(第3話)聖女のお披露目パーティー
フレディ殿下と私の婚約解消と、ルーラ様が聖女の力に目覚められたことは、すぐに国中に公表された。
そして、フレディ殿下のご病気で延期になっていた生誕パーティーと合わせてルーラ様の聖女としてのお披露目のパーティーが急遽開催されることになった。
そのパーティーでフレディ殿下から重大な発表もあると通達されていたので、第一王子であるフレディ殿下と聖女となったルーラ様の婚約は、きっと国中のほとんどの貴族が察しているはずだ。
「デイジー様。少し休憩しようか?」
学園の生徒会室でそっとため息をついてしまった私に声をかけてくれたのは、ライアン公爵令息だった。
生徒会長であるフレディ殿下は王子教育でお忙しく生徒会室に顔を出すことはほとんどなかったので、生徒会の仕事は副会長であるライアン様と、生徒会メンバーの私とベッキー伯爵令嬢の三人でこなしていた。
「そうしましょう。デイジー様は今までお仕事が片付くとすぐに王宮に向かわないといけなかったからお茶をする時間もなかったですし」
「ベッキー様!」
微笑んだベッキー様をライアン様が窘めた。
「あっ。私ったら……。すみません」
ベッキー様は顔色を悪くした。
……フレディ殿下に婚約を解消されて、もう王子妃教育のために王宮に向かう必要がなくなったから、お二人に気を遣わせてしまっているのだわ……。
「いいえ。今まではお二人とお茶をする時間もなかったので、初めてご一緒できて嬉しいです」
王子妃教育で学んだ完璧な笑顔で微笑んだけれど、そんな私を見てライアン様は悲しい顔をしていた。
紅茶はカフェに注文して運んでもらい、お菓子はベッキー様が持参してくださっていた。温かい紅茶と美味しいお菓子を、信頼できるお二人と囲むのは、とても心地よかった。
今までずっと色々な事に追われて気付く暇もなかったけれど……この世界には、こんなに穏やかな時間もあるのね……。
「お二人とも色々と気を遣わせてしまってすみません」
落ち着いたところで改めて私はお二人に謝罪した。
「気なんか遣っていません。私はデイジー様と一緒に生徒会で仕事ができることが光栄なんです」
「ベッキー様。ありがとう」
「……なんだか悩み事があるようだけど……。もし良ければ僕達で何か力になれるかもしれないよ?」
「ライアン様……」
先ほどため息をついてしまったから、心配してくださっているのね……。
「ありがとうございます。……ですが……たいしたことではないので……」
「たいしたことでないのなら尚更……。いや、言いたくないのなら無理に言わなくてもいいけれど……」
優しいライアン様の言葉と、心配そうに私を見つめるベッキー様の瞳に、私は思わず昨日の夜にお父様から言われたことをお二人に相談してしまった。
「……実は……今度のパーティーに、エスコートしてくださる方がいないのです……」
「今度のパーティーって、聖女のお披露目の……?」
「はい……」
「アスター侯爵は?」
「お父様はお仕事があると……」
今回のような大規模なパーティーでは、未婚の子息・息女は婚約者等のパートナーと一緒に参加するのが当たり前だ。
フレディ殿下と婚約を解消した私には、パートナーとなってくれるのは家族しかいない。兄弟もいないため通常であればお父様のはずなのに、『仕事だ』と言い切られてしまった。……一人で入場することなんてありえなくて、父親であればせめてエスコートの時だけでも仕事を休憩時間にして参加するのがこの国の常識なのに……。
「ひどいですね……」
だから、思わずベッキー様がそう呟くのも当然のことだわ。
「だったら、僕がエスコートするよ」
昨日の夜からずっと悩み続けていた事が嘘のように、何の迷いもなくライアン様は軽やかに言った。
「しかしライアン様にもすでにパートナーがいるのでは?」
「妹をエスコートする予定だったけどね、父親に譲るよ」
「でも今からではご迷惑では……」
「もともと父が妹をエスコートしたがっていたんだ。だけど僕にもパートナーがいなかったからエスコートする権利を勝ち取ったんだ。譲ると言ったら父も喜ぶよ」
「……本当にありがとうございます」
ライアン様があまりに笑顔で言ってくださるので、私はその優しさに甘えてしまった。
そんな私達を見て、ベッキー様が嬉しそうにニコニコ笑っていることには気付いていなかった。
★☆★
フレディ殿下の十六歳の生誕かつルーラ様のお披露目パーティーの当日、専属侍女のサラにドレスアップして貰った私は、ライアン様と一緒にパーティー会場に入場した。
フレディ殿下との婚約が解消された私に好奇や蔑みの視線を向けてくる貴族もいたけれど、ライアン様は視線を感じるとすぐにその貴族を見つめ返して、それらの視線から私を守ってくれていた。
「デイジー様にぶしつけな視線を向けた人間は後で一覧にまとめておくから、デイジー様が望む制裁を考えよう」
そんなことを真顔で言うので思わず笑ってしまった。
「冗談ですよね?」
「なんで? 僕は本気だけど?」
「……ライアン様は意外と怖い方なのでしょうか?」
「敵だと思った人間には容赦ないよ」
そう言ったライアン様の鋭い視線の先には、華々しいオーケストラの音楽に合わせて満面の笑みで入場されてきたフレディ殿下と、フレディ殿下の隣で同じように満面の笑みを浮かべているルーラ様がいらっしゃった。
今までなら私がいるはずの位置に当たり前のようにおさまっているルーラ様を見て、幸せそうなフレディ殿下を目の当たりにして、私の胸は潰れそうに苦しくなった。