(第5話)私の知らない学園での聖女様
「パーティーでの件、かなり噂になっていますよ」
生徒会室での仕事が一段落して休憩をしている時に、ベッキー様が楽しそうに言った。
嫌な予感がしつつ、私はベッキー様に聞いた。
「……噂……?」
「ルーラ様が一方的にデイジー様にご自分の素晴らしさを捲し立てていたと」
「……あれは……確かに……そのように聞こえたかもしれないけれど……。ルーラ様は私に謝罪をしたいと……」
「デイジー様? それがルーラ様の本心だと本当に思っています?」
「……」
何も答えられない私を見て、ベッキー様は微笑んだ。
「ルーラ様が本当に謝罪をしたかっただなんて誰も思っていないので大丈夫です」
ベッキー様と私の話を聞いていたライアン様が申し訳なさそうに言った。
「やはり僕がずっと側にいるべきだったのに。すまない。まさかあの女がデイジー様に突撃するだなんていくらなんでも想定していなかったんだ」
「……『あの女』だなんて……」
思わぬライアン様の毒舌に私が驚いている間に、ベッキー様が話を続けた。
「デイジー様は、学園でのルーラ様をご存知ですか?」
「いえ。聖女として王宮でお会いしたのが初めてよ」
「ルーラ様は以前から『礼儀を弁えない優位に立ちたい令嬢』として有名でしたよ」
……礼儀を弁えない優位に立ちたい令嬢……? なんだかものすごく辛辣な言葉だけど……。
「パーティーの時にデイジー様にしたのと同じようなことを学園でも繰り返していたんです」
「私にしたのと同じようなこと?」
「まず自分より高位貴族のご令嬢の婚約者と仲良くなった後で、そのご令嬢に対して謝罪と称して話しかけてくるんです。その内容が自分を卑下していると見せかけて、実は『それでも選ばれたのは自分だ』と自分が優位であるということを言いたいだけのようなんです。何とも腹が立つ言い方と態度で何人もの令嬢が悔しさに枕を涙で濡らしたとか……」
あれを、あのパフォーマンスを私以外のご令嬢にも……。
「まったく知らなかったわ……」
「デイジー様はいつもお忙しくされていたので、学園での子爵令嬢の噂などはご存知なくて当然です」
「……フレディ殿下は知っていたのかしら……」
私の呟きを拾ったのはライアン様だった。
「デイジー様が知らないことをフレディ殿下が知っているはずがないだろう」
あまりの発言に私は驚いたけれど、ベッキー様はライアン様の発言に頷いていらした。
「聖女の力に目覚めてからはフレディ殿下以外の男性と仲良くされるのは控えていらっしゃったようですが、あのパーティーでは優位に立ちたい令嬢の悪癖を抑えられなかったのでしょうね……」
なんだか聞いてはいけない話を聞いてしまったような……。
私はフレディ殿下の婚約者に選ばれてから、今までずっと自由になる時間というのは一時もなかった。
学園に入学するまでは王妃教育に追われていたし、フレディ殿下の王子教育が少しでも楽になるように外国語の習得や業務の一部等を担っていた。
学園に入学してからは、少し落ち着いてきた王妃教育と並行して、私が担っているフレディ殿下の業務を増やし、生徒会の仕事もしていた。
侯爵家に帰ってからも、学園の試験で一位をとれるように常に勉強をしていた。
日々に追われて、疲弊していたとはいえ学園での噂等にももっと気を配って、フレディ殿下に進言しておくべきだったわ……。
……いえ、きっと私が進言していたとしても、フレディ殿下はルーラ様に恋に落ちただろうし、現在の状況はきっと何も変わらなかったはずね……。
笑顔であっさりと婚約の解消を言い渡された日のことを思い出して苦しくなっていた時に、生徒会室の扉が開けられた。
「デイジー!」
扉を開けたその人物に、私だけでなくライアン様やベッキー様も驚いていた。
その人物は、生徒会室に半年以上ぶりに足を運んだ、フレディ殿下だった。
「フレディ殿下。いかがなさいましたか?」
本来であれば生徒会長であるフレディ殿下が生徒会室を訪れることは不思議ではないはずなのに、私は思わず疑問を口にしてしまった。
「パーティーでのルーラに対する心無い噂が流れているらしいんだ。ルーラはとても傷ついていて『ただデイジー様に謝りたかっただけなのに』と泣いているんだ。デイジー! 信じたくはないけれど、君がルーラに嫉妬して事実無根の噂を流しているのか?」
婚約解消後、フレディ殿下から初めて私に向けられたのは、そんな一方的な非難の言葉だった。