『黒い怪物』ジェットの物語
秋月 忍様主催『サマーシンデレラ企画』参加作品です。
今日企画を知った瞬間、ビビッときました!
そして書き始めたら止まらない止まらない……!
うん、「また」なんだ。済まない。 (´・ω・`)
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、この企画を見たとき、僕は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じたんだと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないでいたい。
そう思って、この作品を書いたんだ。
じゃあ、本編を読もうか。
四、五話で完結するので、どうか……!
刷り込み、というものがある。
『それ』が生まれたのは森の中。
世界の負から生まれたそれは、闇色の塊だった。
不定形な『それ』は目的を持たず、もぞもぞと蠢いていた。
「おや、何かいるようだぞ?」
「あら本当」
それを見つけたのは老夫婦だった。
それを認識した『それ』はうごうごと形を変えて、人の形を取った。
と言っても身体を構成する要素が少なく、子どものような大きさではあったが。
「おぉ、人の形になった……。真っ黒ではあるが……」
「私達を見て変わった、という事は、うちの子になりたいのかしら?」
妻が差し出した手を、『それ』は握り返した。
そうして『それ』はジェットという名をもらって、老夫婦の家で暮らすようになった。
ジェットには異能があった。
触れたものから『負』を吸い取る、というものだ。
病気、怪我、傷、劣化、そういったものを吸い取る。
そうすると人や動植物の病気や怪我は治り、欠けたりひび割れたりした道具は直る。
真っ黒で目鼻のない人形のようなジェットだったが、その異能によって村の人からは受け入れられていた。
ジェットもそこで人を学ぶ。
表情で状態を伝えられないジェットは、言葉や身振りでコミュニケーションを取るようになった。
そして明るい振る舞いや冗談が相手を笑わせると知り、ジェットは陽気でひょうきんな性格になった。
『おや、フルール。髪型変えた?』
「あ、わかる? ちょっと気分を変えたくって」
『うん、素敵だね。前のも似合っていたけど、今のもフルールの可愛さを引き出してる』
「もう! 調子良いんだから」
『本当だって。ほら、この目を見て』
「ジェットに目はないでしょ?」
『あはは、そうだった』
「もう、ジェットは真っ黒なのに明るいわね」
『そりゃそうだよ。僕は明るいのが大好きでね。毎日日光浴をしてたから、こんなに黒いのさ』
「ふふっ、また馬鹿な事言って……」
しかしそんな幸せも長くは続かなかった。
人とは明らかに違う存在を、国は危険視した。
王から派遣された騎士達は、ジェットを取り囲む。
人智を超えた力を持つジェットにすれば、全員を一瞬でもの言えぬ身にする事は簡単だった。
だがジェットは老夫婦に挨拶だけすると、騎士に捕えられた。
『父さんと母さんが僕に優しくしてくれたから、僕も人には優しくしたいと思うんだ』
そう言うと二人から取れるだけの負を吸い取って。
ジェットは知っていた。
村人の一部が自分を恐れている事を。
その誰かが騎士を呼んだ事を。
そしてこの騎士を撃退して村に居続ければ、両親に迷惑がかかる事を。
『さぁ騎士様方。このジェット、逃げも隠れもいたしません。王都へどうぞお連れくださいませ。その道中、僕が決して退屈はさせませんからね』
「何だこいつ……」
最初は警戒していた騎士達も、ジェットの陽気で人懐っこい様子に触れ、王都に着く頃にはすっかり打ち解けていた。
そのためジェットは、縛られもせずに国王の前へと通される事になった。
「貴様が黒い人間か」
『はい。ジェットと申します』
「気味の悪い奴め……」
謁見の間で国王は、ジェットに嫌悪感を示した。
しかしジェットは気にしない。
