(第4話)聖女からのマウント
「この国の奇跡であり希望となる聖女、ルーラ・オズ子爵令嬢を、第一王子である僕の婚約者にする」
フレディ殿下は、入場するとすぐに宣言をした。その宣言にパーティー会場は歓声に包まれた。
祝福の拍手のなかで、フレディ殿下とルーラ様はお互いにうっとりと見つめ合っていた。
それは、まるで物語のハッピーエンドのようで、誰もが祝福をしなければいけない場面だと分かっているのに、必死で拍手をしながらも私の心は凍ってしまっていた。
「デイジー様。僕とダンスを踊っていただけませんか?」
ぼんやりと王子と聖女が仲睦まじく踊る姿を見つめていた私に、ライアン様が手を差し出した。
「……私と、ですか?」
「公爵家ではダンスを一緒に踊るまでがエスコートだと習うのです」
通常のエスコートは入場までを指すけれど、茶目っ気たっぷりに微笑むライアン様を見てほんの少し心が軽くなるのを感じた。
「ライアン様。ありがとうございます」
フレディ殿下とルーラ様のダンスのお披露目が終わったところで、貴族達は自由にダンスを踊ることができるようになる。
私もライアン様と一緒にダンスを踊った。
今までフレディ殿下以外の方とダンスを踊ったことなんて教育係の先生としかなかったけれど、ライアン様は私にあわせて動いてくださるのでとても踊りやすかった。それだけでなく、ダンスの間ずっと優しく微笑んで話しかけてくださったので今までで一番楽しく踊ることができた。
……もしかしたらフレディ殿下よりもライアン様の方がダンスがお上手かもしれないわ……。
思わずそんな事を考えてしまった私は、慌てて考えるのを止めた。
ダンスが終わった後で、公爵子息であるライアン様は関係のある貴族との挨拶に向かわれた。私のことを心配してくださって今日はずっと側にいてくださるおつもりだったようだけれど、さすがに申し訳なくてそれは私の方から辞退させていただいた。
フレディ殿下から婚約を解消されたとはいえ侯爵令嬢である私のもとにも挨拶に訪れる方はいらっしゃって、そんな皆様とお話ししながら私は驚くほどに穏やかな時間を過ごしていた。
……今まではずっとフレディ殿下の隣で何かとフォローをしていたけれど、それがないだけでこんなに気楽に過ごせるものなのね……。
「デイジー様! 私、デイジー様にどうしても謝りたいのです!」
和やかな時間はルーラ様の登場で唐突に幕を閉じた。
フレディ殿下の婚約者とはいえ、現時点ではルーラ様より爵位が上の皆様との会話の途中に、挨拶もせずに割り込んでくるだなんて……。私は驚いたし、周囲もざわついていた。
「デイジー様は、私に怒ってらっしゃいますよね?」
そんな不穏な空気に気付いていらっしゃらないのか、ルーラ様は話を続けた。仕方なく私はルーラ様に答えた。
「ルーラ様。私は何も怒ってなどおりません」
そんな私の回答が不満だったのか、ルーラ様はひときわ大きな声を出した。
「だってフレディ様は、デイジー様を捨ててまで私なんかを選んだんですよ?」
……周りには先ほどまで私と会話をしていた貴族もいるし、本日の主役であるルーラ様の動向は注目されていたので、今の発言はかなりの人間に聞かれてしまったはずだわ。
私は思わず吐き出しそうになったため息を必死で飲み込んだ。
「……ルーラ様。お話でしたら、テラスか別の場所でさせていただければと思うのですが……」
ルーラ様の評判のためにと思ってした私の提案は、聞いてはいただけなかった。
「私、ずっとデイジー様に憧れていたんです! デイジー様は私よりずっと身分が高いですし、侯爵家でたくさんお金をかけて磨かれたおかげでとてもお美しいですし、優秀な家庭教師を揃えられて恵まれた環境で学ばれたおかげで教養やマナーだって完璧ですし、ドレスやアクセサリーもいつも侯爵家に相応しい最高級の物を身につけられていて、フレディ様の婚約者に相応しいのはデイジー様だってずっとずっと思っていたんです!」
「……いえ……」
「それに比べて私なんて、たかが子爵令嬢にすぎないのに。確かに昔から『可愛い』と言われることはよくありましたけど、きっと社交辞令だしそんなのデイジー様なら言われ慣れていますよね? 教養やマナーだって家庭教師の先生にはいつも褒められてましたけど、あくまで子爵令嬢としての範囲ですからデイジー様とは比べ物にならないですよね? ドレスやアクセサリーだって『ルーラが一番似合ってる』とはいつも言われますけどデイジー様が身に着けているような最高級品なんかではないですし、あっ、でも今日は全身フレディ様に贈っていただいたものを身に着けているんです!」
「……そうなんですね……」
「ふふっ。そうなんです。私の髪に合わせてピンクのドレスにしてくださったのですが、アクセサリーはフレディ様の瞳の青色なんです。私は恐れ多いと言ったのですがフレディ様が、どうしても私にご自分の色を身に着けていてほしいっておっしゃって。そういえばデイジー様は今まではいつも青色のドレスを着ていらっしゃいましたけれど、今日は薄紅色のドレスなんですね?」
「……ええ……」
「デイジー様ったら先ほどからなんだか上の空のよう……。やはり私の事、怒っていらっしゃるんですよね?」
「決して怒ってなど……」
「私にもどうしてフレディ様が私なんかを選んでくださったのか不思議で仕方ないんです。だって私はデイジー様よりずっと身分が低いのに。私に出来ることなんて、奇跡を起こすことだけなんですよ? 祈りを捧げてフレディ様のご病気を治すことしかしていないのに。それなのに、フレディ様は、長年の婚約者だったデイジー様よりも、たかが子爵令嬢に過ぎない私を選んでくださったんです。侯爵令嬢であるデイジー様なら分かりますか? どうしてフレディ様は、デイジー様よりも、私なんかを選んだのでしょうか?」
「……フレディ殿下が選択されたことですから……」
「私なんて、ただの聖女に過ぎないのに」
「……」
「ずっとフレディ様の婚約者としてしがみついてらっしゃったデイジー様よりも私なんかが選ばれてしまったことが申し訳なくて、どうしてもデイジー様に謝りたかったんです。本当に申し訳ございません。デイジー様? 本当は私のこと怒ってらっしゃいますよね?」
もはやルーラ様と私の周りは静まり返っていた。
このルーラ様の失態とも呼ぶべき行動をどうフォローすべきか頭を巡らせているところにフレディ殿下がやっていらした。
「ルーラ? どうしたんだい? 突然いなくなったから驚いたよ」
「フレディ様! 私、デイジー様にどうしても直接謝りたくて……」
「デイジーとの話は済んでいるからルーラが気にすることは何もないよ」
「フレディ様」
「ルーラ」
ひとしきり見つめ合った後で、フレディ殿下とルーラ様はもう一度ダンスをするために、パーティー会場の中央に向かわれていった。
「いくら婚約を解消したからと言ってデイジー様にご挨拶もされないだなんて」
「ルーラ様のあのご発言は看過できるものではないのでは」
「フレディ殿下はあのような軽率な方だったかしら」
一部始終を目撃していた周囲の貴族が漏らした囁きを聞きながら、ジェイク殿下のおっしゃっていた『側妃という未来』がなんだか現実味をおびてきた気がして私は密かに震えていた。