疎通は困難。勝手に宮を抜け出そうとしたり、訳の判らないことを言って暴れたりする。

 それをしっかり見張りながら世話することが仕事だと強く言われたそうだ。


 しかし、当代の神子の私は、話も通じるしおとなしいと聞く。やはり伝承なんて当てにならないのかもしれない……と思っていたところで、マコは私に泣き付かれ、名前まで当てられた。

 やはり摩訶不思議な力はあるのだと、神子という存在の尊さを思い知った。


 ……でも、今日泣きじゃくって無理と訴えた私は、狂人でも尊い存在でもなく、ただのか弱い女性にしか思えなかったと、マコは言う。

 だから、私が目覚めたらちゃんと話を聞きたいと待っていてくれたそうだ。


 神子ではなく、サクラの話を聞くために……。


 それがまた私の知る<マコ>という人の本質と被って、薄く瞳が濡れた。


 しかし、嬉しさとは別の感情も胸を迫り上がる。彼女の優しさによって今暴かれたものは、想像以上に凄惨かもしれない。

 お互いそれに気付き。心なしか青褪めた顔色のマコと見つめ合って、先に声にしたのは向こうだった。


「もしホントにサクラが言うように神子さまが違う世界から来るなら、そっちの世界のことを話すのが私達からは狂ってるように見えたのかもしれない、ってことだよね……?」


 充分有り得る話だ。

 ある日目覚めたら知らない世界で、私は最初夢だと思って呑気にかしずかれてたけど、普通なら、そんな非現実簡単に受け入れられる訳もなく。

 今いる場所が昨日まで生きていた現実と全く違うと知ったら、即座に戻るための行動を取る。帰りたいと願い、必死に足掻くだろう。


 でも、誰にどう伝えても、その意味も、意思も伝わらない。

 言葉を共有しているのに、何も伝わらない。


 その絶望。


 私も身をもって体験したから判る。

 必死に日本や地球のことを話しても、困ったように小首を傾げられ訝しむ目を向けられる日々の中、段々と自分に自信が無くなっていく感覚。


 幸い私にはマコがいた。あちらの世界と重なるマコの姿が信じ続ける力をくれたから、私は<私の生きる現実>の存在を、今も強く信じている。


 でも、自分の記憶しか頼るものが無かったとしたら……?

 出会う人すべてに記憶を否定され、その上で狂人のように扱われたら……?

 それでも自分を信じ続けていられる……?


 改めて、ゾッとした。


 この世界の成り立ちなど知らない。が、私の知る有史と同じくらいの歴史を、この世界が持っていたとする。


 神子の歴史も同じくらいあったとしたら?

 その間、幾人の女性が呼び寄せられて狂人みことされたのか……。


 この世界の理はあまりに残酷過ぎる。


 薄ら寒さを感じて両手で知らず自分を抱き締めていた。

 私の動作を見たマコが、畳まれていた上着を肩に掛けてくれる。お礼を言う私から少し目を逸らして、元の位置に座り直したマコは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


「歴代の王さま達は心を失った神子さまに選ばれるために、一番有効な方法で接してきた。そのお膳立てをするのも私達の仕事だった、……本当にごめんなさい。

 今日貴女に泣かれるまで、私も神子さまにはそうするものなんだって無条件に信じてた。ちょっと考えればすぐ判るのに、神子さまには当然のことだって思ってて、ごめんなさい」


 最初、彼女が謝る意味が理解出来なかった。でも段々と深く頭を下げながら零される言葉に、今日の怖気が蘇る。

 歴代神子に対する処遇がその言葉によってはっきりした。


「じゃあ、ずっと、あんな風に……」

「そういうものなんだって、言われて……」

「最低じゃない、そんなの!!」


 確かに今日ジンくんも言ってた。

 オレを選んで……って。


 でも、あんなことをされて、その結果彼を選んだとしても。

 それは選んだじゃない、選ばされただ!!


 ましてや相手は、頼るものもなく自信を失って、最早心を病んでいる状態になっていたかもしれない女性。判っていて、あんな手段を使うなんてっ……。


 悔しさに奥歯を噛み締めると、潤んでいた瞳からまた涙が滑る。

 今日、私も同じ目にあっていたかもしれない。


 あのままジンくんに犯されていたら……それを既成事実として、彼を選んだことにされていたのだろう。

 どんな手段を使っても<王>になることだけが目的なら、彼らはそれでいいかもしれない。


 でも私は嫌!!


「決めた」

「何を?」

「私が選ぶしかないって言うなら選ぶ。ただし、私が王さまに相応しいと思う人間性の方をよ」

「サクラ……」

「より良い王を選ぶのが私の努めなんでしょ、だったら従う。……だからもう二度と、あんなことはさせない」


 思い出しただけで悪寒が走る。

 彼の指が裾を割って素肌の太腿を撫でた。あんなこと、夏風王だけじゃない、他の誰にもまださせたことないのに……あの感触を拭うように何度も太腿を擦り呟く。


「やっぱりお風呂、入りたいかも……」

「じゃあ用意するね」

「あ、や……でも迷惑じゃない、こんな夜中に」

「神子さまのためならみんな喜んで働くから大丈夫。だって、私達は神子さまが快適に暮らせるように集められたんだから」


 輝く笑顔で言ったマコは、すぐに別の侍女にお風呂の用意を言いつけた。


「明かりも今夜は絶やさないようにするから、安心して」

「うん……ありがと」


 マコの細やかな気遣いが嬉しくて、だからつい甘えが出た。


「マコ……」

「はい?」

「手、繋いでて欲しい」

「いいよ」

「後、一緒に寝て欲しい」

「……もう、しょうがないなぁ」


『しょうがないなぁ、サクラは』


 フラッシュバックする過去の情景と声。

 紡いだ彼女と、目の前の女性がしっかり重なり合った感触に勝手に頬が緩んで、私はこの世界に来て初めて、安心して眠った。

















読んで頂きありがとうございました。


書き溜められているのはここまでです。

大体の設定説明まで。

以後は不定期連載となります。

もし続きが気になりましたら、以後もよろしくお願いします。



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