『まぁまぁ。それは僕をよく知らないからですよ。人間誰しも知らないものは怖いものです。なので自己紹介をば』
おどけた様子でそう言うと、ジェットは歌を歌ったり踊りを踊ったりした。
周りの雰囲気が少し緩んだのを見ると、兵士の武器や防具の傷を吸い取り、新品同然にして見せた。
「なっ……! お前、今何をした!?」
『僕は傷や劣化したものを直す力を持っています。仲良くすればきっとお役に立てると思います』
「うぅむ……」
国王は警戒しながらも、ジェットの力を活かす事とした。
するとジェットは武器や防具、家具や調度品、果ては色褪せた名画やくすんだ宝石まで新品同様に戻して見せた。
「こ、これはすごい……!」
『どうです王様? 僕と仲良くすると得でしょう?』
「……うむ……」
こうなればジェットの独壇場。
その陽気な性格と巧みな話術で、国王は次第にジェットを重用するようになった。
「ジェットよ、北の堤防なのだが……」
『わかりました。直してまいります』
「済まぬな」
ジェットの力で国は豊かになっていく。
ある時、国王がジェットを呼んで尋ねた。
「いつも良く働いてくれているジェットに褒美を取らせたい。何か望みはあるか?」
『そうですね……。両親をお城に招いても良いですか?』
「おぉ、そうか。すぐに手配させよう」
ジェットの望みはすぐに叶えられた。
『父さん、母さん……』
「ジェット……!」
「立派になって……」
それから十数年。
ジェットは両親の幸せな最期を看取った。
対象の『負』を吸い取るジェットでも、『成長』の行く末である『老い』を吸い取る事はできない。
老いから来る身体の不調を丁寧に吸い取りながら、それでも弱っていく両親に、ジェットは最後まで優しく声をかけ続けた。
『僕を拾ってくれたのが、父さんと母さんで良かった……』
「……ありがとう、ジェット……」
「……あなたは自慢の息子よ……」
両親が息を引き取った後も、しばらくジェットはその遺体に寄り添い、腐敗という『負』を吸い取り続けた。
一月ほど経った後、ジェットは両親の埋葬を依頼した。
「……もう、良いのか?」
『はい。どれだけ劣化を防いでも、生き返る訳ではありませんから』
それからもジェットは国のために働き続けた。
しかしふと過ぎる両親の温もり。
(王様も城の人達も良くしてくれるけど、やっぱり父さんや母さんみたいに、同じ人間とは扱ってくれないんだよなぁ……)
それまでも感じていた隔たりを、両親を失った事でより感じるようになったジェット。
どうにか自分を一人の人間として接してくれる人がいないかと考えた結果、一つの案を思いついた。
『そうだ。目の見えない人なら、僕の見た目の違いがわからないだろうから、きっと僕を人として扱ってくれるだろう』
国王に相談して、ジェットは目の見えない人を自分の側仕えとして雇う事にした。
しかしこれはうまくいかなかった。
仕事を教え、会話を楽しみ、仲良くなると、目が見えない事で不自由を感じている相手に同情してしまうのだ。
そしてジェットはそれをそのままにしておけない。
「……う……?」
『どうだい? 見えるようになったかい?』
「は、はい! ありがとうございますジェット様!」
しかしいざ目が治ると、やはりジェットと他の人の違いを感じて、どこか関係がぎこちなくなる。
そうして遅かれ早かれ側仕えを辞めたいと言い出す者達を、ジェットは快く見送った。
「また駄目だったか。まぁ良いさ。あの人は見えるようになって幸せになれたんだし」
そうして人々から畏怖と尊敬と嫌悪を浴びながら、ジェットは今日も国のために働くのだった。
読了ありがとうございます。
主人公ジェットの名前は、飛行機とかのあれではなく、黒い宝石ジェットから。
ダイヤモンドと同じ炭素でできている、黒玉とも呼ばれる真っ黒な宝石。
フランス語でnoir以外の黒の表現を探していたら、jaisを見つけ、そこから取りました。
次回はヒロイン登場!
よろしくお願いいたします。