盲目の少女の憤り
ジェニファーサイドです。
両親にこき使われても怒る事のなかったジェニファー。
彼女が初めて示した怒りとは?
どうぞお楽しみください。
ジェニファーが城に来てから二ヶ月。
目が見えないとは思えないその仕事ぶりはジェットに気に入られ、掃除とお茶以外にお菓子作りも任されるようになった。
創意工夫を重ねるジェニファーのお菓子は進化を続け、今や城で一番の腕前と言われる事も少なくない。
今日もジェットのお茶の時間に合わせて、ジェニファーは車輪付きの給仕台に乗せたお茶と焼き菓子を運ぶ。
「今日も喜んでもらえるかしら……」
そんなジェニファーの耳に、城の侍女達の会話が聞こえてきた。
「ジェニファーのお菓子、本当に美味しいわね」
「本当ね。ジェット様の側仕えなんか辞めて、お菓子職人になったらいいのに」
「……?」
褒め言葉の中に気になる内容があり、ジェニファーは足を止めて耳をそばだてる。
「ジェット様もそう思っているからこそ、ジェニファーの目を治さないんじゃない?」
「きっとそうよね。余程ジェニファーがお気に入りなのよ」
「……!」
予想もしない嬉しい言葉に、ジェニファーは給仕台から手を離し、頬を押さえた。
しかし次の瞬間、ジェニファーは凍り付く。
「ジェニファーも可哀想ね。あんな怪物に気に入られちゃって」
「本当にそうね。目を治してもらうつもりだったのにあれじゃ、辛いだけでしょうね」
「……!?」
可哀想と言われた事。
ジェットを怪物と呼ばれた事。
今の幸せな生活を辛いと評された事。
ジェニファーの中に、今まで感じた事のない怒りが湧き起こった。
侍女達の目の前に立つと、大声で叫ぶジェニファー。
「何でそんな事言うんですかっ!」
「!?」
「じぇ、ジェニファー!?」
「あんなに優しくて温かいご主人様に怪物だなんて! 取り消してください!」
見た事のないジェニファーの剣幕に押されながらも、侍女達は必死に弁明する。
「い、いえ違うのよジェニファー。あなたは目が見えないからわからないと思うけど、ジェット様は、その……」
「その、少し見た目が人と違うと言うか、ほら、お力だって不思議なものでしょ? だから……」
「そんなの関係ありません! ご主人様は……!」
『僕がどうかしたのかな?』
勢い込んで話そうとしたところにジェットが現れ、場の空気が一変した。
「じぇ、ジェット様……! これは、あの、その……」
「す、少し悪ふざけが過ぎたと言いますか、口が滑りまして……」
『あぁ、いいよいいよ気にしないで。僕の見た目は普通の人には刺激が強いよねぇ』
「いえ、その……」
「も、申し訳ありませんでした……」
頭を下げる侍女達に、ジェットは気楽に手を振る。
『ま、上司の悪口って一番盛り上がるからね。気にせず不満を発散しちゃってよ。僕はジェニファーとお茶しに行くからさ』
「あっ、ご、ご主人様……!」
そう言うとジェットは、ジェニファーの手と給仕台を握ると、その場を後にした。
収まらないのはジェニファーだ。
「ご主人様……! 何であんな事を言われて怒らないんですか……!? 私、許せません……!」
『まぁまぁ、折角美味しい焼き菓子を作ってくれたんだから、お茶にしようよ。僕はジェニファーとのお茶の時間、楽しみなんだよね』
「う……、で、でも……」
『怒るのってさ、疲れちゃうんだよね。同じ時間を過ごすなら、笑って楽しく過ごしたいのさ。そのためにジェニファーのお茶とお菓子はぴったりだよね』
「あ、ありがとう、ございます……」
ジェニファーの怒りが小さくなっているのを感じ、ジェットは安堵と共に憂鬱な気持ちを抱く。
(こうして僕のために怒ってくれるのは嬉しい。でも目を治して僕が人間じゃないと知ったら、きっとあの侍女達と同じように僕を恐れるんだろうな……。やだな……)
ジェニファーはジェニファーで、褒められた嬉しさの陰で燻る怒りを感じていた。
(ご主人様は人間じゃない……。そんなの初めからわかってる……。でも誰よりも優しくて温かいんだから、人間かどうかなんて関係ないじゃない……!)
複雑な思いを胸にしながら、ジェットの部屋へと向かう二人。
その日のお茶は、いつも通りに淹れたはずなのに、少し苦く感じられた。
読了ありがとうございます。
ちなみに後日、侍女達は改めてジェットとジェニファーに心から謝罪。
ジェットが許した事で、ジェニファーも矛を収めました。
さもなくばお菓子永久停止になるところでした……。
後二話くらいで完結だと思います。
よろしくお願いいたします。