黒い怪物と盲目の少女の選択
さて、いよいよ物語も終盤。
二人に迫られる選択とは……?
どうぞお楽しみください。
ジェットがジェニファーを城に迎えて半年。
二人の関係は側から見ていても良好なものであった。
『ジェニファー。今日の夕食は牛肉の煮込みだって』
「わ! 楽しみです! 最初に食べた時、とても柔らかくて美味しかったのが忘れられません!」
『うんうん。初めておかわりしたもんね』
「……あ、あの時はどうしてももう一杯食べたくて……」
『良いの良いの。ジェニファーが美味しそうに食べてるの見ると、何だかより美味しく感じられるからさ』
「あ、ありがとうございます……!」
これに伴って、城の中でのジェットの評価も変わりつつある。
これまでどんな事があっても陽気で穏やかな対応をしていたジェットは、そのために人間らしくない印象を与えていた。
しかしジェニファーの反応に一喜一憂する姿が、いかにも人間らしく見え、黒い外見に慣れていた城の者からの印象は柔らかくなっていたのだ。
『じゃあ晩御飯までお腹を空かせておかないとね。庭でも散歩しようか?』
「はい!」
幸せな時間。
しかしそれは突然に破られた。
散歩から戻ったジェットとジェニファーを、老齢の執事が出迎える。
「ジェット様。お手紙が届いております」
『わざわざ届けに来るって事は、急ぎの用かな?』
「……はい……」
ちらりとジェニファーを見る執事。
その様子でジェットは全てを察した。
(ジェニファーの両親か……。支度金が尽きたから娘を治して返せ、とでも書いてきたかな……?)
受け取って開いた手紙には、おおよそジェットの予想した内容が書かれていた。
しかしその中の一文が、ジェットの心を波立たせる。
(誰よりも愛している娘、だと……? お前達が愛しているのは、ジェニファーから得られるお金だけだろうに……。それなら僕が……)
手紙がジェットの怒りを受けて、くしゃりと音を立てた。
その様子から、ジェニファーはジェットの怒りを感じ取る。
「ご主人様……。何かご不快な事でも……?」
『え、いや、そんな事はないよ。大丈夫。ははは……』
「……ご主人様……」
『……あー……』
心配そうな色を強めるジェニファーの声に、ジェットは誤魔化すのを諦めた。
『……君の両親からだ。早く目を治して、娘を返してほしいとさ』
「……」
黙り込むジェニファーに、ジェットは気まずそうに頭を掻く。
『いやー、まぁそうだよね。ジェニファーが来て半年。他の人は二ヶ月も経たずに治して帰してたんだから、早すぎるって事はないよね』
「ご主人様……」
『凄く楽しい時間だった。だからお礼がしたい。ジェニファー、何でも言って? あ、目を治すってのは当然だから、それ以外でね?』
「わ、私は……」
『一生かかっても使いきれないくらいのお金だって用意できるよ。あ、それとも毎月決まった額のお金を支給する方が良いかなぁ?』
「……!」
『それともジェニファーとご両親が城下で買った物は、全部僕が払うっていうのでも良いし、あ、どこか大きな店の主人になれば、ただお金をもらうより楽しいかも』
「ご主人様!」
『はいっ』
早口でまくし立てるジェットを、ジェニファーが叫びで遮った。
しんとした部屋の中、ジェニファーがゆっくりと口を開く。
「……どんなお願いでも、いいですか……?」
『あ、あぁ。僕で叶えられる事なら全て応えるよ……』
たとえ僕の命でも。
その言葉をジェットは飲み込む。
「なら、お願いします……」
『……うん……』
「私の目を、治さないでください……!」
『えっ』
驚いたジェットは、見えない目から涙をこぼすジェニファーを見つめる事しかできない。
「ご主人様の側にいたいんです……! 両親の元に戻りたくないんです……! ごめんなさい……! こんな我儘……! ごめんなさい……!」
『いや、その、何も悪くないと言うか、むしろありがた……、いや、えっと、あ、謝る事ないよ……』
「……でもご主人様は、ご両親をお城に呼んで、亡くなってからもずっと側にいたって……! 私はお父さんお母さんよりご主人様を選んで……! 私……!」
『……僕を、ご両親より……』
「最低な娘です……! それでも私、家に帰りたくない……! ご主人様とずっと一緒にいたいんです……! どうか、お願いします……!」
『……!』
泣きじゃくるジェニファーを、ジェットは思わず抱きしめる。
「……ご、ご主人様……?」
『僕こそ最低さ……。ジェニファーがご両親よりも僕を選んだ事、嗜めるべきなのに、駄目だ……。嬉し過ぎる!』
「えっ」
そのまま抱き上げてぐるぐる回るジェットに、ジェニファーは戸惑う事しかできない。
『君のご両親には、言い値でお金を払おう! それでジェニファーは自由だ! 僕の側にいたいなら、一生だって付き合うよ!』
「ほ、本当ですか!?」
『あぁ! 何だったら王様にお願いして、ご両親を王位に付ける事だってしてみせる! 今の僕にできない事はないよ!』
「そ、それは色々な人が困るので……!」
『そうだね! じゃあやめておこう! あっはっは! 何て幸せなんだ僕は!』
顔は見えなくても、ジェットが自分の言葉を喜んでくれている事を感じるジェニファー。
今まで音の反射がないために触れる事を躊躇ってきた顔に、そっと手を伸ばした。
『じぇ、ジェニファー……!?』
「……音ではわかりませんでしたけど、こんな感触なんですね……」
『〜〜〜っ!』
この時の様子を、その場にいた老執事は後にこう語る。
「えぇ。ジェット様のお顔は真っ黒でした。この老骨が仕えた数十年と変わらず。ですが私でなくてもあの場にいればわかったでしょう。そのお顔は真っ赤であったと」
読了ありがとうございます。
ジェット大歓喜。
長年仕えた老執事もこれにはにっこり。
次回で完結となります。
よろしくお願いいたします。