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黒い怪物の怒り

ジェットのターンです。

村を追い出された時も怒りを表さなかったジェットに怒りを覚えさせたのは……?


どうぞお楽しみください。

 ジェットの部屋には、お茶の良い香りが漂う。

 ジェニファーが研鑽を重ね、配合した茶葉が、熱湯に蒸されその香りを最大限に引き出されていた。


『あれ? 新しい茶葉を仕入れたの?』


 嗅ぎ慣れない匂いにジェットがそう言うと、ジェニファーが小さく震える。


「いえ、あの、厨房から頂いた茶葉の香りと味を調べて、私が調合しました……」


 ジェットを喜ばせるべく、何度も香りと味を確かめた茶葉。

 しかしいざ提供するとなると、ジェットの好みに合うかどうか確信が持てず、ジェニファーは身を強張らせる。

 しかし、


『え、凄いじゃないか。自分で香りや味を調べて組み合わせたって事だろう?』

「え、あ、はい……」

『と言う事は、この世に一つしか無い味って事だ。楽しみだなぁ』

「……ありがとうございます……」


 ジェットの期待に満ちた言葉に、ジェニファーの身体から力が抜けた。

 香りと味が花開いた琥珀色のお茶が、ジェットの器を満たす。


『うーん、香りだけで幸せ感じるなぁ』

「あ、ありがとうございます……」

『さてお味は……』

「……」


 ジェニファーが固唾を飲んで見守る中、ジェットは口元につけた器を傾けた。


『……何だこれ……』

「も、申し訳ありません!」


 器から口を離し、器の中のお茶をまじまじと見つめるジェットの言葉に、ジェニファーは怯えた声で頭を下げる。


『あ、違う違う。あまりにも美味しすぎたから驚いただけ。怒ってないよ』

「え、そ、そうなんですか……? それなら良かったんですが……」


 ジェットの慌てた言葉に、ジェニファーは胸を撫で下ろした。


『いやー、香り、味、そして飲み終わった後の清涼感。どれを取っても文句の付けようが無いよ。僕がこれまで飲んだお茶の中で一番美味しい、断言できるね』

「そ、そんな……」


 屈託のないジェットの絶賛に胸がいっぱいのジェニファーは、何と答えて良いかわからない。

 しかし嬉しさを抑えきれずはにかむジェニファーを見たジェットは、もっと喜ばせたいと言葉を続けた。


『本当本当。こんな美味しいお茶を飲ませてくれたジェニファーに何かお礼がしたいな。何でも言って』

「え、そんな……」

『本当に何でも良いよ。死んだ人を生き返らせるとかじゃなければ、大抵の事はできるから』

「……」


 黙って考え込むジェニファーに、ジェットを一抹の不安が襲う。


(……目を治してほしいって言われたらどうしよう……。家に帰りたい、とか言われたらどうすれば良いんだ……?)


 そんなジェットの葛藤を知らず、ジェニファーは顔を上げた。


「……で、では……」

『な、何かな……?』

「……と、鶏肉を……」

『……鶏肉を……?』

「……丸ごと全部……、や、やっぱりいいです!」


 恥ずかしそうに俯くジェニファーに、ジェットには何としてでも叶えたい衝動が湧き上がる。


『そこまで言ったら最後まで言ってほしいな。鶏肉を丸ごとどうしたいんだい?』

「……はい……。その、た、食べてみたいんです……」

『鶏肉を丸ごと食べてみたい……。うん……。うん?』


 あまりに拍子抜けな言葉に、ジェットは間抜けな声を上げた。

 するとジェニファーはさらに顔を赤くする。


「や、やっぱり忘れてくださいっ!」

『あ、いや違うんだ。宝石とかお城とか言われても用意するつもりでいたから、ちょっと驚いただけ。で、鶏肉だったら全然用意できるけど、理由聞いても良い?』

「……はい。私の家はあまり裕福じゃなかったので、時々食べる鶏肉がご馳走でした……」

『うん。わかるわかる』

「でも食べる時は、お肉のところをお父さんとお母さんが食べて、私は残った皮のところをもらっていたんです……」

『……そう、なんだ……』


 ジェットは勘のいいジェニファーを怯えさせないように、必死に怒りを抑え込んだ。


(何て親だ……。こんなささやかな願いさえ、大それた願いだとジェニファーに思わせるほど抑圧していたのか……)


 それでも望みを口にしてくれた嬉しさで怒りを相殺し、ジェットはジェニファーに優しく声をかける。


『任せて。とびっきりの美味しい鶏肉をご馳走するよ』

「あ、ありがとうございます!」


 嬉しそうなジェニファーの様子に、国王に掛け合ってでも最高の鶏肉を用意しようと心に誓うジェットであった。




「あの、ご主人様、これは……?」

『鶏の丸焼きだよ』

「えっ」

『えっ』

「こ、こんな大きいんですか!? 私、両手で収まるくらいの大きさのだと思っていて……!」

『? でも丸ごと食べたかったんだよね?』

「は、はい! でもこんな大きい鶏がいるなんて思わなくて……!」

『でもこれ、味は最高だけど、大きさとしては少し小ぶりだよ?』

「えっ」

『えっ』


 『丸ごと』の意味の違いに気付くまで、二人はすれ違う会話を続けるのだった。

読了ありがとうございます。


順調にジェニファーの両親にヘイトを溜めるジェット。

なにそれこわい(いいぞもっとやれ)。


次回もよろしくお願いいたします。

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